258 第17話21終:エンパイア・アーミー




「うっ⁉」


「眩しッ⁉」


「きゃあっ⁉」


 エルフの特別製の瞳は実に便利なもので、眩しいものを視界に収めても薄い膜のようなものがひとりでにかかってくれる。

 今回も例外ではなかったが、それでも眩し過ぎた。

 しかし、衝撃波は思ったほどでもない。吹き飛んできたものも全て『風の断層盾エア・シールド』で撥ね返すことができていた。ただし、恐ろしいほどの黒煙が空に立ち昇っている。


「うおぉ……、何だこりゃあ」


「臭ぇな。皆、もっと離れた方が良い」


 ランバートが言う。確かに煙の一部が風に乗って僅かに届くと、硫黄の様な匂いがした。

 ハーク達は更に距離を取るが、炎の勢いは一向に衰えることはなかった。

 黒煙の量も同じく衰え知らずだ。寧ろ増えているようにすら感じる。


「凄え煙の量だな。狼煙のろしみてえに自分がやられたのを仲間に報せているんスかねぇ?」


「かも知れん。さすがに帝国までは届かんだろうがな」


 前世でもここまでの量の煙は、ただの火事では見たことが無い。城が一つ、火計にて燃やされたほどであろうか。

 燃え盛る炎は煙と共にしばらく続いた。




 漸く鎮火する寸前まで、黒い煙は収まらなかった。

 火が消えた場に、ハークらを含めた戦闘組、そしてリィズやアルティナ、ワレンシュタイン領の防衛隊の面々、更にはリン達捕虜組も揃っていた。

 エヴァンジェリンの左肩は包帯を巻かれていたが、未だ顔色というか、表情が優れない。治療が完了していないのだろう。


「やれやれ……。まさか、コイツらまで自爆するとは思わなかったぜ……。酷え有様だな、こりゃあ」


 ランバートの言う通り、『キカイヘイ』だったもの、は全て燃え尽き、灰のような屑鉄として四散していた。腕や足も同様である。外側は堅牢無比であろうとも内側からの熱には、という事なのだろうか。


「一体何だったんだ、コイツぁ?」


 フーゲインが至極尤もで、原点回帰な疑問を口にした。


「俺らで考えても解らねえことは解りゃあしねえよ。こういう時は少しでも情報持ってそうなヤツに聞くのが一番だ」


 そう言ってランバートは振り向く。視線の先には恭順を示した暗殺者の頭領、リンがいた。

 と、同時に一斉に視線が集まる。彼女は小さく肩を震わせていた。

 他の者の視線が一遍に自分に集中したからではない。『キカイヘイ』に一族ごと殲滅を狙われるという恐怖に依るものだろう。最初からリンは身を震わせていたからだ。


「大丈夫か、リン殿?」


 その肩を抱くかのように、リィズの手が軽く置かれた。


「お頭、私から説明いたしますか?」


 じい、と呼ばれた一族の男も申し出る。だが、リンは自らの意思で震えを止め、リィズに頷き返すとランバートと眼を合わせた。


「いいえ、これは頭領たる、自分の役目です」


「立派だな。では話してくれ。コレは一体、何だったんだ?」


「はい。ただ……、始めにお断りしておきますが、この『キカイヘイ』に関することは、帝国内部でも機密事項です……。軍内部での噂の他、我ら独自で集めた話も多いです」


「不確定な事実も多い、ってことか。構わねぇよ。ついさっき、初めて姿を拝んだばっかりの俺らよかマシだろう」


「分かりました。今、我らが知っている全てをお話ししましょう。『キカイヘイ』は我らと同じ、一応の帝国軍所属ではありますが、皇帝直属の兵であり、命令は皇帝自身か、直轄する宰相イローウエルにより出されます。その為、他の兵科と共に運用された記録はありません」


「成る程な。帝国というより皇帝自身の秘密戦力、といったところか」


「その通りです。最初は帝国と領土を隣り合う連合公国への殲滅戦にて使われました」


「帝国が数年前に再び蠢動を始めた頃だな?」


「はい。なぜ戦争が始まったのか、は聞かないでください。我ら帝国軍に詳細など明かされませぬ故」


「命を受ければ軍人は戦うのみ、ってか? とはいえ、国民向けぐらいにゃあ発表くらいあるんだろう?」


「まぁ、一応は。確か……、領域侵犯とかでしょうか。無論、誰も信じちゃあいませんが」


「だろうな。侵犯したのはむしろ帝国の方と聞いた方が納得がいくぜ」


「ともかく、戦争は始まりました。戦いは帝国軍が有利に進めましたが、連合公国軍が首都に籠った事で停滞を余儀なくされます。そこで初めて『キカイヘイ』が投入されました。彼らはものの五時間ほどで連合公国首都の民と軍を殺し尽くし、街を更地と変えました」


