派遣白魔導士、ダイアモンド

 


「がッ、らあぁぁぁッ!」



 長く、重量感のある両手剣を真横に振り抜き、迫るボーンナイトを二、三体まとめて屠ほふるノエル。

 前衛の面目躍如、やっとそれらしい活躍の場が彼にも与えられたようだ。

 ミシャはというと、武器の性質上まとめてとはいかず、ノエルが倒し漏れた敵を仕留める、といった具合に止まっている。



「コイツら、強かねーけど多すぎるっ!」


「文句言わないっ! こっちはタダ働きなのよ!」



 それはそうなのだが、このクエストの発生した原因は……いや、最早何も言うまい。



「そりゃこっちもだッ!」



 不満を撒き散らしながらも休まず武器を振るうノエル。


 もうこのライブ戦いが始まって15分程が経った。 それでも、奥からやって来る入場者は未だ後を絶たない状況だ。


 いつ終わるとも知れないその群れに焦りを感じ始めたノエル。

 その焦燥感を追い打ちするように、今までとは全く異なる、強烈な存在感を放つモンスターの気配が近付いて来る。



「おいミシャ! な、なんかヤベーのが来るっ!」


「知ってるっ!」

「あそう!!」



 それは、戦いが始まる前からミシャが危惧していた存在。 この群れの “頭” だ。



(お願い、神様仏様美の神様。 頼むから男爵バロンぐらいにしてよねっ!)



 神々に願いをかけるミシャ。

 最後の神様に愛されているかはコメント出来ないが、その他の神も、願いを叶えてくれるかは日頃の行い次第、という噂だ。


 洞窟の奥からぞろぞろとやって来るボーンナイト、その流れが止まり、遂にその “頭 ” が姿を現わす。



「おい、冗談だろ……こんなヤツ――」

「伯爵アールかいッ!!」



 一体のボーンナイトを斬り捨てながら怒声を上げるミシャ。 怯えた声で話す途中を遮られたノエルは、「おぉうッ?!」と尻尾を立てて身を竦めている。



「やってくれたわね、神様方……」



 金色の長い髪を闘志で揺らし、期待外れの神々に向けてか、まさに神をも殺す目でアールを見据えるミシャ神殺し


 その視線を受けるアールは、まさに戦場に赴く貴族といった出で立ちだが、生前は美しかっただろう鎧はさびつき、家紋らしき装飾の施された剣は酷い刃こぼれを起こしている。


 大きさこそ2m半程度だが、禍々しく危険なオーラが身体全体を覆い、身体の強度、そしてその折れそうな剣も同様に、簡単に破壊するのは難しいだろう。



 先程まで何の統率もなく襲い掛かって来ていたボーンナイト達も、今はアールの指示を待つように動きを止めている。





「……もういい、諦めた………」





 小さな声で呟き、突然闘志を無くし、短剣を下ろすミシャ。 その言葉を聞いたノエルは、



「そ、そんなにヤベーのかよアイツ……いや、ヤベーよな、さすがに俺でもわかるわ、勝てる気がしねぇ………」



 あのミシャ白い悪魔さじを投げる程の化け物なのか。 だが、それも納得するしかない。 今構えを取っているノエルも実は足が竦み、立っているのがやっとなのだから。



「……俺が、時間を稼ぐ。 お前は逃げ――……ってぇ!」



 短剣の平で頭を小突かれたノエルの悲鳴が洞窟に響く。



「なにそれ? 仲間が出来たら一度言ってみたかったやつ?」


「そ、そんなんじゃねぇ!」



 顔を真っ赤にして小突かれた頭を押さえるノエル。



「他には?」


「そ、そりゃやっぱよ、 “俺に構わず先に行け” 、とかよ」


「うぇっ! 私ならそれでパーティ辞めるわ」



 ぼっちの亜人剣士が秘かに憧れていた台詞を打ち砕くミシャ現実


 この二人、どうしても張り詰めた緊張の戦闘シーンは作ってくれないらしい。



「じゃどーすんだよっ! こんな化けもんどーやって倒すってんだ?!」


「大体シルバークラスのアンタに稼げる時間て何秒よ? このボンクラ伯爵倒すならゴールドクラスの中位ぐらいじゃないと無理ねっ!」



 さあ、アーク事ボンクラ伯爵が言葉の意味を理解しているかは疑問だが、いつまでも敵は待ってくれない。

 アークがその腕を上げると、それを合図に待機していたボーンナイト達が一斉に襲い掛かって来た。



「来たぞおいっ! どーすんだよっ!」


「こーすんのよっ! 前進せよプラス=ウルトラ運命の好意フォルテス=フォルトゥナ=アドュバット! 祈れ、働け《オーラ=ラボーラ》っ!」


「お、おおおっ?!」



 連続して補助魔法をノエルに唱えるミシャ。

 回避、防御、そして今回は攻撃力上昇のおまけ付きだ。



(補助魔法ってやつか……今度は力も溢れてきやがる……白魔導士ってこんなん使えんのか? しゃーねぇ、やるだけやってやるかっ!)



