その185 さらば、元凶


 ティモリアがバス子とメディナにぼこぼこにされているのを見ていると、不意にソレイユの声が響く。それにいち早く反応したのはエリィだった。


 「ソレイユ様の声が聞こえる……」


 「え? エリィにも聞こえた?」


 エリィが頷くと、天井を見上げながら他の人たちも不思議そうに口を開く。


 「今の声はなんだ?」


 「ソレイユ様?」


 どうやらみんなにも聞こえていたらしく、ざわざわとし始める。そこへ復活したティモリアがすくっと立って顎に手を当てた。


 『今のは女神ですか? おかしいですね、ここに居る全員に声が聞こえるということは世界に干渉しているということ。私というこの世界の神が存在するのにそれはできないはずですが?』


 はて、と首を傾げたところで再びソレイユの声が聞こえてきた。


 『おかしくはありません! ティモリアさん、あなたの適当な世界運営で現地人が困っていたのは把握しています。審問にかけるため、この世界の権限は今あなたにありません』


 『ほう……』


 その言葉を聞いた後、ティモリアは一瞬考えた後、目を見開いて口をがくーんと開けて叫び出す。


 『な!? 権限が無いですって!? それに審問! 私はそんなに悪いことなど――』


 『何を言っているんですか! そもそも、神の力を奪われた時点で超がつくほどの減点ですよ? こほん。……レオスさん、今回のこと本当にありがとうございました。アマルティアの魂はすでに回収済です。しばらくこの世界に神が見守ることはありませんので、人間さん達で頑張ってもらうことになります。神の力は人間には過ぎた力なので、もしこのままアマルティアがずっと維持していたら頭がおかしくなって、昔のレオスさんのようにいつか世界の敵となっていたでしょう』


 「副作用みたいなもの……?」


 『そうですね。レオスさんのように自力で神の領域まで近づいたわけではありませんからじわじわと心が壊れていくんです。いつか世界を崩壊に導いていたでしょうね。さて、お迎えが来たようです』


 ソレイユの言葉と同時に、バッサバッサと巨大なハゲタカのような鳥が二羽、穴の開いた天井から降りてくるのが見えた。それは一直線にティモリアの下へ向かい、一羽が両腕を掴むとそのまま空へと浮かぶ。危ないので地味にティモリアを攻撃していたバス子とメディナをこっちへ呼び寄せると、続いてもう一羽が両足を掴み高度を上げ始めた。


 『おおおお!? 高い!? そっと、もっとそっと運んでください!? というか鳥葬っぽくないですかねこれ!? あ、あああああああ――』


 騒々しいティモリアはどんどん小さくなり、やがて見えなくなった。



 「行った。もう二度と帰ってこなくていい」


 「そうだね」


 「うふふ、レオスったら。……でも、これで本当に終わりみたいね……」


 「そうね……」


 メディナの言葉につい本音が出たところでエリィとベルが安堵したように言い、僕は気づく。


 そうか、これでもう僕達を苦しめる存在はもう居ないんだ、と。


 『それでは、悪魔の皆さんには元の世界へ戻る方法を教えます――』


 そしてソレイユの話は続いた――






 ◆ ◇ ◆





 ――それからの僕達は慌ただしかった。


 まず、悪魔達のトップであるバアルが目を覚まし悪魔達は大層喜んだ。バス子も例外にもれず、本気で泣いて喜んでいた。当のバアルはとても温和な人で、もしかしたらそんな彼のことが好きなのかもしれないね。

 彼等は戻る方法をソレイユから聞いたので、各地に散っている仲間を集めた後に試すのだそうだ。モラクスは残るみたいなことを言っていたけど、異世界の者がいるのは大丈夫なんだろうか?


