57 第6話06:Chase & AVENGE!!




 ゲンバの元に戻って来たのは、別働隊の指揮を任せていた、彼にとっても非常に頼りになる、彼の次に強い部下であった。

 それが片腕を失った、這う這うの体で現れたのを見て、ゲンバも驚きを禁じ得なかった。


「お頭、申し訳ありません……」


 この一言でゲンバは全てを悟った。が、それでも確かめずにはいられなかった。


「首尾はどうだ?」


 目の前の部下は無念そうに首を横に振る。


「何も……。領主の城に近付くことさえ叶いませんでした……」


「……そうか。先程の爆発か? 何人やられた?」


「10人です……。やったのは古都3強ヴィラデルディーチェ。突然の大魔法に成す術もなく……」


 ゲンバはその報告に思わず絶句してしまった。彼が別働隊として領主の城に送り込んだのは15名。全員が全員、一族の精鋭であり、ゲンバ自身を除きレベルの高い者を上から順に選んだ猛者達であった。それがたった3発の魔法で10人の死者を出し、5人に重傷を負わせ、手も足も出なかったと言うのだから、かける言葉をすぐには見つけられなかったとしても仕方のない事態だった。

 一方でこの沈黙を、何の成果も上げられずに被害だけを被って逃げ帰ってきた己に対する失望の表れであると、部下が勘違いするのも無理からぬところであった。


「斯くなる上は……! お頭、あの魔法・・・・を使わせてください! ここにいる奴らだけでも、命に代えましてもっ!」


 部下が悲壮な決意を宿した眼で冒険者達を見据える。突然の轟音3連発に戦闘を中断せざる得なかった両陣営に再び緊張が奔った。

 ゲンバはここで自分の対応が部下を過激な発想に駆り立てたことに漸く気が付き、慌てて止めた。


「待て! そんなことをしても意味はない。彼らを殺したとて我らの益には成らん。……そもそも我ら全員でかかっても不可能かもしれん。あの白い魔獣はレベル38だ」


「なんですと!?」


 部下の眼が忽ち驚愕と恐怖の色に染められる。部下のレベルは28。つい先程もレベル33との情報があるヴィラデルディーチェに成す術無く一蹴させられてしまったのだ。38という高レベルは逃れることさえ不可能ではないか、と思い至ったとしてもおかしくはない。


「だから下手に刺激するな。恐らくは従魔だ。従魔は主の命が無ければ動かぬ。……生き残った者はこれで全員だな? 撤退するぞ」


「はっ!! ……お頭、あの従魔の主人はギルド長なのですか?」


 部下のこの発言は、半分は消去法に、残り半分は希望的観測によるものだった。

 対峙する冒険者達の中で最もレベルが高いのはギルド長である、という情報がある。

 普通、魔獣を従魔にするテイムには、一度その魔獣を屈服させねばならない。必然的に、従魔の主はその従魔よりレベルが高い、もしくは最低でも同レベル程度の筈なのだ。その論理でいけば白き魔獣レベル38に対し、ジョゼフ30と、差があり過ぎて成り立たないが、目の前の連中の内では最も高レベルであるため消去法としてギリギリ論理が成立していた。

 更に、現在倒れて意識を失っているギルド長が主であれば、撤退中の自分達の追撃を魔獣が命令されることもないかもしれないのだ。


 ゲンバもそう思いたい気持ちが判るだけに肯定したいところだが、気休めを言っても始まるものではない。


「いや、恐らくは別の者だ。当初は白い魔獣のすぐ横にいる金髪の小僧かとも思ったが、あれのレベルは18だ。有り得ん。…それより行くぞ、準備は良いな?」


 部下が無言で頷くと、頭は指笛を拭いた。



 冒険者達を含めたソーディアン側陣営と最早争うつもりもないとの意思表示のつもりなのか、襲撃者達は遠巻きに集まると一丸となって街の外へと駆け出した。

 冒険者を中心としたソーディアン側も、こちらからあえて仕掛けようとはしなかった。レベル的な不利をほぼ全員が全員痛感していたということもあるが、何よりも彼らの心の支えであり、旗頭でもあるジョゼフが倒れたことが大きかった。