「はぁ⁉ 民って……、市民も皆殺しかよ⁉」


 今まで会話の流れを全て主であるランバートに任せていたフーゲインが、思わず我慢しきれぬように発言した。周りの殆どの人物が、言葉にこそ出さないが、フーゲインと同様に不快な表情を浮かべていた。


「私もこの国に潜伏してある程度知りましたが、戦闘員と非戦闘員の区別があるようですね。東……というか帝国にそんなものはありません。敵対すれば敵、それだけです。ただ……」


「ただ……?」


 再びランバートが、鸚鵡おうむ返しに訊く。


「全く捕虜を取らず皆殺し、というのは東大陸でも珍しいことです」


「そうか。そりゃそうだろうな、僅か五時間程度で住民ごと殲滅なんぞ普通は不可能だ。あの熱照射能力と、腕飛ばしがあればこそ、なんだろうよ」


 実際、戦った者達はハークを含め、残らずその光景を想像できてしまう。阿鼻叫喚の地獄絵図。それ以外に表現のしようが無い。ヴィラデルでさえ、苦い表情を浮かべている。


「その後、何度かの東大陸での戦闘で投入されていますが、いずれも殲滅戦であったと聞いております。凍土国オランストレイシアとの戦いでは聖騎士団を壊滅させた、とも。本格的な冬が到来したため、その後の侵攻は中止となりましたが。この話はご存知ではありませんか?」


「ああ、その話は伝わっている。が、壊滅させたのが『キカイヘイ』だというのは初耳だ」


「そうですか。軍内部でも彼らについては緘口令かんこうれいがしかれておりましたし、共に戦場で戦った者も皆無でしたので、姿を視た者すらいませんでした」


(成る程な……。それで調べても名前くらいしか判らんかったのか)


 ランバートは腹の底でそう考えつつも、リンの話に集中する。


「そのままならば良かったのですが……、やがて軍内部でも『キカイヘイ』が粛清や懲罰に使われている、という噂が立ち、こちらも詳細を調べる必要に駆られました」


「今回の事を考慮すれば、噂に留まらなかった、ってトコロか」


「ええ。断片的なモノですが、時間と手間はかかりましたが大体の容姿と、出所、というか、製造元を突き止めました。宰相イローウエルが管理する幾つかの研究施設からだそうです」


「宰相、イローウエル、か。直轄する兵士を自ら製造かよ。しかし、そうなるとやはり外見から想像される通りゴーレムみたいなものなのか?」


「そこまでは調べ切ることはできませんでした。ここからは全て噂を統合や分析して導いたものなのですが……」


「構わん。教えてくれ」


「了承しました。当初から宰相イローウエルには黒い噂があり、禁忌の魔術に通じている、とか、子飼いの部下を使って異常な実験を繰り返している、とかの噂が常にありました。実際、魔法の理解や開発に遅れている東大陸側では無類の知識を持っているようで、新魔法の開発に成功しています」


「帝国の創成から携わった人物だそうだな」


 帝国とランバート達が呼んでいるバアル帝国は、西の国々から視れば非常に若い国である。前身となった国はあったようだが、現皇帝は力で乗っ取ったらしい。つまり、初代皇帝がそのまま現皇帝なのだ。


「はい。……それで、先程、部下の身をもって体験させていただきましたが、帝国は特に回復魔法については大きく遅れているようです。この国では違うようですが、帝国で腕や足を戦争で失えば、役に立たぬものとされ引退を余儀なくされることが殆どです。ところが、数年前からその失った四肢を再生するという研究、という名目で、宰相がそういった元兵士たちに金を出してまで集め始め、研究に協力させている、という情報を得たのです。実際に一族の者も打診を受けたので、真実である可能性が高いでしょう。ただ……、それが……」


 リンは言い淀む。ランバートは十秒ほど待ったが、さすがに続きを促した。


「ただ、それが?」


「それが、その……『キカイヘイ』へと変えられているのではないのか、との噂がありまして……」


「何⁉」


 ランバートだけでなく、モーデル王国出身者は全員目を剥いた。ハークやヴィラデルも例外ではない。大多数に詰め寄られるような気配に、リンは慌てて手を振った。


「待ってください! これは本当に単なる噂でして、裏も全く取れていないのです! ただ……、宰相イローウエルが金を出してまで四肢を失った者達を集め始めたのが、『キカイヘイ』が実戦投入された約半年前で、丁度、時期的に合致するというだけで……!」


