203 第15話02:トレジャーハンター②




「あなたが約一年前に提唱した、この街のはずれにある大昔の墓跡が、実は巨大な古王国時代の遺跡であるという説に、アレス王子殿下はいたく興味をお持ちになられておられるのですよ!」


 第一王子からの使いであると名乗ったクロウ=フジメイキというその男は、開口一番そう捲し立てるように言った。


 相方であるというグレイヴン=ブッホなる男と共に、一見してこの国の貴族らしくない意匠も散見される服装だが、それだけに逆の信憑性があった。

 第一王子アレサンドロ、通称アレス王子の側近中の側近は、全員皆、隣国バアル帝国の出身貴族で固められているという。そういった眼で視ると、この国のヒト族とは顔付きや髪色などが若干違う。


 しかし、それらを抜きにしても奇妙な二人組だった。

 クロウの方はまだ良い、ずっと一人喋りっ放しでデュランの話を少しも聞く気が無いのは少しばかり気にはなったが。

 それよりもグレイヴンと名乗った方は、最初に名乗った以来口を固く結び、最早話す気も無いかのような無表情で、視線も何処へ向いているか分かったものではない。


「ああ、コイツは無口なヤツなもんで、気にしないでください」


 無口なヤツ、などというレベルではない気がする。

 明らかに興味が全く無い、という態を存分に表していた。ただ単にそこに居るだけ。座っているだけだ。話を聞いても居ない。耳を素通りしているのがわかる。


(帝国の貴族とは……こんなものか)


 デュランはそう思った。最も、関心があると言っているのは彼らの主である第一王子であるらしいから、その代行を行う彼らに同種の興味が無くとも何らおかしくは無い。おかしくは無いのだが、主の名代を務める以上、最低限の礼儀というものがある。それを異国の者にまで求めるのは、決して非常識ではない筈だ。

 伝え聞くこの国の貴族たちとの軋轢も、ある意味納得だった。


 しかし、そんな内心はおくびにも出さない。

 当然だ。これはやっと自分に訪れたチャンスなのだから。


 噛み合わない会話、と言うよりクロウの一方的な独白を要約するとすればこうだ。


 第一王子アレス殿下のためにも一度遺跡の内覧を希望したい。延いてはその案内を専門家であり、第一人者であるデュランに頼みたい、と。


 デュランに否やなど無い。

 ただ、前述のようにデュランのレベルはたったの18だ。案内は出来ても、戦力としては心許ない。例え一度踏破された遺跡でも、油断は禁物。それがトレジャーハンターとしての掟の様なものだった。魔物はいつの間にやら、何処かからか湧いてくる。


