297 第19話21:You Can’t Escape!③




 我慢のできぬ者達は近くにいる強者に、解説の続きを強請ねだる。


「フー兄!?」


「フーゲインさん!?」


 リィズとアルティナから、ほぼ同時に懇願するような瞳を向けられては、フーゲインとしても満更でもない。


「まぁ、そうだな。こっからなら聞こえるハズねえだろうし、勝敗に影響なんぞ与えるなんてねぇやな」


 フーゲインが少し勿体つけるように言うと少女二人組が色めき立った。内心、増々とフーゲインは得意気となっていたが、表には出さず、努めて冷静に言葉を続ける。


「まず、双方共に全力なのは明らかだろうが、そうであってもハークが不利だ。レベル三十二とレベル五十っていう明確な差があるからな。いくらハークが鍛え込んでいるといっても限度がある。攻撃力は誤魔化せているとしても、SP持久力値が持たん」


「で、でも、フー兄、ハーク殿はSPの消費軽減がすごく上手いんだよ!?」


 妹分の反論にフーゲインは頷く。


「そうだな。俺と一緒に特訓や手合せをしても、五レベル上の俺と同じ割合でしか消費してねえんだからな。およそ数値上じゃあ俺の方が倍近くの多いってのによォ。だが、三十七の俺と変わらねえってコトは、レベル五十とでは持久力勝負で分が悪いってコトにもなっちまうんだ。残念ながらな」


「ロッシュさんが言ってた『素のステータス差の不利』ってのは、そういう事も含めて、っちゅうことかい……」


 苦々しげな口調で話に加わるエヴァンジェリンの言葉にも、フーゲインは腕を組みつつ頷きを返した。


「ああ。さらに言やあ魔法までバンバン使っちまってる。対してモログは、一見ハデにブン回しちゃあいるがスキルの一つも使ってねえ。細けえ傷をこさえちゃあいるが、気にもしちゃあいねえようだ。マジで掠り傷程度なんだろう。つまりは持久力勝負に持ちこまれれば……」


「ハークに勝ち目は無い、ってコトね……」


 割り込んでのヴィラデルの一言が聞こえた彼女自身とフーゲイン以外の者全員の顔が一斉に青ざめた。

 ヴィラデルは続ける。


あのコハークはこのコトに……?」


「当然、気づいてんだろうな。だからここからがロッシュの旦那が語らなかった二つ目の理由のキモだ。ハークはどこかで勝負をかける必要がある。具体的に言やあ、MPやSP切れになる前にカタナでのSKILLを叩き込まなきゃあならねえってコトだ」


「あ! だから、ロッシュの兄上は……!?」


「そうだ。万が一にでもこの構図をモログに悟らしちゃあならねえと思い、言い渋ったんだろうな。気づかれちまったら、ただでさえ不利な状況のハークをさらに追い込む結果になっちまう」


「もし気づいたら、このままの調子で試合が進んだとしてもナンバーワン冒険者側としては何の問題もない。あのコが勝手に自滅するのを見てれば良いだけ。イチかバチかの一撃がいつかくることに注意しながら……か。ねェ、ナンバーワン冒険者さんは、気づいていると思う?」


「分からねェな。ヤロウが迎撃にてブン回してる斧槍の攻撃は、正直、本気にしか見えねえ。カスっただけでも試合が終わっちまいそうな勢いだ。だがよォ、モログの戦績考えると勘づいてもいねえなんて思えねえんだよな」


「だとすると、アナタとしては、モログがこのままの状況で推移すれば難無く勝てるということに気づきながらも、あえて危険を冒してまで今の段階でハークを倒しにいってるってコトかしら? だとしたら、相当な自信家ねェ」


 自信とはちと違うだろうな、とフーゲインは心の中で思ったが、口には出さなかった。ヴィラデルのようなとことんまで合理主義的思考の持ち主には理解できぬ話であろうからだ。



