265 第18話05:Tell us your swordplay!⑤




 ハークは飯を喰う手がどうにも止まらなくなる経験を久々にしていた。

 ここまでの事態は半年ほど前、ソーディアンのギルド寄宿学校にも入る前に、セリュの宿屋で炊き込みの米料理を初めて食べた時以来だ。

 あの時と同じようにハークはせわしなく口を動かしながらも空いた隙間に次から次へと食い物を詰め込み、時折、思いついたように「美味い!」という台詞を言い重ねる。


 眼の前の鍋敷きに似た木製の皿の上に置かれた黒鉄皿は、限界まで熱せられているのか、その更に上に置かれた恐らくは肉の塊を未だにじゅうじゅうと鳴かせ続けている。

 漂う香ばしい肉の香りは、肉料理に適応の薄い者であれば気分をやられてしまうほど濃い。しかし、前世より獣肉を多少は喰らう習慣を持ち、また、肉料理がごく普通に食事として出される今世の環境に、半年間ですっかり順応したハークにとっては食欲を増進させ続ける効果しかない。


 吃驚びっくりしたのは、兎に角この肉の塊らしきものが柔らかいことだ。

 歯に力など必要もない。しかし、噛み締めれば肉の旨味をちゃあんと吐き出すのだ。

 これが米に合わぬ訳はない。エルフ米と呼ばれるこの世界の米が、白飯の状態でしっかりと用意されているのがまた乙であった。


「ははは。どうやら、相当に気に入ってくれたみたいだね!」


 オルレオン冒険者ギルド長ルナ=ウェイバーの声を聴き、ハークは珍しく食い物に集中し過ぎていて、ここが彼女の執務室であり、会食中であるということをしばし忘れかけていた己に気がついた。


「うむ、済まぬ。どうにも止まらぬよ。これは一体何なのだ?」


「この街の名物料理でね、ハンバーグという料理さ」


「半馬亜具……?」


「この地方のモンスターの肉は、栄養価は高いのだけれど、少々硬くてね。それをおいしく食べ易いように考案されたのがこの料理さ。肉をバラバラに、その米粒より小さく細かくするんだよ」


「米粒より⁉ 随分と手間だな!」


「だよねぇ。元々、ワレンシュタイン領のように、肉質の硬いモンスターばかりが生息する地域から伝えられた調理法でさ、昔は手作業だったらしいけど、今じゃあ専用の法器があるからまだマシと聞くよ。ま、アタシは料理苦手だから作り方もうろ覚えだし、作れないけど、ハークが街に来てまだこの名物料理を食べていないと聞いたのでね。用意させてみたんだけど、どうやら大当たりだったようだねえ。二体の従魔殿たちにも、大いに気に入ってもらえたみたいだし」


 その言葉でハークも気づいた。虎丸は勿論のこと、日毬ですら同量のこの『半馬亜具』とやらを、既に平らげ終わっていることに。

 通常状態にて日毬は人で言う口に当たるものが存在していないのだが、種族特有のSKILLである『変態トランスフォーメーション』を使用することで肉食蟲形態へと変化できる。六枚の翅が全て一回り小さくなる代わりに前足の一対が蟷螂のように鎌状となり、更には口に当たる口吻という器官すら出現するのである。


「ぬおお……、お主たち早いな」


 虎丸と日毬が全く同じように胸を張って得意気にフンスと鼻息を吹く。

 ただ、虎丸は良いとしても、日毬まで食べ終わっているというのは早きに過ぎる。『変態トランスフォーメーション』のSKILLは日毬の身体の大きささえ自在に変化させる能力を司っているので、それを使ってハークと同程度まで身体の大きさを変化させた上に、殆ど噛まずに飲み込んでしまったのではないだろうか。


「ははは、アタシもまだだし、ゆっくり食べ進めようよ」


 会食でもあるし、ルナも全く同じものを食べている。残りの量はハークと殆ど変わらなかった。


「うむ、そうだな」


 頷くと食事を再開する。

 程無くして残りが僅かとなったところを見計らって、ハークが再び口を開いた。


「そういえばルナ殿。御会食にお誘いいただいた訳を、まだ聞いておりませなんだな?」


「ン? まぁ、そうだね。食べながら始めちゃおうか」


 そう言いつつも彼女は最後の一塊を、口の中に入れると咀嚼し、飲み込んでから話を再開する。


「実は君に相談事があるんだ」


「ふむ」


 それは既に事前に聞いていた。

 そして、約一週間後、正確に言えば八日後に開催される四年に一度の『特別武技戦技大会』に出場するがゆえに、ハークとしても受けられることと受けられぬことがあるとは既に伝えてあった。


「食べながらでいいから、これを視てくれるかい」


 そう言って、ルナはハークと向かい合わせに座るソファーの間に置かれた、食事の飛沫を受けぬ程度に離した書類の中から十数枚程度の紙の束を取り出し、ハークの斜め前に移動させた。

 一枚めくってみると、一枚につき二十名ほどの名前が書かれている。よく視ると、全てが同じ人物の筆跡ではなく、一人一人バラバラであった。もしかすると自署なのかもしれない。


「これは?」


「嘆願書だねぇ」


「嘆願書? 何の嘆願書だ?」


「ハークにも、戦士科の授業に参加して欲しい、っていう我が校生徒達の嘆願書さ」


「儂に?」


 ハークには訳が分からない。

 冒険者ギルド寄宿学校生徒は全員、三つの教科を選択して学ぶ。ハークの場合は魔法科、歴史科、算術科だ。戦士科の授業は、ハークにとっては全く関係ないとも言える。

 そりゃあ先日、四教科目を選択できるならば受けてみたいとは言ったが、それを他の生徒達が嘆願してまで後押ししたとは考えられない。


 ハークは『半馬亜具』の最後の一切れを口の中に入れると共に白米も放り込んでから、嘆願書なるものを一枚一枚めくっていったが、合計すると三百人近く、オルレオン冒険者寄宿学校全生徒近い人数の署名が書き連ねられているようだ。


「凄いだろう? 戦士科に所属する生徒全員が署名しているよ」


 ルナが誇らしげに言う。だから全生徒近かったのだ。

 純粋な魔法職を目指す者など、戦士科を受講しない者もごく僅かではあるがここオルレオン第七寄宿学校にもいた。

 ただし、その割合はソーディアンの第一寄宿学校よりずっと少ない。この地域は亜人種が多いからか、純粋な魔法職志願者が少なく、寧ろ、純粋な戦士系志願者が圧倒的なのだそうだ。

 ゆえにその授業風景はどこよりも熱心と聞いていた。


「その全てが、儂にも戦士科の授業を受けよと嘆願してくれているのか?」


 ルナは一瞬眼を丸くすると、吹き出すと同時に声を上げて笑ったが、その笑いを随分と苦労しつつも収めた。


「ははは、違う違う! 生徒側じゃあないよ!」


「生徒側じゃあない?」


 ハークは増々訳が分からない。生徒である自分が生徒以外、どのていで授業に参加するというのだ。そう思った彼に、ルナが続けた。


「ハークにはぜひ、剣技、いや、『カタナ』技の講師として戦士科の授業に参加して欲しいっていう嘆願書さ!」


「何⁉ 儂に講師を⁉」


 さすがにハークは驚いたし、予想もしていなかった。

 それはそうであろう。何処の世界に同じ生徒に対して授業を担当する講師になれと嘆願する生徒達がいるというのか。




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