先輩、後輩に舐められる


 


アンジェその子、見逃してあげるのはいいけど、この先成長したら厄介な存在になるかも知れないわよ」


「んなこと言ってもよ……救っといて捨てられるかよ」



 ………なんだろう、今更ではあるが、男女の台詞が逆のような気がするのだが。



「あ、リンダ、起きたのか」


 いつの間にか近くまで来ていたリンダに気付いたノエルは―――


「なっ!? なに裸の女抱えてんのよッ!!」

「ぐぁぶふッ……!」


 ―――迂闊にもアンジェの裸体を晒してしまい、お姉様のが後頭部を打ち抜く。


 今度はノエルが気絶寝てリンダが起きた形になったが、疑問なのは―――リンダが……だ。



「さっきはごめんね、リンダちゃ――」


 演技とはいえ、気絶する程怖がらせてしまった事を謝罪しようとしたミシャの言葉が途切れる。


 眉を寄せ、浴びせる視線は村娘に対するそれではなかった。



「……あんた、誰?」


「ふふ、さすがだね……君、とても良いよ……こんなに興味を惹かれたのがなんて皮肉だけど」


 リンダの声ではない。

 男の、それも自信に満ちた嫌味な声色だ。


暫定の城壁アドホック=モエニアをあんな風に弄るなんてさ」


「っ!? ――― “僕の作った” ? ……ってじゃあ、あんたは……」


「あれ? 知ってるのかな? まあ魔法使いなら知っててもらいたいよねぇ」


 白々しく話すリンダの顔をしたその男。

 その正体はミシャを持ってしても怯む程の相手らしいが……。



「そうだよ、僕が世界的一の魔導士―――ストレイシープだ」



 自らを『世界一』と名乗るその魔導士、ストレイシープとは一体何者なのか。



「……リンダちゃん、とんだ大物を降臨させてくれたわね……」



 小さく呟くと、軟派な優男のような口調で話し掛けてくる。



「素晴らしい才能を持っているね君は、名前はなんていうんだい?」



 険しい表情のミシャに、興味の眼差しを向けてくるストレイシープ。


「私はミシャ、人は “地に降り立った大天使” と呼ぶわ」


 僅か数分前に幼女と仲間を焼き殺そうとしていた “大天使” 様が名乗ると、


「うんうん、金色の髪に美しい碧の瞳、まさしく天使だねっ」


 ………やはり昔の人は感覚が現在いまとずれているらしい。



「……なにあんた―――いい奴じゃない。 聞いたノエル!? わかる人にはわかるのよっ!」



 ―――今聞けません、大天使様のせいで。



「あんまり君がおもしろいことをするからさ、思わず出てきちゃったよ。 ねぇ……僕と遊んでくれない?」


 普段なら命知らずな事を、と思う所だが、嘘か真か相手は世界一の魔導士だった男だ。


 その挑発を受けた現代の魔女は―――



「二百年以上前の歴史的人物に見初められるとはね。 ほんと、自分の才能が怖いわ」


 その他色々と怖い女魔導士はローブを脱ぎ、仰向けに伸びているノエルのせいで肌を隠し切れていないアンジェを覆うように被せると、



「いいわ、やってあげる。 昔の魔法使いは凄かった……なんてね、古い人間はいつだって言うものなのよ。 でもいにしえの世界一を叩きのめせばぐうの音も出ないでしょ? ま、誰も信じないでしょうけどね」