 ここで、ハークが今回の会話中に初めて口を開いた。


「ならば、裏を取ろう。ランバート殿」


 全員の視線がハークに集まった。勿論、その中にランバートの視線も含まれている。


「裏を? どうやってだ、ハーク?」


 その言葉にハークは無言で指を差した。その先を視て、何人かが「あっ⁉」と声を上げた。

 ハーク達が倒した『キカイヘイ』は、自爆せずに残っていたのである。




「んん? 何だか色が変わってないか、ハーク?」


 訊いたのはフーゲインだ。ハークは頷く。『キカイヘイ』の表面装甲は、なぜか黒鉄の色から程遠く変化していたのである。


「確かにフーゲイン殿の言う通りだな。土気色というか、脆い岩かのようだ」


「何だか……普通に斬れそうですね」


 リィズがそんな感想を述べるのにも頷ける。岩とて堅いが、ハーク達からすれば今はそれほど苦労せずに断てるものである。


「でも、何でこちらは自爆せず残ったのでしょう?」


 アルティナの尤もな疑問に、戦術を提供し、最後の一撃を決めたハークが答える。


「見た目や構造から、皆、ゴーレムだと言うのでな。ゴーレムはこの前さんざん戦ったスケルトンと同じような原理で動くのだと聞いて、要の魔晶石を破壊することを思いついたのだよ。上手くいって良かったが、その時点で動くこと適わぬ状態に陥ったのであろうな」


「この前のスケルトンと⁉ 良く思いつかれましたね……」


「さすがはハーク殿です!」


「よし、それじゃあよ。この状態なら斬れるかどうか早速試してみるとするぜ」


 アルティナとリィズの言う通りなのだが、目の前で愛する娘が男を褒めているのが、表には出さずとも面白くないランバートはさっさと次の段階に移行させるべく刃付きの大槍を構えた。幸か不幸かそんな父親の心理に気がついた者はベルサくらいしかいなかったが、そんなランバートを慌ててハークが止める。


「待った、ランバート殿! あれを視てくれないか?」


「ん?」


 ハークが指で示した先、それは虎丸がもぎ取り、ハークがトドメの『朧穿おぼろうがち』を叩き込んだ『キカイヘイ』の左肩付け根、ではなくその下の地面であった。


「何だありゃあ? 血溜まり? いや、油……なのか? 何か変な匂いがするぞ? まさか、さっきの『キカイヘイ』があんな爆発するように勢い良く煙を吐いて燃えやがったのは……、この液体のせいか⁉」


 ランバートもやはりこういう頭の回転は速い。


「可能性として高い。それにこの液体も調査すべきと考える」


「よし、分かった。お前たち、採取を頼む。フーゲイン、傾けてやってくれ」


「了解だぜ、大将」


 見繕われたワレンシュタイン兵三名が其々に透明な空の容器を持ち、フーゲインが少しずつ傾けた拍子にもぎ取られた肩の付け根から例の液体が流れ出てくるのを次々受け止めていく。ハークが最初に見た時は『キカイヘイ』の内部から飛び出した黒色の細い管から流れ落ちていたが、ハークが胴体内部の魔晶石を破壊する際に幾本もの管も同時に破壊したために『キカイヘイ』内部に漏れ出たのであろう。


 作業が終わると、『キカイヘイ』の胴体を一度移していよいよの切開が開始される。

 『キカイヘイ』の装甲は予想通り分厚いものの、ランバートの刃付き大槍で大して苦労もなく斬り開かれていった。


「……どうやら、内部の動力中枢をぶっ壊されると動けなくなるどころか硬度も大幅に下がるようだな」


「若干とはいえ、再生能力を持っていたことに関係しているのではないかしら」


 ヴィラデルが独自の推論を述べた。多くの者がその発言に関心を示す。ランバートやハークも例外ではなかった。


「そうかも知れねえな……。そもそも鉄や岩なんかが勝手に再生する方がおかしいんだ。……っと、斬り終わったぞ。フーゲイン、そっち持ってくれ」


 フーゲインが了承し、二人が息を合わせて斬り裂かれた上半分を持ち上げて開いた。

 その瞬間、二人が固まる。


「何だ? どうかしたか、二人共?」


 二人の視線の先を追いかけるかのように、ハークが覗き込むと、そこには開きにされた『キカイヘイ』の中身が当然顕わとなっていたのだが、予想通りに中は殆どがらんどうであった。

 それはいい。問題は数本の黒い蔦の様な管の他に、頭部付近に色のついた透明な容器が鎮座しており、その中に液体に包まれ漂う奇妙な物体があった。


 どこかで何度か視たことがあるような物体であったが思い出せない。前に視た時と恐らく色が違うせいであろうと思われた。何だか視ていると気分が悪くなる。


「何だ、この浮かんどる気持ちの悪いものは?」


「そうか……、ハークは分からねえか」


「む?」


「ハーク、こいつはな……、ヒトの脳みそだぜ」


「脳⁉」


 『キカイヘイ』の中身を自らの眼で視た者は、胸に様々な感情を殆ど強制的に呼び起こされていた。

 その中で、怒りの感情を最も大きく抱いたランバートは、リンに最後の質問をする。


「なぁ、リン殿……。さっき言ってた宰相の、手足を再生するっていう研究に賛同して協力した奴は、全部で何人くらいいたんだ?」


「……数年に渡って勧誘を行っているようで、正確な総数は私には分かりません。ですが……、恐らく……、二百は下らないかと……」


 その返答に、ハークでさえ言葉を失った。




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