302 第20話01:素材
「こちらです、モンド様」
知らぬ街の、知らぬ城の中を案内される。
二十分ほど前、恩人の応援に家族で訪れ、宿で食事を摂ってから休もうとしたところを、この街の見知らぬ兵士たちが尋ねてきたと聞いた時には多少緊張もしたものだ。今だって、普通ならどうしても不安感が強くなるに違いない状況である。
それを、全くというほどに拭ってくれたのは、前を歩く律儀で礼儀正しく愛らしい少年兵の存在があるからだろう。
「なぁ、キミ」
「は、はい?」
「確か、エリオット君といったね? 身体は大丈夫なのかね?」
「は、はい! 大丈夫です! 僕は、あまり血を流しませんでしたから! 回復術師の方々に念入りに癒して貰いました!」
「そうかねそうかね」
少し会話するだけで顔がほころんでしまう。兵士、とはいえ、この少年に連れられて嫌な気持ちになる者は愛玩動物への愛情を一欠片でも抱けぬ者に違いなかった。
(この少年を遣わした人物は余程の切れ者だのう。人の心の機微をよ~~く分かっとるわい)
さらに先の『特別武技戦技大会』で活躍を見せた人物でもある。そんな相手に同行を願われて、断ることのできる者はまずいない。
夕食の時に呑んだ酒が残っていて、気分の良いモンドは話を続ける。
「しかしの~、痛かったじゃろうに」
「あはは……。そうですね。後から聞いたら骨とか何か所か折れてたみたいです。けど……」
「けど、なんじゃね?」
「痛かったですけど、負けちゃいましたけど、何かとても嬉しかったです。認めてもらえた気がして」
「ほうほう、ほうほう。全力で戦えたから、悔いなしと言ったところかな?」
「はい。もちろん悔しい気持ちもありますけれど、負けたことに納得ができました。僕の何倍も何倍もあの人は努力を積み重ねているって実感ができて。レベル差なんかで負けたんじゃあないんだって」
「言っておくが追いつくどころか、近づくのも難しいぞい。なにしろ、片時も止まらんお人じゃからのう」
「はい。あの……、モンド様は、あの方をよくご存知なんですか?」
「まぁ、君よりは、といったところかのう。一応、古都での半年間はほぼ毎日のようにお顔を拝見させていただいておったからのう」
「どんな方なんです?」
「大体は君が抱いた印象と変わらんと思うぞ。強くて賢く、そして冷静、かと言って冷たいお人でもない。普段は優しいお方じゃよ。ただまぁ、少々奇抜じゃの」
「奇抜……ですか」
「うンむ、時々、とても妙なことを仰るのよ。が、それがあながち間違いではない。ありゃあ天性のモノもあるやも知れんが、経験じゃの」
「経験ですか……。……あ! ここです! こちらの部屋です!」
話に夢中になってしまったのか、エリオットは目的の部屋の扉の前を少しだけ通り過ぎる。
こんなジジイの話に夢中になってくれたことが逆に嬉しいモンドはその気持ちを別れの挨拶に乗せる。
「ほほほ……、ここまでありがとうのう。楽しかったぞい。また会えるといいなァ」
「はい! 僕もです! モンド様、素敵なお話ありがとうございました!」
そう言ってエリオットは綺麗に一礼すると、駆け去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、モンドは、さてと、と気持ちを入れ替える。この扉を開ければ恐らく、気合を入れる必要のある大仕事が待っているに違いなかった。
コンコンとノックすれば、中から「どうぞ」の声が返ってきた。良く知る声だ。
扉を開ければその姿が眼に入る。彼女は珍しいことに、本に囲まれていた。
「よぉ、シア」
「モンド爺ちゃん! ありがとうね、来てくれて!」
「なんのなんの、じゃい。気にすることなんぞないわ。お前とハーク殿のためでありゃあな。『斬魔刀』を何とかするつもりなんじゃろ?」