 彼らの眼下では、未だハークの大攻勢が続いていた。相変わらずただの一撃も貰わずに攻め続けた少年に対し、モログは少しずつ反撃のタイミングを掴んできていた。


 そして遂に、状況が変わる。


「ぬぉおうッ!!」


「うっ!?」


 モログ渾身の一振り、その刃風に影響を受け、ハークが僅かながらよろめいたのだ。

 ここぞとばかりにモログが間合いを詰める。

 が、ハークが簡単に隙など見せるであろうか。

 そう、つまりは偽装であったのだ。


「『爆炎嵐ブレイズストーム』!」


 ハークは自身の眼前に魔法を発動する。あわよくば突っ込んできたモログを炎の渦の中に招待したかったが、彼はギリギリ直前でブレーキを踏む。それでも、眼前の視界を塞ぐことに関しては成功していた。

 即座にハークはモログ相手に一番始めに使用した奇襲をそのまま使用する。背後を取るべく跳び、空中で『風の断層盾エア・シールド』を発動、跳ね返るようにモログの背面脳天を狙う。


「奥義! 『突……!!」


「甘いぞッ少年ッ! 『サイクロン・クローズライン』ッ!!」


 すぐさまモログは両手を広げ大回転する肉体SKILLを発動させる。一度体験させてしまった連携が、たとえ最後に近接SKILLを混ぜ合わせたとしても、簡単に自分には通用しないことを教えるために。


「ぬおっ!?」


 ハークは突如発生した大竜巻の中に消えた。


「「「ハーク(殿)(様)!!」」」


 悲痛な複数の声がハークの応援席の中から同時に上がるが、圧倒的な盛り上がりのうねりに飲み込まれていた。


「あああ~~~~っとォお!? でっ、出たァアアアアーー! 出てしまったァー、モログ選手の『サイクロン・クローズライン』!! 実況を務める私の眼には、明らかにハーク選手が、発生した竜巻に呑まれてしまったように見えました! ハーク選手無事か!? それとも吹き飛ばされて場外か!? はたまた斬り刻まれてしまったのかー!? あっ! 今、竜巻が消えました! SKILLの効果が終了した模様です! 試合舞台リング上にはモログ選手一人! ハーク選手はどこに行ってしまったのかー!?」


 実況と同じく各々が、各々の予測した方向を探す。

 やはり場外を探す者が数としては最も多かった。が、そこにはいない。


「上だッ!!」


 モログが叫ぶと同時に頭上を見上げた。

 そこには既に、奥義・『朧穿』の体勢をとるハークが迫っていた。



 客席にてフーゲインが行っていた考察は、その大部分において、九割方にまで的を射ていた。

 ハークは自らの不利を承知で全力全開を続けていたし、モログはモログで、そのことを早い時点から理解しながらも、自らの手で決着をつけることを望み戦っていたのである。


 モログの行動はある意味、青臭いとも高望みし過ぎであるとも断じることができ、一方で、漢らしく潔いとも称賛することが可能だろう。

 ただ、無限に成長することのできる可能性を秘めたこの世界においては、こうした非効率にさえ思える精神性こそが、実は限界を逸脱する糧となるのではないかとも考えることもできた。


 そんな中でハークは、モログが少年の乾坤一擲のスキルに対してスキルで返し完全勝利を狙ってくると予測、いや、確信をしていた。

 そして、その呼び水としての「奥義!」の声を囮として、直後に『大日輪』でも『朧穿』の言を繋げるでもなく、『突風ウインドシュート』の魔法を自らに唱えていたのである。

 『見えざる手』とも異名を持つこの魔法にて、ハークは上空へと退避。モログの『サイクロン・クローズライン』の攻撃範囲より逃れることに成功していた。


 とはいえ、本来この手の魔法にて空中遊泳を行いたいと考えるならば、事前に『風の断層盾エア・シールド』で自身の肉体の保護を行っておくのが定石である。

 無論、そんな時間などまるでなかった彼は、少なくないダメージを負って、服の裾が裂けて破けてしまったが、それに見合う見返りを手に入れようとしていた。



 気づかれたがさすがに遅い。


「奥義・『朧穿』ぃいーー!!」


 いかにナンバーワン冒険者であろうとも迎撃のできる体勢ではなかった。咄嗟に斧槍で防御態勢を取るのが関の山である。魔力を通わせる暇すらない。そこをハークの旋突が襲った。

 両者の武器が火花を上げて拮抗するのはわずかな時間。落下の勢いまで乗せて打ち込まれ、かつハーク渾身の力と魔力を籠めた刃に、巨大な斧槍の刃は蹂躙されていく。


〈いけるか!?〉


 肉体に辿り着ければ、致命傷は無理でも、試合を左右させられるほどの負傷くらいは与えられよう。


 明らかに高価な斧刃が、ハークの斬魔刀によって砕かれていく。

 既に半ば以上まで貫き、もはや突破寸前である。ここで決めるべく、ハークは更なる力を右の腕に籠めた。


 —————が。


 ガッシィイイ!!


