冒険者達、ラッセルベリーを去る

 


 ―――クエストを終えた夜。


 村長の家に戻った一行は、気を失ったままのアンジェを何とかパジャマに着替えさせたが、ノエルにしがみつき離れようとしない。 同様に起きる様子の無いリンダ、こちらも今日は仕方ないとここで寝かせる事にした。


 こうした事態により “婚約して初めての夜” 、などと危険な禁忌魔法を唱えたノエルは無事これを回避。 ノエルはアンジェと、ミシャはリンダとベッドを共にし―――



「……嘘でしょ?」



 ―――ラケシスじじいはリビングに放り出された。





 そして翌朝―――



 リビングにはアンジェやリンダも無事全員が集まり、昨日あった事の顛末を話し合う事となった。



「さて、老人を床に寝かせて皆いい夢は見れたかの?」


 嫌味たっぷりの挨拶をするラケシス。


「まずはリンダの方から説明するわね」

「うん、わしって今見えてる?」


 アンジェの話は色々と長くなりそうなので、まずはリンダからと切り出したミシャ。


 アンジェピクシーを誘い出す為芝居を打ったミシャのひと突きに気を失い、その後ストレイシープに身体を奪われ、ミシャと壮絶な死闘を演じた事を聞かされると、


「わ、わたしがそんなご迷惑を……ごめんなさい……」


「いいのよ、私の女神のような神秘性が降臨させてしまったのが悪いんだから」



 ―――気絶させたのもお前だしな。



「「………」」



 魔女の図々しい “女神” 発言に、普段なら反応する筈のノエル&ラケシスだが、早朝からダメージを受けたくないのか沈黙を守っている。


 そしていよいよ、今回の『ピクシー討伐』依頼の結果報告を始めるミシャ。



 ◇


 ◆


 ◇



「……なるほど。 そうでしたか……」


 一緒に暮らし、可愛がっていたアンジェがピクシーであり、村に被害を与えた張本人だと知ったラケシスは悲痛な面持ちで呟く。


「じーちゃん、ごめんなさい……」


 ノエルの膝に座り、珍しくしょんぼりと俯くアンジェ。


「つーかよ、なんで人間の前に出てきたんだ?」


 そう訊いたノエルに、寂しそうな声でアンジェは口を動かす。


「だって、なかまのみんなはアンジェのことこわいってあそんでくんなくて……」


「まあ、サイズが大分違うしなぁ……」


「それで、にんげんとあそぼうとおもったら……んだもん……」


 やってみたら出来た、実はかなり特殊な事なのだろうが、ピクシーとして別格の力を持つアンジェならでは、と考えるしかない。



「てことみたいだけど、処罰をどうするかは一応依頼主だし、一応この村の村長に決めてもらうしかないわね」


「そうだな、一応こんなんでも村の代表みたいだしな」


「長老なめとんか?」


 冒険者達に結論を求められた『一応』の村長は、浸透しない『長老』を自称し青筋を立てる。


「そうですね、人望がないとはいえ、村長ですから……」


「リンダ!? それマジでゆってるっ!?」


 ひ孫にまで追い討ちを受け、村民の評価に青ざめるラケシス。


「ま、まぁいいわい、村の連中には陰湿な嫌がらせをするとして……」



 ―――それが人望を失うと、生きてるうちには気付かなそうなじじいだ。



「アンジェ、こっちに来なさい」



 反省より復讐を選ぶ村長がアンジェを呼び、トテトテと切り株の椅子に座るラケシスの元に歩いていく。


 いつも天真爛漫な愛らしい瞳を陰らせるアンジェ。 その頭に皺々の手を置き、村の代表は語り出す。


「アンジェ……寂しかったんじゃな、わしもお前が来る前は、一人暮らしで寂しかったわい」


「じーちゃん……も?」


「ああ。 じゃが、村のクソ村民に迷惑をかけたのはいけない事じゃぞ?」


 どうしても綺麗に話を出来ない歪んだ村の長。


「このじじい、根に持ってやがるな」

「なんで選ばれたのかしら?」

「お金儲けだけは上手いから……」


 三人は残念な老人に目を細める。


「これからは反省して、いい子になるんじゃぞ?」


 エメラルドグリーンの柔らかな髪を優しく撫で、悪戯娘に言い聞かせると、



「うんっ! アンジェ、いいコになるっ!」



 顔を上げ、明るい笑顔を見せるアンジェ。

 それに応えるラケシスも顔を綻ばせる……が――



「しかしまぁ、何か罰は与えねばならん」


「ばつ?」


 首を傾げるアンジェと、それを見守る三人。