「話が早くて助かるよ! 今回、斬魔刀が折れたのはアタシの責任でもあるからね!」
「おいおい、気負い過ぎは良くないぞ。大体、アレはワシらの共同制作でもある。ならば責任の一端はワシにもあるというものだ」
「……違うんだよ。モンド爺ちゃん、この後の説明は、できれば誰にも言わないで欲しいんだけど……」
「分かった。墓までもっていこう」
「そこまでじゃあなくても良いけど。でも公表されるかも分かんないからねぇ」
「公表? 一体何のことじゃい?」
「少し前、ハークは斬魔刀を物凄く酷使した時があったんだ」
「ああ、聞いておる。ゾンビだかスケルトンだかを一万以上も斬ったんじゃろ? あれも不可思議なモンじゃのう。市井にゃあ噂としてガンガン仔細が伝わってきとるというのに、未だ公式の見解が発表されんのじゃからな」
「ああ、そっちもあったか。けど、そン時じゃあないんだよ。あの後は念入りに点検する時間があって、斬魔刀に傷一つ見られなかったんだ。アタシが原因と思っているのはその後の、こっちに来てからのことだよ」
「こっちに来てから? 何があった」
「もしかしたら信じちゃあくれないかもしれないけれど、……爺ちゃん、アタシたちね、ドラゴンに襲われたんだ。しかも空龍に」
いきなりのシアの告白に、モンドも驚く。
シアが今口走った内容は、平素であれば笑って冗談だろと流すべきものである。しかし、今は時期が悪かった。
「ドラゴンじゃと!? まさかこの街も襲われたのか!?」
「ああ、いや、それも違うんだよ。爺ちゃん、こっから先はホントに内密に頼むね。でないと爺ちゃんが変な風に疑われちゃうから」
それだけ前置いて、シアは事実を語った。
ハークと虎丸が森の中で空龍に襲われたこと。襲った原因が、半年前に古都ソーディアンを襲ったヒュージドラゴンを二人が撃退し、あろうことか倒してしまったこと。そしてヒュージドラゴンが古都を襲ったのは、帝国の暗躍の可能性が大だということも。
「う、ううむ、またトンデモない話じゃあのう。す、すまんがワシの老いぼれ頭じゃあついていくのに精いっぱいじゃい……」
「信じられないのは、分かるよ。けど、これを見て」
シアが自身の『
「なんじゃい、それは?」
「空龍の、牙だよ」
「はぁ!? ……くっ……くくっ、空龍の!? あ、あの伝説の!?」
モンドは驚き過ぎて仰け反る。
「うん。その、伝説の……」
モンドは驚きを通り越し、逆に頭が冴えてきていた。ただし、声が震えている。
「読めたぞシアよ。お前さん、遂に夢に挑むか」
その言葉に、シアは力強く肯いた。
「うん。爺ちゃん。アタシは、……こいつを使って、斬魔刀を蘇らせる!!」
◇ ◇ ◇
同じ頃、ハークは闘技場内のとある一室の前に案内されていた。
やけに重厚な扉である。
「ここは?」
「最上級の貴賓室です。王族の方が来られた時などに使用されます。防音対策など完璧ですよ」
「そんな部屋、よくお借りできましたな」
まさか力で無理矢理押し入った訳でもあるまい。
「モログ様がこの地の御領主様からの依頼をお受けになった際に、報酬の一部として使用が認められたとのことです」
「依頼? ランバート殿から、ということか」
「詳しい話は中でモログ様ご自身からもあるかと思います。それでは、私はこれで。あ、入る際にはノックは要りません」
伝えるだけ伝えたと見え、レオ=ファウラーは足早に去っていった。しかしどこか、その動きは鈍い。もっと早く動ける筈だというのに、何かが邪魔しているかのようだ。
とはいえ、いつまでも去り行く者を眺め、部屋の前に突っ立っている訳にもいかない。意を決し、ハークは扉を開けてその中に入った。
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