 万力のごとき力で左肩を掴まれていた。


〈なに!?〉


 信じられなかった。ハークは結果的に、モログとの間に斧槍を挟む形で『朧穿』を放った筈である。少なくとも、斧槍の裏にモログがいて然るべきだと思っていた。

 が、実際には違う。

 その場に留まっていたのは彼の斧槍だけだったのだ。

 当然にモログの腕が急に伸びた訳でもない。モログは己がたった一つの武器を囮に自らは跳躍し、逆に間合いを詰めていたのである。

 自身の右腕が届くほどに。


 もはや斧槍の、斧たる態は失われているほどだったが、その甲斐はあると言えた。


「くっ!」


 モログの腕に斬撃を与えて逃れようと、ハークは斬魔刀の切っ先を即座に向けようとする。

 完全に読みを上回られても、抵抗を止めなければ勝機は再び訪れる。しかし今回は相手が悪かった。


「悪いが終わりだッ、少年ッ!」


 自分の身体が強い力で振り回されたのが分かった。分かったのはそれだけである。

 振り回される、たったそれっきりの行為で、ハークの方向感覚は完全に狂わされた。もはや前後左右どころか、天地がどの方向にあるのかすらつかめない。


「うおおおおおおおおおお!?」


 知らず声が溢れていた。

 ハークとて前世で投げを受けたことはある。が、自分が今どうなっているのかすら不明になるのは初めての経験であった。


「サイクローーーンッ—————!!」


 さらなる回転が加えられた気がした。それでも刀を手放さないのは剣士としての意地か。


「—————ステーーークッッッバッスタァアーーーーーーー!!」


 そして落ちた。



 ドッゴォオオオオオオオオオオン!!



 痛烈な鉄槌が試合舞台リング中央に突き刺さっていた。

 ハークは腰部をモログの太い両腕によってホールドされ、背中と後頭部を派手に打ち付けられていた。丁度、その部分から放射状に亀裂が四方八方へと奔るほどに。


『ごっ、ご主人ーーーーーー!!』


「キュウーーーーーンッ!!」


「「ハーク!!」」


「「ハーク様ぁああ!!」」


「ハーーーーーーークッ!!」


 現代人に分かり易く伝えるならば天空よりパワーボムの体勢で落下させられた少年に対し、彼の従魔、仲間、応援団から悲痛な声が上がる。


 ホールドしていたモログが、少年の身体から離れると、墓標のように立っていたハークの両足がパタリと力無く大地に落ちた。

 瞬間、怒涛の大歓声が上がる。


「あああぁああ、こっ、これはぁっ、ハ、ハーク選手生きているんでしょうかっ!? しかし、便宜上私はカウントを唱えねばなりません! 回復班! 準備をお願いしますワーーーーン!! ッツゥウウウウーーーーー!!」


 実況が些か泡を喰ったように言う。回復班、という言葉以降、カウントを始めるまでは滅茶苦茶に早口であった。


「スリィイイイイーーーーー!! フォォオオーーーー!!」


 カウントが進む中、大会運営側の回復魔導士が続々と試合舞台リング脇に集まってくる。同時にハークの付き人と従魔も観覧席から出た。彼らの中に、いや、この試合の行く末を見届けようとする観客の全てに加え、対戦相手ですら、カウント内にハークが立ち上がるなどと考えている者はいない。


 彼はまだ、ピクリとも動かなかった。





第19話21:You Can’t Escape!③ 了


次回ッ! 第19話22:If you smell, What The Hark is Cooking!!(意訳:ハーク様の妙技を味わえ!!)に続く!!

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