296 第19話20:You Can’t Escape!②




 両者の間にすでに充満し切っていた戦闘意欲から逃れるように、実況担当者は全力ダッシュで自身の仕事場である実況席へと戻った。

 間髪入れずに横にいる主催者、兼解説者のロッシュフォードが開始の合図を行う。


「それでは! 第五回『特別武技戦技大会』決勝戦、開始はじめぇえ~~~!!」


 またも観客が「わあっ!」と盛り上がる。と同時に、モログが口を開いた。


「初手を譲ろうッ。エルフの少年剣士殿ッ」


「格上の言葉だ。従わせてもらおう。が、後悔はするなよ! 『鎌鼬ウインドカッター』!」


「ムッ!? 魔法かッ!?」


 モログとて油断していた訳ではない。だが、攻撃はハークが未だ背に負ったままの、彼の身長すら超えるほどのカタナを抜いてから開始されるとばかり思っていたのだ。


 先の準決勝、クルセルヴが放った『音速斬撃ソニック・ブーム』によく似た風の刃が、何の準備も予測も行っていなかったモログに襲いかかる。


「おっとッ!」


 とはいえ相手は最強冒険者。対応が遅れようとも高ステータスにより難無く横にズレることで躱す。

 だが、躱した先が問題であった。


「『爆炎嵐ブレイズストーム』!」


 避けた先の地面より、紅蓮の炎が渦巻いて立ち上がりモログを包む。


「うおおっ!?」


 避けられることを予測し、既に発動準備を行っていたのである。そうでなければモログのスピードを捉えられる筈などない。ただし、この戦法は仮にヴィラデルなどが相手であれば通用しないであろう。

 『精霊視』のSKILLを所持する者には、事前に魔法発動のため火の精霊をあらかじめ待機させておいたのが丸見えとなるからである。


 大方の予想を覆す形で先制攻撃を、直撃という形で達成したハークではあったが、与えたダメージは微々たる程度に過ぎなかった。

 具体的に言えば、薄皮一枚を熱し、産毛を燃やしたくらいである。むしろ、周囲を包む炎によって視界を防がれた効果の方が痛い。

 そんな中、うなじにチリチリと危険信号を感じて、モログは背後を振り向いた。


「奥義・『大日輪』!」


「むおっ!?」


 横倒しになったハークから脳天に向かって刃が真っ直ぐ振り下ろされる。

 咄嗟にモログは右手の巨大な斧槍を前に出し受けた。火花が飛び散り、まるで新品のような斧刃に刃こぼれが生じるが、その隙に危険域を彼は脱する。

 大きく後ろに後退したのである。


 深追いすることなくその場に着地するハーク。

 戦いは仕切り直しとなった。


「魔法とはなッ、隠していたかッ」


「ん? そんな事はない。儂はエルフだぞ? 警戒して然るべきではないのかね」


 客観的な話をするならば、これまでの試合で一度も使用しなかった中級魔法を決勝戦でいきなり、というのは確かに温存していたと謗られても仕方がないのかもしれない。だが、ハークの言も一方で至極尤もな話でもある。エルフ族は『魔法の申し子』。相手取る場合は魔法戦を警戒するべき、そういう事である。


「成程なッ、確かにそうだッ。失念していたッ」


「少し耳の痛いことの一つでも言わせてもらうとの、貴殿は少々警戒感が薄すぎるのよ。だからこそつけ込める。ま、皮一枚すら灼けぬような攻撃に一々構っていられぬというのであれば、気持ちだけは分からんでもない」


「いやッ、見事な連携であったッ。だがッ、何よりも驚かされたのは最後の攻撃ッ、いつの間にか俺の後ろに回っていた・・・・・・・・少年が上空から・・・・降ってきていたことだッ。今までの少年の試合で見せてもらった最高速度どころかッ、通常の人間種には考えられぬほどの挙動ッ。一体どうやったッ!?」


