298 第19話22:If you smell, What The Hark is Cooking!!(意訳:ハーク様の妙技を味わえ!!)




 既に戦いは終わったと、誰もが理解していた。

 現に、試合舞台のすぐ脇には大会運営の回復魔導士チーム並びにハークの関係者も従魔と共に押しかけようとしている。


 試合終了が告知されれば、すぐにでも舞台上に雪崩れ込むように乗り込む気なのだろう。


「ファアーーイブッ! シーークッス!!」


 カウントの進みが気持ち早くなってきている。無理もない。ハークが残り数秒程度で立ち上がれるなどと、誰が考えられるだろうか。

 それは、本来ハークを応援すべく集まった者達の間でも同じだった。

 リィズとアルティナは身を乗り出し、エヴァンジェリンとヴィラデルは瞑目、そしてフーゲインは軋むほどに奥歯を喰いしばり、腕を組む手の指に知らず力を籠めていた。


「セブーーン!」


 終わったと考えていたのは対戦相手であるモログも全く同様であったと言える。

 一方で、少年の命は無事であるとの確信も持っていた。

 アレ・・はそういう技なのである。


「エーーーイトッ!」


 その証拠に少年の、刀を握っていない方の籠手に包まれた左手が、ようやく少しだけ動き始めた。

 が、定まりなく虚空を彷徨うばかりである。意識が混濁し、朦朧としているのだろう。

 回復魔法を使われなければ、数日はまともに動くことも適わないに違いない。元よりテンカウント以内に立ち上がるなど、無理な話であるのだ。


「ナーーーインッ!」


 あとワンカウントで試合終了のコールが成されて、回復魔導士がハークを癒すべく大挙して乗り込んでくるであろう。彼らへのスペースを開けておくため、モログは踵を返そうとする。

 振り返る途中で、モログは奇妙な声が歓声に混ざるのを聞いた。


「『回復ヒール』」


 意外な台詞が耳に届き、モログは視線を元の方向へと向き直らせる。その時だった。


「テ……!?」


 ババッ!


 少年が瞬間的に跳ね起きていた。ごくごく軽やかに。

 試合舞台下で待機していた多くの回復魔導士がつんのめっていた。


「ななななな……なァアぬィイイイーーー!? 立った! 立ったぞ、ハーク選手! 実に何事もなかったかのように立ち上がったぞォおお!? カウントギリギリまで休んでいたのかァアアアー!?」


 いや、違う。モログはそう思った。


「いや、違うな。先程ハーク選手が立ち上がる直前、歓声に紛れて何がしかの魔法を唱えたのが聞こえた。私も全く失念していたのだが、ハーク選手は回復魔導士でもあるらしいのだ」


「は!? 回復魔法の使い手でありながら、ハーク選手はあそこまで強いってことですか!?」


「君の気持ちは分かる。私も最初に聞いた時には耳を疑ったものだ」


 ロッシュフォードの、適時適切な解説に聴衆が再び湧き上がる。その声の内容はほとんどが驚愕と称賛だ。

 モログも彼らの気持ちはよく理解できていた。


「凄いなッ、少年ッ。その強さで回復魔法を扱えるかッ」


「ぬ?」


 ハークは首や腕を回して自身の身体の調子を確認していたのだが、モログの言葉で周囲の声に耳を傾ける。ハークは朴念仁ではない。むしろ感受性は鋭い方だ。


「ふむ、随分と驚かれておるの。そんなに珍しいことなのかね?」


 ただ、ハークとしてはそこまで騒ぐことなのか、とも思えた。彼としては、この世界に赴いて、初めて回復魔法というものの詳細を理解した際に、真っ先に頭に浮かんだことを実行しているだけなのである。

 つまりは『一撃で絶命せぬ限り、魔法力が尽きるまで何度でも回復魔法で全快』を実践しただけなのだ。


「少年ッ、君は自分の価値を理解していないようだなッ」


 モログが、いかにも「やれやれ何も分かっていないな」といった風情で首を振る。と同時にまたも実況が絶叫した。


「何か言ってますよぉおおー、ハーク選手!! ロッシュ様! 言ったってください!」


「落ち着きたまえ。ただまぁ、コレに関しては軍属や冒険者内での常識といった側面が強い」


「ハーク選手も冒険者じゃあないですか!?」


 実況が突然に憤慨し出しているかのようだ。


「確かにな。だが、彼はまだギルドの寄宿学校生だ。おまけに不文律でもある。どこかに明記されているワケでもないからな」


「あ、そうでした!」


「逆に言えば、あれでまだギルドの寄宿学校の生徒というのが納得いかんがね。さて、そろそろ解説者としての本分を果たすとしよう。多くの戦闘任務や作戦において、回復魔法使いというのは部隊の中核を担う大事な戦力だ。失えば任務や作戦の成否に影響が出るどころか、時に全滅の要因とすら成りかねない。よって回復魔導士はある程度の強化を施されるが、そこで死んでしまっては元も子もないため、危険度の高いモンスターの相手は極力避けるか、もしくは狙われにくい位置に陣取らせることが常道となっている。これは、冒険者の場合も同様だと聞く。以上により、回復魔導士は熟達者となろうとも、真の意味での強者にまで至る者は非常に希少だ」


「ということですっ! 解りましたか!」


 実況は明らかにハークに向かって語っている。実況担当者はワレンシュタイン軍の有志が持ち回りで行っているらしいとのことだが、何か回復魔法乃至ないし回復魔導士に特別な思い入れでもあるのだろうか。