 結果、何者にも邪魔されることなく、この日街を襲撃した集団は崩れた城壁跡を跳び越え、その奥に広がる東の森へと姿を消した。


 襲撃者を何とか追い返した形のソーディアン防衛陣営であったが、追撃は今のところ断念せざるを得なかった。

 最初は当然の如く衛兵を中心とするグループが今すぐ追撃すべしと主張するも、冒険者側の、戦力が集まってからでなくては返り討ちになる可能性が高い、との冷静な説得に応じた結果だった。

 先程の戦いで冒険者チームの助けが無ければ衛兵隊は全滅していたし、衛兵隊だけでは追撃戦にもならないことは彼ら自身もよく理解していた。

 更に仲間を失ったのは衛兵隊のみではなく冒険者も同様である。

 仲間の仇を討ちたいという想いは同じ。だからこそ、冒険者側の冷静な分析に耳を貸すことが出来たのだ。



 ハークはソーディアン防衛陣営の話し合いには参加していない。

 その間、ずっと一人の男に話しかけ続けられていたのだ。

 いや、礼をずっと言い続けられていた、と言った方が正しい。


「お、オヤっさああ~~~~~ん!!」


 その男はそう叫びながら、筋骨隆々の肉体を揺らしては全速力でこちらに走り寄ってきた。今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃに歪めながら。

 気の弱い人間には一種のホラー画像であろう。ハークが一瞬引いたのも無理からぬことであった。

 男はギルド長ジョゼフを除いた防衛側陣営の中で、明らかに最も強者である。本来なら追撃か否かの話し合いで率先して意見を出すか纏めるかせねばならぬ立場であろう。それを全て同業者に丸投げして来たらしい。

 彼はしきりにハークに向かってジョゼフの容態を訪ねていたが、ハークの説明で大丈夫だと判ったのか、今度は「ギルド長の命を救ってくれて、どうもありがとう!」、という趣旨の言葉を延々と繰り返し始めた。

 彼はハークの事も知っていた。


「君、ハーキュリース君だろ? 知ってるよ、最近街で有名さ。白い魔獣を連れたエルフの少年。……回復魔法の使い手だってことは知らなかったけどね」


 どうやらハークは、以前自分自身でも勘づき始めていたように、結構目立っているらしい。


 何時の間にか、陣営内の話し合いも一段落ついたのか、他の冒険者達もその殆どがハークの元に集まって来ていた。

 背丈の関係でどうしても見上げることになるハークに、彼らは口々に礼を言い、順々に頭を下げていった。

 気分は悪くなかったが、正直大いに照れ臭かったこともあり、


「儂は『回復ヒール』を掛けただけだ。虎丸がまずギルド長を助け出してくれたからこそだよ。礼を言うならばそちらに」


 などと虎丸を指して口走ってしまった。

 何人かがその言葉に顔を顰めたのを見て、和やかな雰囲気をぶち壊してしまったかもとも思ったが、彼らが全員一斉に頭を下げながら、


「「「「「ありがとう!!!」」」」」


 と大合声したのを見て、如何にギルド長が慕われていたのかを痛感すると同時に、暖かい気持ちが心を満たした。


〈この街も悪くない〉


 そう思う程に。



 一方でハークは、実のところ虎丸と共に自分達だけで襲撃者を追撃するつもりであった。もう彼らがこの場を去ってから随分と時間が経過している。だが、人間が前に進むには走破し難い森の中である上に、虎丸の疾風の如き速度であれば今からでも充分に追い付けるとの確信があった。