 「では、わたしも一度皆さんと顔を合わせてきます。また会いましょう!」


 バス子も悪魔達と共に拠点へと戻って行ったのだ。彼女のことだ、帰る前には顔を出してくれることだろう。ベルが少し寂しそうな顔をしていたので、僕は手を握って一緒に見送る。



 次にカクェールさん達ペンデス組。


 「このことは国王に報告しておくよ。……世界の危機は去ったってね」


 「だねー。一応ボク達も手伝ったからお礼を貰えたりして? 豪華な結婚式をくれないかな、レリクス様!」


 「うーん、重婚は罪ですけど、例外を……」


 「ティリアって意外としたたかよね? 次はあなたたちか私達の結婚式で会えるといいわね!」


 フヨウさんがそう言い、


 「ルビアさん、また稽古をお願いします! アニスと一緒にまた遊びに行きます! レオス、君ともまた戦いたいね」


 クロウが鼻息を荒くしてそんなことを言う。


 「はは、僕はもう戦いたくないかな。次は何か買いに来てよ」


 「それも考えておくよ。師匠と一緒にね」


 <うーん、出番がなかったわ……>


 「デーモンの時、役に立ったからいいじゃないか……」


 風の精霊であるジャンナがオチをつけ、みんなで笑い、次の日には国へと戻っていった。彼等とは隣国だし、すぐ会えると思うけどね。ああ、カゲトさんが一旦置いていかれて、後から合わせて追いかけたっていうもう一つオチがあったっけ。


 最後にガクさんも旅立つ。


 「やることがあるみたいだし、そんなら俺は先に帰るわ。いや、なかなか面白い体験をさせてもらったぜ! 神が相手なんざもう生きている間にゃねぇだろ! 町の連中に語り継いでやる! ぎゃはははは! じゃあな、俺の領地に来た時は顔を見せてくれたら嬉しいぜ!」


 ガクさんらしい実にあっさりした別れだ。とはいえ、二度と会えないわけじゃないし、帰りに寄るのも悪くない。あの時、ガクさんとカゲトさんに会わなければ僕は今頃死んでいたかもしれないと思うと、ガクさんには感謝してもしきれない。見た目と言動はああだけど、優しい人だ。




 ――そして、本来ベルの処刑だった日



 (なんだ? 城が崩れているぞ?)


 (大魔王の部下の生き残りとか? だけど勇者アレンがテラスにいる。もう大丈夫なんじゃないか?)


 (おっと、始まるみたいだぞ)


 僕達はやってきた人達を演説ができそうな城の庭に誘導する。恐らくこれで全部揃ったというところで、アレン、レオバール、ルビア、エリィがテラスに立つと、アレンが口を開く。


 「静粛にお願いしたい。知っている者もいると思うが、俺は勇者アレン。今日の処刑の立ち合いをする予定だったものだ」


 予定だった、という言葉を聞き集まった人たちがざわめく。それには構わず、アレンは続けた。


 「何故『予定だった』と言ったか。それは、大魔王が悪では無かったからだ。故に発見されたその娘も悪ではないという判断の下、処刑を中断した」


 「勇者様! 大魔王が悪ではないなら、アスル公国をこのようにしたのは誰なのですか! そいつは倒されたのでしょうか!」


 もっともな疑問があがり、そうだそうだと周囲からも声が上がる。そこへレオバールが口を開く。


 「……この国をこのようにしたのは、元この国の王だ。私利私欲のため、異世界から大魔王を召喚し、大魔王の怒りを買ったのだ」


 それに続けてルビアが言う。


 「大魔王と国王の娘は恋仲だったの。お腹の子を国王が殺そうとして、姫であるナイアさんが死んだわ。それが起こり。それが大魔王エスカラーチの真実。エスカラーチは黒幕を探すため、城下町を支配下におき、調査をしていたってわけよ」


 「そ、そんな……で、でも、それなら大魔王がきちんとしてくれれば――」


 「色々な不幸が重なった。そういうことです。元を辿れば、国王がそんなことをしなければ良かったんです。故に大魔王が国を、領地を見ていく必要はありませんからね。この件、今は亡き国王を恨むしかないんです」

 

