37 第4話05:依頼③


 ギルド1階には様々な施設が併設されており、修練場もその一つであるが、受付所脇に存在する酒場もまたその一つである。


 酒場などと銘打たれている割に、本格的な食事メニューも大変充実しており、冒険者達はそこで待ち合わせを行ったり、各種打ち合わせなどに利用することも多い。

 ハーク達も同様で、奥の8人席を借りて今回の依頼のクライアントと談話することにした。場所代の代わりに人数分の飲み物と『三度一致』なるものを軽食として注文して摘まんでいる。


 この『三度一致』、以前も食したパンなるもので様々な具材を挟んだ料理のようだ。

 パンは表面は堅いくせに中身はスカスカで、以前に食した時は辟易したものだが、こうして食えば中々に美味い。特に茹でた卵をまろやかなタレと合わせたものを挟んだものが気に入った。パンはこの国で主食に当たる食材とのことなので、この『三度一致』とやらは、ハークの前世で生きていた日ノ本の国での握り飯に相当するものなのだろう。

 名前の由来は三個に一個は具材が似たようなモノとなるからであろうか。中々に奇をてらった銘を付けるものだ。


 などと余計なことを考えながらも食事を摂りつつ、今回の依頼主との談話にも耳を傾ける。


「本当にエルフ様には感謝するよ。2日前もそうだけど、今回も依頼を受けてくれてさ。正直言って、そろそろスラムの皆も限界が近くなってきている。早くちゃんとした生活を送れるようにさせてやりてえんだ」


 シン少年が大人びた口調でそう話す。歳は16才だという話だが、この世界の民ゆえか、ハークから見ると二十近くにも見える。


「へえ、二人とも知り合いなんだね」


 シアにそう問いかけられ、ハークは食事の手を止め、口の中のものを茶で喉奥へと流し込んだ。朝の修練で意外なほど腹が空いていたのもあり、食がついつい進む。


「先のドラゴン城壁内侵入の際に儂や虎丸も現場に居たからな」


「さっきギルド長も言ってたね」


「居た、どころじゃあないじゃないか。あんたのお蔭で助かった命もあるんだ。本当にありがとうと皆感謝しているよ」


 そう言ってシンはハークに向かって頭を下げる。話し方もそうだが、仕草一つ一つに教養のようなものを感じ取れる。只の難民などではないのかもしれないとハークは思った。


「よしてくれ。儂だけで救えたわけじゃあない。それより、あの少女は元気か?」


「ああ、お蔭さんでな! 名前はユナというんだ。あんたに直接礼を言いたがっているよ」


「なぁんだ、結局、ハークは大活躍だったんじゃないか」


「そうでもない。確かに避難の一助はしたが、儂は最後まで立っていられなかったらしい。ギルド長ジョゼフ殿の話では、結局、ドラゴンを退散せしめたのは古都3強の内が一人、ヴィラデルディーチェであるとのことだ」


 そういう事・・・・・になっていた。ハークはこの件で、感謝されるつもりも、名を上げるつもりも、毛頭無かった。実力を上げる前に有名になってしまっては逆に困る機会の方が多いというものだ。名声は諸刃の剣である。何事にも良い面と悪い面があるものだが、今の状態では悪い面に分が勝ち過ぎてしまう。出る杭は打たれるというものだ。


 それにハークは今世では特に有名になろうとも思っていなかった。

 前世では日ノ本一の剣士と褒めそやされ、刀に生きるものとして最高の栄誉と名声を得た筈だった。が、その負の部分も存分に味わった。今世でもその愚を犯そうとは思えなかった。


 ハークは言葉を続ける。


「そう言えば、そのユナという少女が救おうとしていたご老人はどうなった?」


 その言葉を聞いて、シン少年の表情が僅かに曇ったのをハークは見逃さなかった。それで大体、己の質問の答えが判った気がしたが、シン少年が語った内容は予想とは少し違っていた。


