264 第18話04:Tell us your swordplay!④
〈う~~む……〉
余りにも予想外な流れであったからか、ハークも頭の回転が幾分鈍い。
現時点で思い浮かぶ聞きたいことは粗方聞き終えたので、後で新しく思いついたら『赤髭卿』のことは改めて質問すればよいと心に決め、ハークは別の質問に移る。
『エルザルドのことを龍族の長かも知れないと書いてあったが、これはどうだ?』
『ふ~~~む、それは中々答え難い質問だな』
『そうなのか?』
『うむ、元々龍種というものは、余り人間族の様な上下の関係性というものは、完全にないとは言えぬにしても非常に薄いのだ。皆、基本的に個々で生きておるからな』
『成程、立場に拘るのは人間族ゆえ、か』
『というより、集団行動によるところが大きいであろうな。集団で集まり生きるならば、誰が舵取りを行うかを決めておかねばイザという時に困るであろう?』
『船頭多くして船、山に上るというヤツか』
『うむ。ヴォルレウスもそんなことを言っておったな』
『そうか。次なんだが、アレクサンドリアというドラゴンが倒された事実はあるのか?』
『全くないな。彼女の場合はまだ年若い頃にかなりの武闘派であったものだが、最近は年相応に落ち着いただけよ。昔、といっても数千年もの昔だが、その頃は争いの種を自ら探しに出向くようなところがあったな。今は戦いを挑まれれば喜んで容赦なく戦うであろうとも、自分から襲いかかりに行くようなことはしない』
やはり最強なる一角がそう簡単に、しかも知らぬ間に落とされるなど有り得ぬようだ。
ただ単に昔荒れていた者が、歳を経て分別や自重を身に着けることで鳴りを潜めただけであった。ハークも前世ではアレクサンドリアなる龍と同様の評を、自らの与り知らぬ場所にて噂された憶えがある。
『キール=ブレーメンなる者のことだが、本当にエルフ族との関係があるのか?』
『うむ、あるな。ただ、エルフ族全体というくくりで考えるとキール以外にも関係を未だ維持する龍族はいる。エルフ族は森の民であるハーク殿の部族、砂漠の民であるヴィラデル殿の部族の他に、海の民シーエルフ、高地の民ハイランドエルフと計四部族おるからな。我も詳細までは聞いておらんかったが、キールは各部族の里を定期的に回り米の酒を獲得しつつ、時々、エルフ族の困り事など相談を引き受けていたようだ』
『……と、なると、本来は儂も知っておかねばいかんかったのかな』
『いや、そうとも限らん。人間種の国家として最も発展したこのモーデルに組み込まれた頃から、キールも森都アルトリーリアへの訪問は控えておった筈だ。また、ヴィラデル殿の砂都トルファンも、先のロンドニアが居住する場所から龍族にとってはかなり近いので、滅多に訪れることのなかったと記憶しておる』
『ほう、あ奴の故郷は龍王国ドラガニアなのか?』
『どうであったかのう。砂都トルファンは森都アルトリーリアのように別の人間種の国家に与しているワケでもなかったからな。それにあの辺りは勢力図がしょっちゅう変わる。ドラガニアの国土内であったのかは龍族の我には保証はできんし、今の状況もだな』
エルザルドとて万能ではない。さすがに人間種、更にヒト族の国家が勝手に引いた国境線など細部まで頭に入っていないのは当然だった。それにこの辺は自分でも調べることができるだろう。いわゆる歴史と地理の分野だ。
〈そういえば、ヴィラデルの奴が里を出たのは成人してすぐ、とか言っておったな。もしかしたら、その辺の事情が関係している可能性もあるのかもしれんの〉
ホンの少し、いや、それなりには気にはなるが、次を訊く。
『ここからは名前もない。特徴と逸話だけだ。まず、この『紅毛龍』と呼ばれる龍だが、判るか?』
『こちらはまず間違いなくヴァージニア=バレンシアのことを指していると言っていいだろう。特徴、特色がそのままだ』
『ヴァージニア=バレンシア……』
『うむ、彼女は特殊な形で生まれたために若い頃非常に苦労したのだ。何と龍人の姿で生まれたのだ』
『……龍人……?』
『遥か昔のエルフ族には『
『そんな存在がおるのか……。とんでもないな』
『言葉面だけを捉えるならば、ハーク殿がそう感じるのも無理はないだろうな』
『ん?』
言下に否定され、ハークは当然のことながら更なる興味を示す。
『どういうことかね?』
『人間種から視れば充分強力なのだろうが、我ら龍族からすればどうにも中途半端なのだよ。身体が小さいので龍族ならではの力を完全には発揮し切れないし、生まれつき翼を備えていないので飛行能力もない。強靭な爪もなければ牙も、柔軟な尻尾も持たない。更に、最大の弱点がある。ハーク殿は以前説明した『龍言語魔法』の一つ『
歴史の講師の如き言い方に、ハークは即反応する。