 そこへ援軍が到着した。

 ハークの、ではない。冒険者の援軍だ。

 だが、ハークにとってはこのタイミングでの援軍到着が自分にとっても大いに助けになるという意味で、心情的に援軍だった。


 などと思ったのも、援軍を率いて先頭を走る者の姿を眼に入れる時までであった。ハークは気づかなかったが、ハークの他にも驚愕に眼を見開いているものは多かった。

 援軍の冒険者達を率いるような形で集団の先頭を走っていたのは、ギルド本部付属医療部門長兼医務室長、マーガレット=フォンダであった。


「マーガレット殿!?」


 マーガレット=フォンダはふくよかな、いや、確実に肥満体である。明らかに、誰が見ても走るには向いていない体型の持ち主でありながら、冒険者という戦闘集団のトップを走っているのは異様な光景と言えた。

 これもレベルとステイタスの効果なのであろうな、とハークは逃避気味に考えた。実際にマーガレットのレベルはかなりの高レベルである。


「ハークちゃん、虎丸ちゃん、皆とギルド長を助けてくれて、ありがとうね!」


 孫がいると言われてもおかしくない程の外見年齢でありながら、全く息を乱していないマーガレット女史は、洞察力も高いようだ。

 倒れているギルド長を見て状況を粗方把握したようである。彼女は虎丸が高レベルなのを知っているから、というのもあるのだろう。


「礼には及ばぬよ、マーガレット殿。ジョゼフ殿は背中を斬られた。傷は内臓までは達していないようだ。血を止めるまでは回復させたが、移動させようとすれば即座に傷が開くだろう。治療するならばこの場で行うのをお奨めする」


「わかったわ。あとは私に任せて頂戴ね! さあ、みなさん!」


 ハークの簡単な負傷者状況説明を聞き、頷きながら応答したマーガレット女史はそこで言葉を切って、ぱんぱん、と手を叩いた。


「医療部隊は散らばってケガ人の治療・確認を行ってください! 水魔法を使用出来る魔法系統職のみなさんは家の消火を! 残りの戦闘部門のみなさんは手分けして敵が未だに潜んでいないかの安全確認を行ってください! では、散開!」


 そして矢継ぎ早に的確な指示を飛ばす。その言葉に、中にはゼエゼエと肩で息をしていた者もいたが、マーガレットが率いてきた援軍隊として皆それぞれの役目を果たすべく散って行った。

 その姿を眼にしてハークは、マーガレットがあの優しげな外見にも拘らず、ギルドの副首領的な立場にいるのだろうか、と思った。それならば、最早自分がこれ以上この場に留まる理由もない。ハークはこの場から辞することに決めた。


「マーガレット殿、この場はお任せしても良いだろうか? 向かいたい場所があるのだ」


「向かいたい場所? まさか敵を追撃するつもりかしら?」


「いや、実はつい先程まで街の外に出ていてな。戻ったら町の方から火の手が見えたので虎丸と共に仲間達から先行して急いで走って来たのだが、まだ他の仲間はこちらに向かっている途中なのだ。……それで今気付いたのだが、もしかしたら撤退した敵と彼らが鉢合わせしてしまうかも知れん」


 女性の勘なのか年の功なのか、正解を見事言い当てられたマーガレットに恐れ入りながらも、ハークはそれをおくびにも出さずに自らの懸念を語る。

 当然、これは単なる方便だ。

 ハークの仲間であるシアとシン、そしてテルセウスとアルテオの主従を含めた4人組は現在ソーディアンの城壁沿いに、壁と森の間を南下して進んでいる。対して襲撃者達は真っ直ぐ東に向かい森に入った。どう考えても鉢合わせする可能性などない。念の為に虎丸の嗅覚でも確認済みだ。要するに、嘘も方便というヤツである。


「それは大変じゃない!? ハークちゃん、虎丸ちゃん、急いで行って御上げなさい。虎丸ちゃんがいるから心配ないとは思うけど、気を付けてね!」


 騙すのは気が引けたが、ハーク自身の目的の為とこの街の安全の為でもある。


「ありがとう。行ってくる」


 ハークはそう挨拶だけして、虎丸に跨った。


『では行くぞ、虎丸!』


『了解ッス!』


 そして再び、一人と一匹は風になる。

 残された者達は、一瞬で眼前から魔獣に跨ったエルフの少年が消えたかの如き速度に驚愕するばかりで、マーガレットもその一員に含まれていた。


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