聖女、現る
町に入った二人は、まず軍施設でクエスト登録を済ませた。 その通路を歩いていると、一室から苦しそうに呻く声が聴こえてくる。
「ボロボロだな……」
中を覗いたノエルが、傷ついた兵士達の痛ましい光景に目を細め呟く。
「医者じゃ追いつかないでしょ。 重傷者だけ白魔導士が治療してるんだろうけど、恐らく大した術士はいないでしょうね」
「そうなのか?」
内情を良く知らない筈のミシャが何故そこまで分かるのか。 眉根を寄せるノエルに、周りを見渡してからミシャは答えた。
「ここの兵達を見てもわかるけど、強いのは最前線に送って、自衛には最小限の戦力しか使わない……って感じ」
「いやでもよ、町が滅んだら国も困るんじゃねぇのか?」
最前線に強者が送られるのは分かるが、町一つ失うのも国にとって損害ではないのか。 疑問に憤りを乗せるノエルに、
「ここは他国と隣接していない町、モンスターに滅ぼされようが領土を失う訳じゃない。 つまり―――再建出来るの」
ミシャは冷えた声で、残酷な現実を突き付ける。
あくまで想像の域を出ないが、そう思わせる現状が目の前にはあるのだ。
「ッ……なやり方あるかよ……!」
ノエルは犬歯を剥き出し、やり場の無い怒りに打ち震えている。
「普通は無しよ。 国民から信を失うし、再建費用もかかる、その上町からの収益も無くなるんだから」
「じゃあ何で――」
「それに気づかない程この国の王は無能で、それでも国民が逆らえない程の恐怖を植え付けているってこと」
「……くそっ! 見ろよ、アイツなんてひでぇ怪我じゃ……」
その時ノエルの頭をふと過ぎったのは、さっきミシャの言った台詞だった。 『大した術士はいない』、ならば―――『大した術士』なら救えるのか、と。
「……怪我人、お前なら救えるのか……?」
派遣登録は一応白魔導士の破壊神に問うと、
「それ―――依頼にある?」
痛い程冷たい返事が返ってきた。
そう、ミシャは元々残業嫌いの冷血女。
何かと痛い女なのだ。
世界を変える、平等になどと言っても所詮は自分の為。 無償の善行、損得なし、そんなものは可愛いヒロインがする事だ。(随時募集中)
諦めろノエル。 その女に血は通っていない。 見た事ないだろ? 出てるとこ。 多分無いぜ?
「さっ、行くわよ。 そのプラチナクラスの冒険者達と合流して――」
歩き出す
「え……」
振り向いたその両肩に手を置いたノエルは、
「んなこと言ってよ、お前が放っておくわけねぇだろ?」
永久凍土の心を溶かす柔らかな瞳は、完全に見捨てる気だった氷の表面を赤く染める。
「だってお前は、英雄の……
優しい声で、愛でるようにミシャの髪を撫で見つめるノエル。
だがその時、何故か彼の尻尾の毛が大量に抜け落ちた。
彼は、一体何を……?
やめろノエル。
一時の感情で人生を棒に……
――――妻なんだから」
『
………今ここに、一人の英雄が誕生した。
「――な、ななッ……!?」
その男は我が身を顧みず、
「こ、こんなところで……」
傷ついた人々を救おうと、黒い炎が渦巻く
「ば、バカ……」
――――バカだ。
病室では、青白く、頬のやつれた白魔導士が力無く項垂れていた。
「あぁ、ごめんなさい……もう魔力が……私の力では、もう……」
苦しむ仲間を救えない己の無力さ、ただ小さくなっていく命の灯火に寄り添う事しか出来ない。
「……あなた、は……」
無言で部屋に入って来たのは、目にハートを宿した白いローブの女。 今の彼女には、この惨状でさえお花畑に見えている事だろう。
だが、神に祈る他無いその場に居た白魔導士、医者、怪我人達には、あの悪魔が天の使いに見えたと後に語る。
「
色呆け女はニヤけた顔で両手を広げ、呪文を唱えた。
「……お、おぉ……!」
すると、美しく光る癒しの粒子達が部屋中に散りばめられ、みるみるうちに怪我人の傷口を塞いでいく。
「――これは……広範囲、治癒魔法……? それも、す、すごい回復力……!」
痛みに歯を食いしばっていた兵士達は表情を緩め、苦しみ呻いていた者は健やかに寝息を立てる。
「……奇跡?」
「せ―――聖女様……」
まさに、未曾有の誤解が生まれる。
魔女、悪魔、破壊神……数々の悪名を欲しいままにしてきたあの女が……聖女?
――――否。
これは、奇跡でもなければ聖女の救いでもない。
部屋の入り口で微笑む、ストレスから尻尾の禿げた優しい狼が成した―――自己犠牲だ。
( 俺は……どうせ長くない。 それに
喜び抱き合う兵士達、笑いながら久しぶりの眠りに落ちる医者。
ノエルは口元を緩め、少し気恥しそうに視線を逸らした。
「行こう、ノエル」
歓喜に湧く声が収まる前に戻って来たミシャは、まるで可愛いヒロインのように上目遣いで名前を呼んでくる。
―――また、床に銀色が落ちた。
「ああ、行こう」
いつもより少し近くを歩く白いローブは、簡単に人を生かしも殺しもする存在。 ノエルはそれを、今また強く再認識するのだった。
( 油断するな……今日が白だったからって、明日も白とは限らねぇ。 それが―――
確かにそう、今日は救えても、明日は逆に誰かを巻き込んでしまうかも知れない。
ノエル、それでも今日のお前は……
――――ダイヤモンドクラス、だったぜ。
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