 白のノースリーブに水色のショートパンツ姿になったお姉様が挑発し返すと、嬉しそうな顔をした古の大魔導士が、妖精の森に高笑いを響かせる。


「あはははっ!! いいねっ! この僕に勝てると思ってるなんて! 今君達が使ってる魔法のいくつかは僕が考えたんだよ!?」


「現世で私を知ってる人間が見たらこう言って笑うわよ、あいつ、本気で勝つ気でいるのかってね」


 過去の栄光に怯む相手ではない、目の前に居るのは世界を思いつきで変えようとしている魔女なのだ。


「……やれやれ、本物を知らない若者は憐れだね」


「そう? それとあなたの魔法、ちょっと “退屈” なのよね。 だから、本物がアレンジしてあげたの」



 ―――空気が張り詰める、強力な力を持った二人の魔力に、妖精の森は差し詰め『魔導士の森』と化した。



「………始めようか」


 人を嘲るような態度は生意気な後輩に消され、思い知らせてやろうと鋭い眼光に変わる。


「待ちくたびれたわ。 早くしてよ、残業は嫌いなの」



 歴史的な戦いなのかも知れない、残念ながらそれに立ち合う機会がある三人は意識がないが。



「フハハハッ! 懐かしのこの高揚感……っ! 準備運動は出来なそうだ、全開でいかせてもらうッ!」


 待ち切れないとばかりに右腕をミシャに向けるその掌から、世界一の魔導士が放つ一撃が火を噴く。



「光栄に思うんだねっ! これが元祖の威力だ! 炎の竜巻ウルカヌス=トゥルボーッ!!」


 凄まじい熱を持った竜巻が放たれ、全てを絡み取って焼き尽くす。


「メインディッシュから食べようなんて行儀が悪いのよっ! 炎の竜巻ッ!」


 対するミシャの手からも同様の魔法が放たれ、二つの竜巻が衝突し森を赤く照らす。


「ははっ! 僕と同じ土俵でやるつもり!? 魔法ってね、術者の力そのものが反映するんだよ!?」


 弾けて離散する熱風が妖精の森を薙ぎ払っていく。 当然ノエルとアンジェも、と思われたが、信じ難い魔女の気遣いにより、防御魔法によって守られているようだ。


「感謝しなさいよあんた達! 慈悲深き大天使様にねっ!」



 まあ、やったのもあなたですがね。



 やがて竜巻が相殺されようとすると、驚嘆と激しい怒りの声が熱風に混じって聴こえてくる。



「ば、バカなっ! 僕と同等の威力なのかっ!?」



「ぼけっとしてると痺れちゃうわよッ! 雷の追跡者トリトニス=コカトリス!」



 両腕を前に突き出し、その両の掌からバチバチと音を立てる雷が蛇のように飛び出し、ストレイシープの左右から挟むように襲い掛かる。


「くっ! マーキュリーの盾メルクリウス=クリペウス!」


 それを防ぐ聖なる盾が二つ現れ、雷蛇の頭をすり潰す。


 第二章も後半、遂に実現した魔法対決。

 これではまるでファンタジーだ。



「さすが大昔の世界一ね、よく防いだもんだわ」


 昔の偉人だろうが世界一だろうが関係無く、常に上から目線のお姉様は平常運転。


「……お前、なんなんだ……こんな忙しない戦い方は初めてだぞ?」


 戦う前の余裕は早くも無くなり、異端児を睨みつける目でミシャに苦言を吐く。


「やれやれ、これだからオールドスタイルはだめね」

「な、なんだとっ!?」


「その気になれば今の雷撃を防いでる間に間合いを詰めて一気にブスッといけたけど……リンダが死んじゃうから」


 本当なら既に終わっていた、世界一の天才魔導士は人質のお陰で生かされていると現代の魔女剣士が言い放つ。


「何をバカなっ……お前は魔導士だろう、そんな事が出来るものかっ!」


 その言葉を聞いたミシャは、すっかり戦意を失った表情で古の大魔導士を見つめ、大きな溜息を吐き、


「なんか、せっかく降りてきてもらって悪いけど、こっちが興味失せたわ」


「……どういう意味だ?」


「今時一流の魔導士は動けなきゃお荷物よ、後ろで魔法唱えてればいい時代は終わったの」


 これはあくまでミシャの持論であり、本人が規格外だからというのもあるだろう。


「何を言うか、その為にパーティに役割があるのだ。 其々の持ち場で一流を目指すのが当然だろう」


 ストレイシープが言うのも一理ある。 だが後輩は呆れた顔で反論を続けてくる。


「その一流にあんたじゃついていけないのよ、今はね」

「ふ、ふざけるなっ!」


 憤慨する過去の偉人に、現在の異端児からアドバイスが贈られる。


「試しにあの世あっちに戻ったら探してみるといいわ。 ―――アルノルトって化物剣士がいると思うから……」


 寂し気な瞳で零した剣士の名前。


 もしや……―――この期に及んで “シリアス” させるつもりなのか……!



「……ん……ぅう……」



 その時、気絶癖のついたコメディーノエルが目を醒ます。


「さあ、四流剣士が目を醒したわ。 見物人も出来たし、もう終わりにしましょう」



 ―――おめでとうノエル、『剣士』と認識されていたぞ。



「……いいだろう。 さっきは雷の魔法をもらったしな……僕の最も得意とする系統で葬ってやる。 真似出来るものならやってみるがいい」


「ストレイシープ先生の代名詞ね……確かにあ・れ・はなかなか使える魔導士がいないし、私も無理かな?」


 自分でも出来ない、その言葉に満足そうな顔した大先生は、



「今日は特別だ、その大魔法をお披露目しよう。 次に会うのはお互い雲の上になるけどね」


「良かったわねノエル。 アールに会えるってよ」


「目醒めに “死の宣告” っ!?」



 安心感抜群のノエルの突っ込みに戻ってきた『ノーシリアスファンタジー』。(やるっていつか)



 ―――いよいよ新旧大魔導士対決の決着が迫っている。



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