 ノエルが疑問を持つのも当然、ミシャの扱う魔法は、白魔導士の範囲では無いのだから。



「私にかかればどんなポンコツ剣士だってそれなりになんのよ!」


「それ俺じゃねーよなっ!?」



 ―――このパーティに剣士は一人。



「これで少しはやれるでしょ、行けワンちゃんッ!」


「ワンちゃん言うなッ! おぉらああああ!!」



 先程とは比べ物ならない鋭さと破壊力で両手剣を振り回すノエル。 次々とボーンナイトをただの骨に変えていく。


 そのノエルを狙い、ボーンナイト達を飛び越え、凄まじい跳躍でアールが飛び掛かる。



「ノエル上ッ!」


「おおッ!?」



 ノエルの「おおッ!?」が「ワンッ!?」と聞こえた気がしたのはさて置き、ミシャ飼い主の掛け声に反応した剣士犬士は、頭上からアールの振り下ろす一撃をかろうじて両手剣で受けた、が、



「――ぬぁッ?! あぁぁぁ………」



 アールの闇を纏った剣の威力に振り切られ、無残にも吹き飛ぶノエル。 それでも途中、野生の身のこなしで転倒は免れたのは流石と言ったところか。



「うーん、所詮……か」


「あんまりだっ! お前さっきからサボってねーか!?」



 辛辣辛辣なミシャのコメントに声を荒げて猛抗議するノエル。 “ポンコツ” vs “ボンクラ” の戦いは、どうやら “ボンクラ” に分があるようだ。



「ちょっとは持たせなさいよね、なんの為に補助魔法かけてんのよっ! 雑魚はいいからアールに集中しなさい!」



 ミシャ先生の厳しい愛のむちが、不良生徒ノエル君に浴びせられる。



「んなこと言ってもこんなウジャウジャいちゃーよ!」


「だから、今からきれいにしてあげるって言ってんのよ……」


「はぁ?」



 含んだ声色で、意味深な言葉を零すミシャ。 無理解を示すノエルを置き去りに、得意の調子で語り始める。



「さぁ待たせたわね可哀想なアンデッド達、この救いの無い世界に舞い降りた大天使ミシャ様が……」



 ―――堕天使どこいった。



「唯一の希望として、迷う事なく全員まとめて逝かせてあげるわっ!」


「長ぇっ! なんかやるならとっととやれよッ!」



 ボーンナイトに囲まれながら、アールと必死のつば迫合いを展開しているノエルが叫ぶ。



「滅多に見れないからよーく目に焼き付けて逝きなさい! 一斉浄化っ! 世界が滅んだとしても正義を執行せよフィアット=ジャスティシア=ルアット=カエルーム!!」



 ミシャ大天使が両手を広げ、力強く呪文を唱えると、眩い聖なる光が大地から立ち昇る。


 命無く現世を彷徨う憐れな者達を誘いざなう聖なる光。


 その光を浴びた残り数十体のボーンナイト達が、まさに一斉の断末魔を上げ、包まれるように消え去って行く。



「こ、こんなの……普通じゃねーよな……」



 奇跡のような光景を目の当たりにして、茫然と呟くノエル。 そして、その威力はアールに対しても例外では無い。



「ウオォォォォ………」



 旗色の悪い鍔迫り合いをしていたノエルは、呻きを上げるアールの隙をつき蹴り上げ距離を取る。


 聖なる光が天に還った時、洞窟にはミシャとノエル、そしてアールを残すのみとなった。



「見たかワンワン! だーれがサボりかっ!」



 全開の得意顔で言い放つミシャ。 これだけの大魔法を放って尚疲れを見せないその姿は、やはり “魔女” のそれを感じさせる。



「……わ、ワンワン言うな……」



 突っ込みも弱々しく、自分の雇った派遣白魔導士の底の見えない実力に、恐れすら感じるノエル。



「おめぇ、なにもんだ? 現役全盛は、プラチナクラス……か?」



 そう感じるのも無理はない、それだけの事を目の前の魔導士はやってのけたのだから。

 ノエルの評価を受け止めて、現在絶好調の得意気大天使様は言い放つ、



「そうね、あえて言うなら――― “ダイアモンド” っ!! それが私には相応しい……」




 ―――その傲慢さを浄化しろ。




 恥ずかし気もなく、満面の笑みで答えたミシャに呆れ顔のノエルは、



(………んなもんねーだろ)



 声にするのも馬鹿馬鹿しいと、心の中で残念な初めての仲間にげんなりとしていた。


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