「お話は分かりました。ただ、遺跡は踏破済みであっても危険です。人を、冒険者を雇いましょう」


 だが、デュランのある意味当然な提案は素気無く却下される。理由を尋ねると、クロウは自慢げに言った。


「心配は要りません。私はレベル32、こっちのグレイヴンは33です」


「おお、それは……凄いですね」


 デュランは素直に感嘆を表した。

 嘗てのデュランも同じ立場と強さを、夢の片手間とはいえ目指したのだから良く解る。

 30レベル以上というのは本当に一握りの強者なのだ。この街にも冒険者ギルドの出張所はあるが、レベル30どころかレベル25を超えたものすら所属していない。

 強者と呼ばれる彼らが所属するのは大抵が大きな都市か、余程の高レベルモンスターが頻出する辺境の地なのだ。


 デュラン自身もレベル30を超えた強者というものを初めて見た。

 ならば大丈夫だろう、そうデュランは判断した。

 デュランが古王国時代の神殿と推測する遺跡で出現するアンデッドモンスターはレベル20前後だ。デュランには危険でも目の前の二人には脅威ですらない。


 クロウが得意気に口を開く。


「もしモンスターが出たとしても、返り討ちですよ。モチロン、あなたの安全も守りますとも。ですから無駄な人員は必要ありませんでしょう」


「そうですね。分かりました」


 こうしてデュランはアレス王子の側近と名乗る二人組を伴い、一度踏破した遺跡へと再度足を踏み入れた。




「おお! 凄い量の人骨だな!」


 クロウは、遺跡の壁際に山と積まれた人骨を見て、感に堪えたように言う。

 確かにクロウの言う通りだ。この遺跡内には人間種らしき遺体の骨ばかりがまず目につく。


「そこら中にあります。これがあるので単なる大昔の墓跡であると考えられていたのですが、鑑定してみると建物との年代が違うのですよ」


 この遺骨たちの経過年数は高々500年前後。周りの遺跡とは数千年以上の差があるのだ。

 この遺跡のある場所は、現在でも街外れの墓地に近い。モーデル王国の版図となる前から同じような目的で遺跡の周囲は使われていて、丁度良い収納場所があったので活用したところではないだろうかと、デュラン、そしてメグライアは考えているのであった。


 デュランは右手に鉄で出来た棍棒に左手にカンテラを持ち、その左手を高く掲げてクロウ達に少しでも見えやすくしてやった。右手の金棒は当然、モンスターが出た時の護身用である。

 鈍器はスケルトン系モンスターに有効なのだ。斬り裂くよりバラバラに粉砕した方が後の始末に困らない。斬っただけではまだ動く場合がある。それもあるのだが、デュランは何より刃物系統が苦手であった。刃を立てて振るということが幾ら練習しても完璧にこなせない。


「なるほどなるほど、こんなのがそこら中にね……」


 カンテラの光に照らされる光景を視て、クロウは何故か非常に満足そうに頷いた。先程の話ぶりでは歴史の深みに一片の興味も無さそうな印象を抱いたのだが、間違いだったのだろうか。


「もう少し奥がこの遺跡の中心部になりますが、そこも酷い有様で……。しかし、遺骨を何とかどかしてみると巨大な柱があるのですが、そこに古王国時代の意匠が見られるのです」


「ほう! 行ってみましょう!」




 奥地に到達するとクロウは一層テンションを上げた。

 まるで小山の如く積み上がった遺骨を見て言う。


「おうおう、これは本当にひどい有様ですねえ!」


 デュランは左手のカンテラを一層高く掲げてやった。周り中遺骨だらけな光景が顕わとなっていく。どかして整理するのは非常に手間だったことが、嫌でも思い出された。

 一年前の調査で同行してくれた冒険者達は手伝ってもくれなかった。こちらの作業中にも周囲は警戒していなければいけないのだから、当然と言えば当然なのだが、何より人骨に触れることを嫌がったのだ。


「あれがこの建物の中心部に立つ柱です。何かの儀式を表すような絵や文字が書かれてあります。我々の調査では古王国時代の神殿であったのではないかと考えて……」


 右手の金棒の先で指し示しながら解説したのだが、二人共見ちゃいない。クロウもグレイヴンも周囲の遺骨ばかりに眼が行っている。


「これだけあれば問題無いか」


「は?」


 いつの間にか至近距離から聞こえた声に振り向いた瞬間だった。


 ズンッ!


 腹に衝撃が走った。見下げてみると腹から何かが生えていた。

 それが自分の腹に刺されたナイフであると気付くのに数瞬掛かった。

 硬質で冷たい感覚、同時に激痛を受けて、デュランは思わず膝をついた。


(……え? なんで……?)


 混乱する思考が纏まらない。思い起こすのは携帯バッグの中にまだポーションはあったかどうかだ。あれば助かる可能性がある。しかし、何故刺されたのか。刺したのはクロウだったのか?


「案内ご苦労だったな。わざわざテメエの死に場所までよ」


 声に視線を上げるとクロウが何かを持っていた。占い師やまじない師が持っているような丸い水晶玉を、まるで闇にて真っ黒に染め上げたかのようなものであった。


「ホラ、命を吸え。『黒き宝珠』」


 クロウが何ごとか唱えると、デュランの腹部から流れ始めていた暖かい血液が、文字通りその黒い玉に吸い寄せられていくのが見えた。

 それと同時にみるみる全身から力が失われていくのを感じる。まるで生命力を、命を、そして魂を吸い取られていくかのようだった。


 徐々に暗闇に支配されゆく視界の中で、思い浮かぶのは最も愛する者の姿。


(ごめ……んよ……メグ……ライア……あ……いし……て……)


 声に出すことすら叶わず、デュランの身体は地に伏して、意識は闇に溶けていった。




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