「どうだッ、解ったかねッ?」


 モログが念押しで訊く。

 確認してくるさまがギルド寄宿学校の講師のようで、ハークは思わず答えを返す。


「成程、つまりは兵科ということか」


 兵はその種類ごとに役割が違うのは勿論のこと、どうしても価値が変動する。騎馬を活かすために足軽を盾にするのはある程度当然のことだ。後年、騎馬の価値は鉄砲隊に取って代わられた訳だが、島原の乱ではそれぞれ敵と味方に狩人や浪人のその道の得手が参加し、互いに大きな戦果を挙げ続けたと聞く。


「そういうことだッ。回復魔法の使い手で少年ほどの達人は中々見ないぞッ! 私でも他に数人知る程度だなッ。その一人がここの領主ではあるがッ!」


 言われてみればそうであった。

 この領の主たる伯爵、ランバート=グラン=ワレンシュタインは土属性系統の回復魔法を扱えるのである。ただし、彼の場合、先天的に身につけた回復魔法ではなく、後天的に習得した上位クラス専用SKILL『英雄騎士の証ピース・キーパー・エンブレム』の効果ゆえであるらしい。

 モログが言葉を続ける。


「さてッ、色々と少年には驚かされてばかりであったがッ、そろそろこの愉しい戦いも終いにするとしようッ」


「む? 随分と自信満々なのだな。そう簡単にいくと思うのかね?」


「いくだろうなッ。少年がこのままであるならばッ!」


 ハークはこの台詞一つで、全てがモログに悟られていることを知った。


〈有難いことだな〉


 態々口に出さなくとも良いことを語ってくれたのは、明らかに彼の優しさであった。

 少なくともハークにとっては。

 手の内は分かった。ハークがあと何回、自身を回復できるとしても関係ない。このまま何もしないのであれば、次で決める。

 まだ何かしらの手札があるのなら、披露すべきは今だ。モログはそう言ってくれているのである。


 掴まれれば、今度こそ最後の筈だった。あの必殺投げよりハークが脱出する術はない。『回復ヒール』にてもう一度立ち上がれるだけの魔法力がハークに残っていたとしても、最後の落下地点を変えれば良いだけである。放る先は場外、といったところか。先程は掴んだままだったが、途中で投げ捨てることくらいできるだろう。彼の言った通り、それで終わる。


 実際のところ、ハークの残り魔法力は既に四割を切っていた。

 これでは仮に落下先が舞台上であったとしても『回復ヒール』を使えば残り魔力は一割以下となってしまう。ハークの経験上、そこまでいってしまうと、もうマトモに戦闘を行うことさえ難しい。


 つまりは、どう考えようとも次が、ハークにとって攻勢に出れる最後の機会であるのだ。


「解った。儂も覚悟を決めるとしよう」


 そう言うとハークは、諸手で斬魔刀の柄を握っていた片側の手を離すと、背に負う鞘の結び目へと持っていき、器用に解いた。

 次いで、解放した鞘に、斬魔刀の刀身を納めていく。つまりは納刀したのだ。


 この行動に、多くの人間が首を傾げた。よもや降参などという訳があるまい。だとしたら、回復魔法まで使って立ち上がる必要などない。訝しがる視線の先で、ハークはさらに奇妙な行動を取る。


 鞘に納めた斬魔刀を、そのまま腰に・・帯刀しようとしたのだ。

 帯にこそ通していないが、無理極まる行動である。

 そもそも長過ぎるから腰にではなく背中に背負う形にしたのだ。それを強引に行おうとすればどうなるか。


 答えは簡単だ。鞘の先端が、ずどんと地面に突き刺さるのである。

 ご丁寧にも魔力にて表面を保護された鞘付きの斬魔刀は、岩の床を易々と突き抜ける。ハークとてもうレベル三十二。力任せでもこれくらいは余裕だった。


 おかしな光景だった。まるで地面から石畳を突き破って斬魔刀が生えてきたかのようである。突き刺さった逆の先端である柄頭が、真っ直ぐモログに向いている。


「まさかッ!」


 即座に構えを取るモログの前でハークは改めて斬魔刀を握り直す。

 右手は柄に、左手は鯉口に。


「儂のとっておき、受けてみるがいい! モログ!!」


 言い放つと同時に、ハークは斬魔刀の鞘の中に魔力を充満させる。

 そう、『神風KAMIKAZE』と同じように。


 準々決勝前、モログの戦いを観戦した時から思っていた。今のハークでモログに勝利する可能性があるとしたら、『神風』並みの『限界を乗り越えた』完成度を持つ技が必須である、と。

 が、これも観戦時に気づいたのだが、剛刀ではどう考えてもモログの防御能力を突破できそうにない。


 だとすればどうするか。答えは簡単だ、斬魔刀であっても無理矢理『神風』を実現させれば良いのである。

 腕の長さが足りずに己で保持できぬというのなら大地に固定すればいい。


 ハークはさらに、自身の背後の重要可動支点数カ所に魔力塊を形成する。

 そう、『朧穿おぼろうがち』と同じように。


 さらなる飛躍のため、そして、余りにも同じ効果を持つ技ではスキルとしてこの世界に定着せんがために。


 またもぶっつけ本番である。が、死力を尽くすべき戦いとはある意味そういうものなのかも知れない。

 相手が強大であるのなら、自身もそれに合わせて『進化』すべきなのだ。


「一刀流抜刀術極奥義ごくおうぎ・『神雷ZINRAI』!!」


 この瞬間、ハーク最後の切り札が定着し、世に放たれた。




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