『無論だ。確か、武器防具を問わず、触れておる時間と箇所によって武装を容易に破壊できる能力……ん? まさか⁉』
『気づいたようだな。そう、この能力が発現すると武器及び防具を装備することが適わなくなるのだ。言わば人間種族特有の利器を捨て去ることとなるな』
『武器だけでなく、防具もか⁉ 効果を切ることはできぬのか?』
『うむ。『
『それは……確かに大変な苦労があったであろうな』
ハークの生きた時代にも、ほぼ完全な自己流で大成した剣豪は数多くいた。
武将として有名な米沢藩の前田慶次郎
しかし、誰に教わるでもなく完全な自己流とは申せ、刀の振り方くらいは親兄弟友人隣人など身近な存在から視て覚えることもできるし、戦場や実戦の場で手本となる型に遭遇する機会はそれこそいくらでもあった。言うなれば、見本がそこら中に溢れている環境である。
が、それらが全て一切ない状況で、一から自分で己の戦い方全てを模索、構築しなければならないとすれば、それは途方もない時間と、星の数にも届く試行錯誤の繰り返しを必要とするに違いない。
『そこで彼女は、『
『…………』
何だかよくハークには解らないが、自分の想像よりもずっとずっと手間暇少ない方法であったように感じた気がする。
『まぁ、見本となる動きを龍言語魔法三種を上手く使い覚えた、ということさ』
エルザルドが少し噛み砕いて教えてくれる。有り難い事だが、それで一つ疑問が湧いた。
『既に魔物相手に素手で戦う技術が、調べてみれば遠き過去に存在していたということか?』
『いや、違う。基本的にヒト族が同じヒト族相手に使う技術だったようだ。それを対魔物用に使える技術へと昇華させたのだよ』
『それは……、大したものだ』
それほどお手軽でもなかったようだ。感心してしまうほどである。
『うむ。彼女も当時を思い出すと相当に苦労した、と語っておったよ。成体となったヴァージニアは体内の魔力を解き放つことで赤き体毛と鱗を同時に備えた美しい龍へと変化し、もう滅多にその技術を使うことはなくなったが、今でも鬼族の間には受け継がれ続けておるようであるな』
『何? それはどういうことだ?』
『彼女が成体へと至る前であるがの、結婚したのだよ、鬼族の男と。当然、その鬼族の男は千年以上前の人物であるので、とっくに死に別れておるがな。それをキッカケに彼女の徒手空拳の技術は鬼族の間に伝達されることとなったのだよ』
『先程エルザルドが言っていた、源流が違う、とはそういうことか』
フーゲインの扱う武術は、『龍拳道』と書くらしい。そう考えると言い得て妙だ。
旺盛な闘争本能と体力、頑強で回復能力の高い鬼族の肉体はヴァージニア=バレンシアという龍が生み出した技術に対して見事に適合し、彼ら種族の間にて今まで大切に紡ぎ続けられてきたということであろう。
『こちらの『白龍』というのはどうだ?』
『そちらの情報だけでは断定は難しいな。白い龍で極寒地方を住処とする氷の龍というのは、最古龍の中でも該当する龍が二体おるからな。挑まれても戦いを回避する特徴も同じだ。理由は全くの別なのだがな。一応、白い体毛という部分でダコタ=ガイアスリナムが有力といえる』
『ダコタ=ガイアスリナム、か』
『前に少し話したことがあったであろう。この世の全てどころか、空の果てにある世界すら解き明かそうとしている者のことを』
『おお、憶えておるよ』
長き時を生きるのであれば、それを埋める何かしらの目的がなければ難しい。そういう意味で、ハークはその龍とひょっとすれば気が合うのではと思ったものだった。
『もう一体の候補はアズハ=アマラ。彼女も氷の龍で極寒地方に住む。ただ、体毛はなく鱗は白銀だな。性格や性質は先のダコタとは正反対で、何に対しても無関心だ。戦いを忌避するのも、兎に角面倒事が嫌いなだけだ』
『本当に色々な性格、性質、姿形の龍がおるのだな。他にもまだ儂に話しておらぬ最古龍はおるのか? 重要な者から話してくれ』
『そうだな、では……』
エルザルドが言いかけたところで、虎丸の遠慮がちな『念話』が割って入った。
『ご主人……、ご主人、邪魔して申し訳ないッス』
『む? どうした虎丸。何かあったか?』
『いや、何かあったワケではないんッスけど……、ギルド長との会合はいいんッスか? 遅れるッスよ?』
『むお⁉ しまった!』
ちょっとのつもりが集中し過ぎてしまったようだ。ハークは慌てて上着を引っ掴むと急いで身支度を済ます。
『スマン、虎丸! 日毬! さっさと行こう!』
『了解ッス!』
「キューーン」
ハークはドアを開けると、二体の従魔と連れ立って、ギルド長の執務室へと向かった。
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