251 第17話14:我が誇りに賭けて
「どけっ! お前などに用はない! 父の仇、エルフの剣士! 逃げるのか⁉」
女首領が挑発じみた言葉で噛みつくかのように吠えるが、ハークは茫漠としたまま表情を変えない。更には無言で腕を組んだ。
「あなたなど、ハーク殿が態々お相手する必要はない。私で充分だと言っているのだ」
ハークの行動を『自分に任せる』と受け取ったリィズは本格的に構えを取る。
足を前後に開き腰を落とし、刀を抱え上げるかのように上に持ち上げ、刃を天に向ける。支点のように長巻の
一見、防御的な構えのようにも視えるがハーク以下ソーディアンからの仲間達には全員分かった。
あれはまるでネコ科の猛獣が獲物に飛びかかる寸前かのように、逆に超攻撃的な構えである。
「リィズ=オルレオン=ワレンシュタインです」
「は⁉」
やや焦れたような声音で名乗りを上げるリィズに、訳が分からないとばかりの首領の反応は正当なものだったのかもしれない。
「名乗り合いだ。決闘の前にはお互い行い合うものだと相場が決まっているだろう。さあっ」
「あ……、リン=カールサワーだ。……って、そうではなく!」
さも当然といったリィズの口調に思わず乗せられるリンという女暗殺者。やはり若い。
「こちらは! お前と戦うことに全く興味もなければメリットも無いのだ! 決闘を受ける意味がない!」
「意味ならある。あなたでは実力不足だと言っているんだ。それに、私はこの領の次期領主だ」
「何っ⁉ リィズ……オルレオン=ワレンシュタイン⁉ そうか!」
「今更気がついたのか? 割と抜けたリーダーなのだな」
リィズはワザと相手の心をかき乱すような挑発を敢えて行っている。こういうところも段々と師匠に近づいていた。
「うるさい! 領主の娘が自ら決闘を挑んでくるのなら好都合だ! 私が勝ったなら、無傷で一族の者達を全員開放して貰おう!」
虫の良過ぎる提案に、成り行きを見守っていたフーゲインがさすがに口を挟んだ。
「図々しいヤツだぜ! お嬢、こんなヤツお前が相手するまでもないぜ! ここはこの俺が……!」
しかし、拳を鳴らしながら前に出ようとするフーゲインの肩に、手を置いて止める人物がいた。
「大将?」
不服そうなフーゲインに、ランバートはにやりと笑みを返す。
「心配いらねえよ。信じとけ」
それだけ言うと、今度はリィズに向かって言い放った。
「リィズ! 好きにやれや! お前に任せる!」
「父上……、……はいっ!」
彼女は知っている。父親が言ったのは全権委任などという生易しいものではない。
どのような結果になろうとも責任は俺が取るから好きにやれ、ということだった。
「さあ、あなたの望み通りとなったぞ? これでもう使える逃げ口上はないな」
「黙れ! 願ったり叶ったりさ! 私はレベル二十九なのだからな!」
「ほう、奇遇だな。私は三十だ。お互い丁度良いレベルではないか」
リィズの言う通りである。この戦いにレベル差はないに等しい。つまりは鍛えた技術のみが勝敗を分けることになるのである。
「行くぞ!」
待ちかねたかのように、リィズが飛び出した。
突如開始された決闘は、実に一方的なものだった。
リィズの独壇場と言っても良い。
彼女が流れるように次々繰り出す連携に、リンと名乗った女頭領は手も足も出ない。
彼女の得物である直剣は鋳物のようで地金の質も良くない。既にその刃は傷だらけだった。
武器の質で負けている上に、技術でも大きく差をつけられているのでは尚の事不利である。
一撃ごとにリンの身体は左右に吹き飛ばされかけてもいた。
未だに適時打を身体に受けていないのは、運が良い訳でも何でもない。リィズが敢えて踏み込まないからだ。
「せぇいっ!」
「うぐっ!」
リィズの一文字斬りを受け損ねて、リンが大きく後方へと吹き飛ばされる。
相手が尻もちをついても、リィズは尚も踏み込むことはしない。見下ろしつつ言う。
「どうした、さっきまでの威勢は? 私程度にその有様でハーク殿に敵う筈などないぞ。あの方は私の百万倍は強い」
滅多にこういった場で表情を変えることのないハークだが、さすがに顔を顰めてしまう。
確かにリィズとの技術差は未だ天と地ほどあるかも知れないが、桁が少なくとも四つか五つは大きに過ぎる。
「黙れ! 勝負の最中に無駄口を叩くな! はぁ、はぁ……」
既にリンの息が上がっている。リィズ優勢は誰の眼にも明らかだ。リン自身も判っていることだろう。
〈とはいえ、このままでは終わらんだろうな〉
そう思った瞬間、立ち上がると同時にリンは手に持つ直剣を投擲していた。
顔面を狙ったそれをリィズは警戒していなかったにも拘らず、首から上だけを動かして最小限で躱す。
実に見事な動きだとハークすらも感心してしまうくらいだ。細かな動き一つ一つに才能を感じてしまう。
だが、リンの武器たる直剣はもう一本全く同じものが備えられていた。
しかも、先程の投擲も僅かな
「『
雷魔法の初級に位置する遠距離攻撃魔法だ。
攻撃力自体はほぼ無きにすら等しいが、弾速が眼にも止まらぬ程速く、しかも防御しても防いだ腕が一瞬麻痺する厄介な魔法の代表格である。
瞬時に反応したリィズの反応は完璧であった。背に負う鞘を素早く外し、目の前の地面に突き刺したのである。見事、雷の矢は鞘に防がれる形で空気中、そして地面へと霧散した。
ほう、という複数の声が周りから聞こえる。満点の防御法と言えた。
視ればリィズの父親であるランバート、幼き頃に兄代わりを務めていたというフーゲインが揃って瞳を潤ませていた。ランバートなど声が漏れる寸前なのだろう。片手でガッチリと口元を抑え込んでいた。
彼らの思いは一様に『強くなったなぁ』であろう。ハークとて同じである。
「もう終わりか?」
そう言いつつ、リィズは始めの構えに戻る。大してリンはもう言葉を返す事すらできない。荒い息を吐き散らすだけだ。
「終わりなら、こちらから行かせてもらうぞ!」
〈む⁉〉
リィズが踏み込んだ瞬間、ハークは未来の彼女の動きが視えた。ハークが初めて意図的に生み出したSKILL、奥義・『大日輪』を繰り出すつもりであると。
「必殺! 奥義・『大日輪』ッ!」
横っ飛びからの振り下ろしだった。彼女の動きはハークが未来視にて描いた軌跡を寸分違わずになぞる。
ガッキュウン!