「助かったよ。あの時は、ね。でも、昨日の朝に息を引き取ったよ。元々長くはなかったんだ……」


「……そうか。悪いことを聞いたな。ユナ殿は悲しんだであろう」


「ああ……。家族を亡くしたユナにとって一番懐いていた相手だったからな。仕方がないさ……。元気な頃は皆を纏めていた長老みたいな人だったんだけど、長い難民生活で体調を崩してそのままさ……。でも、ちゃんと死に目に立ち会えたんだ。全員とじゃないけど、幾人かともお別れ出来た。あの場でドラゴンに踏まれてぺちゃんこになって死ぬよりも、遥かにマシだった筈さ!」


「……そうか。そうだな……」


 わざと明るく言ってくれたであろうシンに、ハークはそう言葉を絞り出すのが精一杯だった。




 それからしばらくの間、場を沈黙が支配した。

 その中で、虎丸が『三度一致』を咀嚼する音だけが、もっちゃもっちゃと周囲に響いていた。

 話が止まった3人を不思議そうに見やる虎丸。

 虎丸は頭も良く、今や言葉すらも自由に操ることも出来るが、あくまでも人とは別種の獣である。

 こういった人の心の機微には疎く、その死生観も人のそれとは大きく異なっていた。

 そのことをこれまでの短くとも濃密な付き合いで僅かながらに理解していたハークが苦笑しつつ虎丸の頭をぽんぽんと撫ぜると、また己の食事を再開するのだった。


 沈黙を破ったのはシン少年だった。


「それで、さ。俺も分かったんだ。今までは倒れた長老の代わりに、皆を支えよう、纏めようとしていたんだけど、俺が本来やるべきはそういう事じゃあなかったんだ。そういう役目は年長者の年寄連中がやれば良い。俺がやるべきは、イザという時に皆を守ることだって」


「それで、その冒険者の恰好ってワケかい?」


「そう言えば、やけに小奇麗になっておるな」


 ハーク達の言う通りである。シンは以前のような路上生活者にはとても見えない。身体の汚れをキッチリと落としきり、真新しい服と装備に身を包んでいた。


「スラムの全員で行った金集めが成功してね。一端の装備を揃えることが出来たんだよ。コイツで稼いで、そして強くなって、皆を守れるようになるつもりだ」


 強い決意を滲ませるシン少年であったが、シアが嗜めるように聞く。


「シン君といったね。あんた、モンスターと戦ったことあるのかい?」


「いや、無い。だけど従軍経験ならある! 殺したことも、な。俺はレベル18なんだ」


 ハークは少し驚いた。何と自分よりもレベルが高いらしい。全くもってこの世界の強さというものは外見に表れ難い。


「へぇ……、そいつは大したモンだね。だけど、モンスターの知識も碌に無い状態じゃあスグに死に目に会いかねないよ。ギルドの寄宿学校には通わないのかい?」


 ギルドの寄宿学校は、魔術、剣技の修行に始まり、各種モンスターの知識や対処法をみっちりと学ぶ。才能と時間があればその先までも。ジョゼフはハークを勧誘する際、寄宿学校の特色をそのように語っていた。


「通えるものなら通いたいが、金も時間的余裕もなくてね……」


「なら、せめて一緒に戦える仲間はいないのかい? スラムの人たちでさ」


「従軍経験がある者もいるが、皆、レベル一桁台だ。街の外に連れて行くのすら危険だよ」


 シンの言葉を聞いて、シアが考え込むように言う。


「ソロ狩りか…。あたしも長いこと一人だったけど、知識も無くモンスターと一人で戦うのは危険だよ」


 それはそうであろう、とハークは思った。手を怪我すれば剣が握れなくなり、足を怪我すれば踏み込みが甘くなり剣が鈍る上に逃走も難しくなる。一人では些細な傷も許されない。命に係わりかねないのだ。

 前世での若き頃、その闘争の日々を思い出す。

 あの頃は無茶の連続だった。それを強運と悪運に助けられたのも一度や二度ではなかった。


 ちらりとシアの方を見てみると、シアもハークに視線を送っていた。

 お互いの目が合う。目は口ほどの物を言う、と言うが、この時ほど雄弁に語っていたまなこはないな、とハークは思った。


「よし。ならば我らと共に行かないか?」


 その問いに、シンは驚きながらも二つ返事で承諾した。




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