299 第19話23:If you smell, What The Hark is Cooking!!(意訳:ハーク様の妙技を味わえ!!)②




 突き刺して固定した鞘を発射台代わりに、ハークは飛ぶ。

 前方へと。

 撃鉄を押し込むかのように鯉口を切った左手は、即座に斬魔刀の柄へと添えられる。


 何かが背後で砕けた感覚があった。

 恐らく、というか確実に斬魔刀の鞘であろう。

 発動の瞬間まで魔力を流し込んで斬魔刀の本身と共に保護していたが、ハークの手が離れたことで魔力の供給を失い、同時に魔力での強化保護も消失したため斬魔刀の超加速を促した内部発破の圧力に耐え切れなくなり爆散してしまったのだ。


 ハークは物を大切にする性分である。憐憫の情を抱かなかった訳ではなかった。だが、今は気にする時ではない。


〈ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!〉


 ハークは気合の発露を解放しようとしていた。ただ、声が出ない。

 この感覚には覚えがあった。


〈本気の虎丸と共に駆けたあの感覚!?〉


 虎丸の背に跨り、その最高速を体験した時とそっくりであった。


 『朧穿』は威力と、己の軽い体重を補うがための急加速だった。言わば、その場発動を重視した結果である。

 だが、今回は速度を重視した。特に、物理的に充分な長さと容積を持つ斬魔刀の鞘を指向性の射出機としたのが大いに効果を発揮している。犠牲にした甲斐があったというものである。


 当然のごとくに音速の壁を超えた代償が身体を襲う。痛みは少なくないが、引き延ばされた時間の中でハークの精神は歓喜の方が大きかった。

 遂に、虎丸と肩を並べられる地点へと、手の先がわずかに届く途上に至ったと確信したからである。


 その歓喜は観覧席に戻り、シアの横で、そして日毬を背に乗せながら戦いの行方を見守っていた虎丸も一緒であった。

 美しいエメラルドグリーンの瞳にさえ、うっすらと涙を浮かべて。

 もっとも、この時点・・・・で実際にハークの姿が見えていたのは、この会場で本当に虎丸のみであった。


 そう。この時点では、モログですらハークの動きを捉え切れていなかったのである。

 SKILL一刀流抜刀術極奥義ごくおうぎ・『神雷ZINRAI』の効果により、ハークの速度能力は完全にモログを、この瞬間だけ超越していた。


 だが、それでも相手はナンバーワンの冒険者モログ。その戦闘経験の高さと豊富さも群を抜いている。

 彼は準決勝の対クルセルヴ戦でハークが見せた神速の抜刀術SKILLから、今回の新SKILLの概要を僅かながら予測できていたのである。

 特にその剣閃の軌跡を。

 これは警戒していたともとれるものであった。ハークが、彼に達するまでの試合で披露した近接SKILLの中であの技のみ、唯一、自身の予測を上回れると予期していたものだったのである。


 ゆえにモログは即座に防御態勢を取ることができた。

 今度は、先の旋突SKILLにて斧槍の斧部分をほぼ砕かれた時のように虚を突かれているワケではない。

 ほとんど見えなかろうとも、ハークの狙いと剣閃が予測できていれば充分だった。魔力を練り込んだ武器を、自身の右脇腹をガードするように置いておけば良い。


 もしこのまま両者が接触していたとしたら、その後の展開は全く違うものとなっていたに違いない。少なくとも、ハークに対し不利に推移した筈だった。ガードを打ち破れずに、斧槍の柄に精々深い傷跡を残した程度に留まったことだろう。


 しかし、そうはならなかった。

 この土壇場でこそ、ハークの天才性が発揮されたからである。


 充分な防御態勢をモログに取られたことを感知したハークは、わずか0.01秒にすら満たないごく短い時間の中で無理矢理身体を右に引き倒し、斬り上げる逆袈裟を横一文字斬りへと変化させたのである。


 斬り込む角度が僅かに変化した程度。されど完全な防御角度から不完全に変化した刃の侵入角度に斧槍の柄は耐え切れず、一瞬で両断されていた。


 と同時に、モログも奇妙な行動を取る。なんと残る武器の残骸を手放し、胸元に有らん限りの力を籠めたのである。

 金属の武器を容易く両断する斬撃を自らの胸元で受け止めようとするなど、いかに追い込まれていた状況であっても悪手、どころか正気を疑われる行為かもしれない。

 しかし、この世界とモログであれば可能だった。


 ハークの斬魔刀は分厚いモログの胸板を包む表皮は突破したものの、筋肉の中ほどまで到達したところで止まっていた。


「ぬお!?」


 元々ぶった斬る気まではハークもなかった。胸から両断したら魔物だって一部を除き大抵死ぬし、殺してしまえば逆に負けとなってしまうからである。

 なので、骨に達するまでに留めておくつもりでもあったが、まさかそこまでに筋肉で防がれるとは思っていなかった。とはいえそれほど問題ではない。

 最初から斬ることではなく場外までの押し出しで決着を狙っていたのである。


「むうおおおおおおおおおおうッ!!」


 モログもハークの狙いに気づき、胸筋だけでなく両の脚にも力を籠めたが遅い。

 二筋の擦過痕を残し、勢いのついたハークを止められぬまま場外に近づいていく。


「うんぬおおおおおおおおおおおお!」


 ハークもここが正念場だと力を振り絞る。


 一方で、観客たちも両者が接触した時点から状況が見えていた。

 肝心の、どうして接触しているのかが見えていないので戸惑っている者も多い中、いち早く双方の様子から攻防の推移を察した仲間達と戦友らがまず立ち上がって応援の声を上げ、それに遅れて大応援団も声援の大合唱を総立ちで送る。