「ふうむ、では答え合わせといこうか」


 言うが早いか少年が走り始めた。彼を優に超える速度能力を持つモログにとってその動きを眼で追うことなどごく簡単な作業である。

 にもかかわらず、モログは一瞬、少年の姿を見失った。


「『風の断層盾エア・シールド』っ!」


「何だとッ!?」


 モログが驚きを見せていた。

 ある意味当然でもあった。

 ハークは自身の最高速度から、『風の断層盾エア・シールド』で生成した圧縮空気の壁を使い、ほとんど直角、いや、それ以上の方向転換を行っていたのだ。

 ただし、『風の断層盾エア・シールド』を足場に利用して挙動変化を行う者は、数こそ多くはないとはいえ、常に一定数以上はいる。つまり驚くべきはそこにない。


 ハークは通常手の平で発動する魔法を、なんと足裏で発動していたのだ。

 これにより手で『風の断層盾エア・シールド』を生成してからそこに乗るという予備動作ワンクッションが必要無くなり、魔法発動後即挙動変化を実行できていた。


「せぇいっ!」


「クッ!?」


 モログの動体視力を一時的に超えたハークが、斜め後ろ側から急襲する。モログとて反応するが、遅い。

 ハークの剣閃がモログの左肩を薙いだ。浅く傷が入り、僅かだが血が滲む。


「オレ様の防御力を突破したかッ! さすがだなッ!」


〈この感触……、通常攻撃では骨身にまでは達しないであろうが、刀技スキルならば突破も可能!!〉


 ハークは斬魔刀を握る己が手に更なる力を籠め、確信を深めつつ新たな魔法を構築させる。連続で。


「『風の断層盾エア・シールド』! 『風の断層盾エア・シールド』っ!」


 追い縋ろうとするモログを一度目の鋭角的な動きで引き離し、二度目の空中軌道にて後ろ側に回る。上から見ればコの字の動きで背後を取り、そのままハークはモログの身を包む外套マントごと巨大な背中を浅く斬りつけた。


「ぬんッ!」


 直後、ハークがいた場所に向かって斧槍が振り下ろされていた。


「む!?」


 ハークの挙動を、すぐには捉えら切れぬものではないと判断したモログが、攻撃を受けた瞬間、即座に反撃を行う戦い方に切り替えたのである。思い切りの実に良い、好判断と言えた。


 姿が全く見えなかろうと、居場所が特定できなかろうとも、攻撃を受ける瞬間は近接攻撃である限り手が届く位置に互いが存在するのは当然。肉を切らせて骨を断つ戦法という訳だ。

 が、いささか大振りに過ぎる。予測を超えた攻撃であっても問題はない。たとえ掠っただけで戦闘不能に陥りそうな閃撃であってもだ。

 躱すと同時にハークは次の挙動に移るべく魔法をつむぐ。



「なんという展開! なんという挑戦者! ハーク選手大攻勢だ! 凄まじい速度で右に左に上に下にと正に縦横無尽! 遠くで見ている我々にもギリギリなほどです! 幾度も斬りつけるハーク選手に対し、モログ選手はまだクリーンヒットがありません! こんな展開、誰が予想できるかーーーい!!」


 実況の大声が大歓声を切り裂き会場中に響く。

 その台詞はほとんど心からの文句であったが、多くの観客の代弁でもあった。そこに冷静な声音で大会の主催者兼解説者のロッシュフォードが同意を示す。


「うむ、全くだな。私もこういう展開とは予想できなかった。だがこの後の展開はある程度分かりやすい」


「ええっ!? そっ、それはどういう展開でしょう!? ご説明ください!」


「無論だ。一見、ハーク選手が一方的に攻撃を加え続けているように見える。展開としては先の準決勝と似たような状況とも言えるだろう。が、先と違う点が二つある。一つはモログ選手の攻撃を、ハーク選手が捌き切れるかどうか不明であること。恐らくは不可能だろう。だからこそハーク選手も、モログ選手の攻撃を避けるだけに留めていると予想できる。もし当たれば一撃での形勢逆転も充分考えられるな」


「つまり、我々には凄まじいスピードで攻勢を続けるハーク選手有利としか見えてはいませんが、実は彼も危ない橋を渡り続けている、と!?」


「そういうことだ。恐るべき技術によってレベル差を覆しているように見えるハーク選手ではあるが、素のステータス差の不利というのは確実にある」


「なるほど! 見事な御推察ですっ! して、二つ目は!?」


「ふむ、そちらに関してはこの音声が彼ら選手たちの耳にも入ることから、勝敗に影響を及ぼす可能性を考慮し、今ここでは語らぬこととしよう」


「何でだーーーーーっ!?」


 実況の絶叫が響き渡った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る