 エリィが真顔でそう言うと、民衆は黙り、互いに顔を見合わせる。そしてまたアレンが光の剣を掲げて口を開いた。


 「そこで俺は発見されたナイア姫の娘に、この国の王妃になってもらおうと考えた。国に王族がいれば復興するだろう。そして、その側近には死んだと思われていた魔法兵団長のメディナを推す! 彼女はナイア姫の娘であるベルゼラをずっと隠れて守ってきたのだ。ベルゼラ姫、こちら」


 アレンが一歩横へずれると、そこから立派なドレスをまとったベルゼラと、魔法兵団の正装を着てピースをするメディナがテラスに立つ。隠していた角も久しぶりに出し、凛とした表情で高らかに宣言をした。


 「皆さん、私はベルゼラ。大魔王エスカラーチと、この国の姫であったナイアの娘です。おじい様が行った所業は許されるものありません。そして父エスカラーチの逆上し、城下町を壊滅においやりました。この悲劇を繰り返さないため、この国のため、ここに王女として即位することを宣言します」


 (な、なんだって……!?)


 (大魔王の娘だなんて冗談じゃないぞ?)


 (い、いや、でもナイア様の娘なら王族だろう?)


 「おい! お前が本物だっていう証拠がどこにある! この国をいいように乗っ取るつもりじゃないだろうな! 50年も前だぞ? 魔法兵団長もそんなに若いわけが――」


 ざわざわしている中、ひとりの男が怒声を浴びせてくる。確かにこの場で50年前のことを覚えている者はいないかもしれない。そう思っていたけど、思わぬ援護が現れる。


 「いや、あれは間違いなくメディナ様じゃ。あの日、わしらを逃がしてくれたお姿のまま……。もうほとんどの者は老いで死んでしもうたが、わしは覚えておる。あの方なら若いままでもおかしくない。なにせ天才だったんだから……」


 はらはらと涙を流す老人に、マジかよみたいな声がぼそぼそと聞こえる。するとベルはもう一度口を開いた。


 「お気持ちはお察しします。だけど、このまま王族不在の国は滅びてしまう一方。大魔王は魔族でしたから、このように角がありますが、どうか任せてください!」


 「私たちに任せる。逆らうやつは灰にする」


 「メディナさんそういうのはやめて!?」


 すると、


 パチパチパチ……


 と、拍手がパラパラとなり出し、声が聞こえてきた。


 「しゃあねぇな! 勇者様のお墨付きみたいだし俺はいいぜ! メディナって人もおもしれぇしな」


 「わたしもいいわ。50年前のことなんて知らないし。今より良くなるならなんでもいいわ」


 そんな好意的な言葉が飛び交い、アレンが締める。


 「これは俺の故郷、エイゲート国にも報告をする。そして、こちらにいるラーヴァ国の元騎士団長、アシミレート殿にも証人になってもらった」


 「やあ、色々大変だろうけど、これからは各国で援助するよう口を聞いておくから、ちょっと我慢してもらえると助かるよ」


 父さんがにこやかに顔を出すと、数人からどよめきが起こる。


 「あ、あいつ……本物のアシミレート、様だ!? 俺、ラーヴァに武闘大会を見に行った時に見かけた……!」


 「あ、ああ……とんでもねぇ強さだったな……。あの人が見てくれるなら安心か……」


 父さん、一体どんなことをしていたんだろう……


 「では、来てくれたことに感謝する! 解散だ!」


 アレンがそう言い、バラバラとみんなが帰路へ着く。


 実はこの演説を考えたのはアレンとレオバールだった。自分たち勇者パーティが後見人のように言えば民も納得するのではないかという思惑だったためだ。父さんがいたことも良かった。


 まあ、レオバールの罪を軽くしたいというアレンの思惑もあったみたいだけど。


 そんなこんなでアスル公国の立て直しプランが始まる。


 しかし、僕はここから大変になるなど、予想は……できていた……とほほ……

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