ぼっちの亜人剣士、スキルを身に付ける

 


 二人が意識を失ってから数時間が経ち、辺りはすっかりと闇に包まれ、暫く前からミシャが危惧していた通り雪が降り始めていた。



 そして、肝心の二人の安否だが。



 仰向けに倒れるノエルに重なり、その胸に頬を埋めているミシャ。


 息はあるようだが、その身に積もり始めた雪に体温を奪われ、このままでは危険な状態になるのは明白。


 その時、ミシャの閉じた瞳、その睫毛に雪が舞い降り、僅かに動きを見せる瞼。



「………ん」



 徐々に意識が戻り、瞳を開く。



(……やっぱり、降ってきた)



 景色は暗くて良く見えないが、雪が降っている、それだけは理解出来る。

 やがて思考が正常を取り戻すと、



「ノエルッ!――うッ……っ!」



 下敷きになっているノエルに気付き、慌てて身を起こそうとした時、身体に激痛が走った。



(……肩、いってる……)



 どうやら着地の際、左肩を痛めたらしい。



光の息吹スピリタス=ルミナス



 自らの身体に治癒魔法を唱え急いで身体を起こすと、まだ意識の戻らない、それどころか生死すら危ぶまれるノエルに急ぎ同様の治癒魔法をかける。


 息があるかの確認より先に、一刻も早く治療をとその掌から柔らかな白い光を注ぐミシャ。

 その後、決意の表情で生存確認を行う為、呼吸を確認すると、



「………アンタも、私と同じで生き汚いわね」



 安堵の表情で呟くミシャ。

 ノエルはまだ、天使になっていなかったようだ。



(狼人族は寒さに強いらしいしね、お陰で私も助かった、かな?)



 寒さに強い狼人族。

 ハーフではあるが、ノエルもまた普通の人間よりその耐性があるようだ。 反面、暑さには弱いらしいが。

 ともあれ、その恩恵を重なり合っていたミシャも多少なりと受けていたという事だろう。


 一安心したミシャは、しゃがみ込んだままノエルを見つめている。

 そしてこの後、耳を疑うような言葉を、未だ倒れているその少年に向け話し出したのだ。



「死ぬ気で守ってくれたのに、ごめんね……」



 ミシャが謝った。

 その理由は定かではないが、ノエルを寂し気な目で見つめ、優しい声色で “ごめんね” と、そう囁いたのだ。


 例え10:0で自分に非があっても、ゼロから無限の言い掛かりをつけてくる残念な特殊スキル、 “痛い女” を持つ魔女が謝るとは、猛吹雪にならなければいいが……。



 そう、も思った事だろう。




(………起きにきぃな。 つーか、治癒魔法ってすげぇ。 意識はあっても、もう死ぬかと思ってたのによ)



 実はミシャよりも先に意識が戻っていたノエル。 しかしそのダメージから身動きどころか、声も出せずに苦しんでいたのだった。



「あんな時、昔の人の名前呼ぶなんて、守り甲斐のない女よね」



(へぇ、この女にも昔は男いたんだな。 そりゃ………勇者だな、いや魔王か?)



 聞こえていれば即処刑の独白をしているノエル。

 だが、それは勘違いだ。 何故ならミシャは、




 ―――現在も “拗らせ処女魔導士” を継続中なのだから。




「とにかく、生きてて良かった。………聞こえてたら、このまま殺すけどね」



(――ッ!?)



 その言葉尻の冷たさは、今尚振り続ける雪のそれとは比べ物にならない、絶対零度の死の宣告だった。

 またしてもノエルに迫る命の危機、一体今日一日で何度命をかければいいのか。


 次第にその重さを感じなくなって来る自分に恐怖を覚える、ノエル17歳思春期の悩み?だった。



「今、動いた……?」




 さようならノエル。

 このイプスター氷原地帯が君の墓標に決まった。




 ミシャの立ち上がる音がする。 この後は簡単だ、彼女は短剣を抜き、転がる少年剣士に無情にもその刃を突き立てるだけ。


 しかし、ここでノエルは、本日覚えたての生きる為の術を全力で繰り出す。




「……う……うぅ……」




 白々しく呻き声を上げ、まだ焦点の合わないふりで目を開けるノエル。

 その演技をジャッジするミシャ《審査員》が、剣を抜く音が聞こえる。



「ノエル、起きてたの?」



 ここからは一言一言が死に繋がる。

 一つ地雷を踏めば、そこでゲームオーバーだ。 かと言って、その地雷を掘り探る時間など無いのも当然承知の上。


 そして、ノエルが選んだ言葉は、



「キレイだ」




 ―――この暗さで何が見える。




「……何言ってるの」



 駄目だノエル、今のミシャにはその程度のお世辞では誤魔化せない。 だが、彼には分かっていた。 ここで怯えた顔など見せればそれこそ助からない。

 前に出ろ、活路は後ろに無いと。



「天使抱いて死ねたのに、天国にまで行かせてくれるなんてよ、閻魔様は太っ腹だな」


「な、なにバカなこと言って……!」



 いや、意外と簡単かも知れない。

 急成長を遂げたノエルの巧みな台詞に、歳だけ先行のうぶなお姉様は、声を荒げながらも頬を染めている。


 それからノエルは、「よっ」と軽く掛け声を出すと身体を起こし、それに狼狽えるミシャの顔をまじまじと見つめて、



「……ん? な、なんだお前、ミシャか?!」


「そ、そうよ!」


「い、今のはアレだ、寝ぼけてただけだかんなっ!」


「べ、別にそんなの……知らないわよ……」



 今ノエルを嫌いになった人、生きる為だ、許してやって欲しい。


 それにしても、寝入りからの芝居、本業の狼は微塵も感じさせない男になってきたが、大丈夫だろうか。



「と、とにかく、こんな所にいても助からないわ。 動きましょう」


「ああ、そうだな」



 かくして、今回も生還を果たしたノエル少年。

 今回のクエストで獲得したスキル、 “心にも無い言葉リップサービス” に磨きをかけ、また一段と “ミシャ使い” への道を歩んで行く。



 ただ、冒険者として、剣士として必要なスキルなのかは疑問ではあるのだが……。



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