 これで終わりかとおもわれたが、村長からの処罰があるらしい。


 それは―――



「そうじゃな、やはり子供の悪戯には………お、お尻ぺんぺんと決まっとる。 これはあれじゃ、古くからのしきたりなんじゃっ!」


「そーなの?」


「ああそうじゃ! 何人たりともこの掟には逆らえんッ!」


 そう言ってアンジェの上半身を膝に寝かせるラケシス。



「――ぉおおっ……! 張りのあるち、乳が、わしの膝に乗って弾んでおるわいっ……さ、さぁゆくぞアンジェ、ぺんぺんじゃっ!」


「う、うんっ……!」



 胸を弾ませる卑猥な老爺ろうや

 まさに牢屋に入るべき邪な顔で穢れた手を振りかぶり――



「あ、そーれぺ―――」



 小さなお尻に邪悪な手が触れようとした時、鋭い切っ先がその掌の前に立ち塞がる。



「――お仕置きが必要なのはあんたの方みたいね、エロじじい」


 ミシャの突き立てた短剣に、慌てて止めた掌から滴る赤い汗。


「こ、これは……絶対の掟……じゃからして………わ、わしは村長として……」


「あっ」


 ラケシスの膝から毒牙に犯されそうだった少女を救い上げるノエル。



「じじい、お前に人を裁く資格はねぇ。 安らかに眠れ……いや、安らかに眠る資格もねぇ」

「なっ!? わ、わしはただ……」


「おじいちゃん……気持ち悪い……」

「それ、せ、生理的にのやつっ!?」



 遂にひ孫からも拒絶された独りぼっちのじいさん。 その悪意がわからないアンジェは、



「ばつ、おわりなの?」



 不思議そうな目を向けて、抱きかかえられたノエルに訊く。


「ああ、このじじいは独りがお似合いだ。 お前がここで暮らすのも良いとは思えねぇ」


「……そっか、ノエルがゆーならそうかもっ!」


「こらおぬしっ! わしのアンジェに変なことを吹き込むでないっ!!」


 怒る資格があるとは思えない保護者が吠えるが、そこに信用はゼロだ。


「変なことをしようとしてた奴がよく言えたわね、あんたの意見はとても尊重出来ないわ」


 冷めた目をしたミシャが短剣をラケシスの首元にセットすると、


「そ、村長だけに尊重出来ない! これは一本とられましたなっ! このラケシスまさに脱帽! 頭は脱毛状態ですじゃっ!」



「……もう行きましょうノエル。 私疲れたわ……」


「そうだな。 リンダ、村の連中に伝えてくれ。 新しい村長を探すことだ……とな」


 この男に任せていたら未来はない。

 そう言い残して冒険者達は部屋を出て行く。





「……もう、行ってしまうのですか……お食事されてからでも……」


 別れを惜しむリンダ。

 その声に足を止め、ノエルは振り向く。


「お前の飯はうまいからな、また食いに来るよ」


「ほ、本当ですか?」


「ああ、それに……本当は呼び出してもらいたいダチがいたんだけどよ、昨日も大変だったしな、またにする」


『ダチ』……とは、両手剣の鞘に刻まれた、今は亡きアンデッドのことか。 まあ、アンデッドを……と言うのも変だが。



「わたしに興味がある……って、そのことだったんですね……」


「ん? なんだ?」


「……なんでもないです」



 栗色の瞳を寂し気に伏せるリンダ。



「ノエルっ! つよいおねーちゃん! またねっ!」


「ほっほっほ、今度は遊びにおいで。 妖精の村ラッセルベリーは歓迎しますぞ」



 別れを済ませ、冒険者と派遣社員は村を後にした。



 ただ、数日後村長は知る事になるだろう。

 この村がもう……




 ――――妖精の村ではない事に………。






 ◇◆◇






 帰り道を行く二人。

 村を出て二時間程経っただろうか。



「しっかし、今回もボロボロだぜ」


「あんたは一つも戦ってないけどね」




 ――――じゃあ何故ボロボロなのかな?




「帰ったらちったぁ休むかぁ」


「何言ってんの? 次の更新でゴールドクラスになれって言ったでしょ? 死ぬほどクエスト取ってきなさいよ」




 ――――多分、死ぬな……。




 行くも地獄なら、待てど三年後にはジ・エンド。

 顔面蒼白の少年剣士は己の未来を呪った。



 だが、力無く歩くその背中には……




 ―――足の小指程も無い、新しい小さな仲間戦力が、エメラルドグリーンの髪を揺らしてお昼寝をしていた―――


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