重き完璧なる一刀は、見事に直剣を根元から斬り裂くことに成功していた。
そのまま、流麗な動きでリィズの持つ長巻の切っ先が、相手の首元にぴたりと寄せられていた。
「勝負あったな」
「う……く……。……私の負けだ」
歓声が上がる。
あれが本当に忍びの者であれば、降参など何の意味もないがリンの身体からは闘志の炎が完全に掻き消えていた。それでも、リィズは油断することなくゆっくりと刃を引いてから、ふうっ、と僅かに息を吐いた。
『虎丸よ』
『はいッス!』
『視ていてくれたのだろう? どうだ⁉』
『もちろんッスよ! ご主人の予想通りッス! SKILLの定着が確認できたッス!』
『よぉし!』
ハークは思わず手をぐっと握っていた。奥義・『大日輪』を習得し切ったのは、シンに続いて二人目の快挙であった。嬉しく思うのも当然である。
そんな中、リィズは警戒を完全には解かぬままにリンに語りかける。
「私は父も健全で、責を受け継いでもいない。あなたとは立場が違う。だが、勝者の権利として、敢えて言わせてもらおう。より命を救える選択をしなさい。自棄になるのはリーダーとして以ての外だ。私はそう教わった」
「…………」
それだけ言ってリィズが後に引くと、代わりにじいと呼ばれた男性が前に出てくる。
「お頭、どうかこの老いぼれの願い、お聞き届けくだされ。我らが住める土地も、ご用意いただけるとのことです。これを雌伏の時と捉え、いつか帝国の地より残された一族を取り戻すのです」
ここでランバートが補足に加わる。
「未だ均ししか終わってねえ土地だから余り期待されても困るがな。無論、街や他の村からは距離的に離れているし、しばらく監視もつけさせてもらう。あと、この『じい』さんはオルレオンにて生活する」
「何だと⁉」
リンの様子がその言葉で一変し、ギロリと睨む。ランバートにではなく、本来身内である男性に対してだ。彼がランバートに事前の内から完全に恭順していたと邪推したのだろう。
そんな心理をランバートは完全に読んでいた。思わず辛辣な言葉が出てしまう。
「馬鹿か。勘違い甚だしいぜ。人質に決まってンだろう」
「……あ……」
ランバートが少し呆れたように息を吐いた。早合点したと気づき、彼女は顔を俯けさせる。
「言うまでもねえが、お前らが下手な真似をすりゃあこの『じい』さんの命は無え。それだけの悲壮な決意でこの人は言ってンだ。無論、帝国に対しての協議にアドバイザーとして必要、という側面もあるがな」
「…………」
リンは男に対してゆっくりと顔を向けると、またゆっくり頷いた。
「分かりました、じい。じいの言う通りと判断します。提案を受け入れましょう……」
幾人かの安堵の声が漏れた。決闘の最中、リンの部下たちの中にも既に意識を取り戻していた者達もいたが、無念そうに頭を傾けながらも同じく安堵の溜息を漏らす者も少なくなかった。
先の見えない状況に、思考の袋小路に陥りかけ、自暴自棄寸前であった者も多かった訳だ。
終わったな。
誰もが、ハークさえもそう確信した時であった。
突然、硬質で大きく異質な声が辺り全体に響き渡っていた。
「宰相閣下ノ予測ドオリ、ヤハリ裏切ルノカ」
多くの人々と全く同じように、ハークも声が上がった方向へと視線を送る。
「何だあれは……?」
視界の先、まるで周囲の岩石そのままのような無機質で生物感のまるでない物体から手足が生え、今まさに立ち上がりつつあった。それが二体。
リンが恐怖と絶望を滲ませた声音で呟くように言った。
「て、帝国の、『キカイヘイ』……⁉」
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