「行ってくださいハーク様!!」


「もう少しです!!」


「頑張れ隊長ー!」


「押し切っちまえーーーー、ハーク!!」


「ここだよ! ハーク殿!!」


「こうなったら最後までやっちゃいなさい、ハーーク!!」


 全てはもちろん届いてはいなかったが、確かにそれはハークの背中を後押ししていた。

 だが、呼応するようにモログの応援者たちも声を出し始める。


「負けんなあー! ヒーロー!」


「負けるアンタなんか見たくねえ!」


「勝ってください!」


「信じてます! モログ様ー!」


 その時、驚くべきことが起こった。突然、ハークの両腕にかかる負荷が増加したのだ。明らかにモログの踏ん張る足の力が増している。胸に喰い込んだ筈の斬魔刀を押し返す力すら増している気がした。

 このままだと場外に押し切れるかどうかも五分五分だ。


 事この最終局面に至って、ハークとモログの戦いは原初の闘争に移行した。

 則ち、純粋な力比べである。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 双方共に全身全霊の全力を振り絞る。

 ここまで来るともう意地だった。

 場外にまであと少し。だが、ハークは既に死力を尽くしかけていた。

 魔力切れである。気合で補うにも限度があり、斬魔刀を包み込み強化保護していた魔力の流れが一瞬途絶えた。その時だった。


 ————ビキィッ!!


 斬魔刀の悲鳴らしき音を聞いた時には遅かった。度重なる強烈な負荷に耐え切れず、大太刀は刀身の中ほどから砕け、折れてしまう。


〈!?〉


 突然のことで、ハークは頭が真っ白になりかけるがそれは刹那の出来事だった。このあたりは、前世で刀を折ったことのある経験が成せる業である。

 場外まではあとほんの少し。鞘だけでなく本身の斬魔刀すら失う結果となってしまったが、だからこそ最後まで戦い、勝利を掴み取るべきなのだ。

 半分に折れた斬魔刀を手に、ハークは巨漢に最後の勝負を挑む。


 わずかに残るSP持久力値を糧に、ハークが最後のスキルを発動しようとする寸前だった。


「そこまでだっ!!」


 意外なことに、これまで大声などほとんど発したことないロッシュフォードの声であった。しかも拡声法器を介してであるから尚更会場中に響く。その大きさはハークとモログの双方の動きも止めさせた。


「双方、武器を失った! これ以上は単なる殺戮だ! よってこの試合、残念ながらここまでとするっ!!」


 前代未聞の状況に客席が混乱を示す。ざわめきが支配する中、同じく混乱しつつも実況が仕事をする。


「しっ、しかし、ロッシュ様! 勝敗はいかがするのですっ!?」


「引き分けとする!! 一瞬、ハーク選手がモログ選手の武器をいち早く破壊したように見えたのだが、モログ選手は最後の攻撃を見事に耐え凌ぎ、さらには肉体の力でハーク選手の武器を破壊してみせた! よって双方の武器が失われた時点では決着つかずだ! だがそこから先は単なる双方の命の削り合いとなるのみである! よって双方の引き分けとして、この試合ここまでとする!」


「は、はいっ! で、でもあのっ、選手お二方はそれでよろしいですかっ!?」


 珍しく有無を言わせぬ調子のロッシュフォードに、実況はいささか戸惑っていたが、最後に選手を気遣ってか質問を投げかけてくる。


 よろしいも何も、至極尤もだとハークは思った。

 これが実戦であれば、いかにこの後が凄惨となろうとも続けるしかないが、殺し合いが目的ではないのであればここで終了もやむを得まい。

 見れば巨漢の戦士も、すっかり戦闘意欲というものを失っていた。優しげな雰囲気さえ漂わせ始めている。

 それを見て、ハークも「ふうっ」と一息吐いた。どっと疲れが訪れる。半分となった斬魔刀も、だらりと下げた。


 答えるのはモログが先であった。


「無論だッ!」


「儂もだ。文句はないよ」


 二人の同意を受け、実況が己の最後の仕事を行う。


「分かりました! ここに第五回『特別武技戦技大会』決勝戦、双方の引き分けにて決ッ着ッですっ!!」


 実況のコールとほぼ同時に、モログはハークを称えるかのように少年の左手首を握って掲げ上げさせるのだった。

 その瞬間、観客のざわめきは一瞬で二人への称賛へと変化する。


 驚くべきことに、当初は七割方モログへの応援だった観客の声援が、双方の健闘を称え合う今ではほとんど同程度の数にまで変化していた。むしろ、ハークへの健闘を称える声の方が多い気さえする。

 音の洪水の中、モログはハークに語りかけていた。


「本当に驚かされてばかりだったぞッ。見事なファイトだったッ、少年ッ。いやッ、エルフの剣士殿ッ! レベル五十の俺が三十二と引き分けなど俺の負けのようなものだッ。本当に成長が楽しみだな君はッ!」


 屈託のない最大級の賛辞とも言えるその言葉を聞いて、ハークはモログに言いたいこと、訊きたいことがいくつも頭に浮かぶのだが、精魂使い尽くして今は立っているのも限界であるので後にすることとする。首を横に振るのみであった。


 やがて声援の洪水は鳴り止まぬ拍手の海へと変わり、ここに第五回『特別武技戦技大会』は終局を迎えた。

 その拍手は終了後も長く続き、いつの間にか日の傾き始めた夕空に吸い込まれていった。




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