その184 元凶



 「あ、あんた!? 何やってんのよこんなところで! 妻と子供がお腹を空かせているってどっか行ったのに!」


 ルビアが指さして叫ぶと、ティモリアは悪びれた様子もなく言い放つ。


 「ああ、あれは嘘です。あなた方に卵を買って欲しかったですからね。まあ、ひもじい思いをしていたのは本当ですが」


 ポケットから固いパンを取り出し、ポツリと涙を流しながらもぐもぐと食べ始める。その様子を、倒れたままのアマルティアが振り向き、目を大きく開いて見て口を開いた。


 『お、お前は……!? な、なぜ生きて――』


 「その答えを言う前に終わらせてしまいましょうか」


 『……!? く、くそ……止めろ……うがあああああああああ!」


 「え……!? か、身体に腕が沈ん、だ?」


 ティモリアがしゃがみこみ、アマルティアの背中に腕を突き入れると気持ち悪そうにベルが後ずさる。ぽっと出てきて訳も分からずに勝手に話を進めるティモリアに、ガクさんが眉を潜める。


 「なんだ、あいつは?」


 「あいつはニセ医者とか奴隷の売人、詐欺師や、物乞いとか職を転々として何度か僕達の前に現れたことがあるんだけど、こんなところで会うはずの無い人間だよ。こいつ一体……?」


 「警戒は解かない方が良さそうね」


 「魔法を撃つ?」


 「もう少し様子を見ましょう、メディナさん」


 僕達がそんな話をしていると、ティモリアが僕達に顔を向けて話し出す。ちょうどこっちも聞きたいことがあったから好都合だ。


 『さて、これでようやく力を取り返せました。礼を言いますよレオスさん。ご褒美はこの辺りでいいですかね?』


 「な!?」


 軽い口調のまま、アマルティアの身体からずるりと何かを引きずり出し、バス子が声をあげた。


 「バアル様!?」


 「お、俺もいる、ぜ……」


 「アンドラスさんはどうでもいいです!」


 その瞬間、鳥頭の男はガクリとし、動かなくなった。不憫だが、今はそれどころではない。


 「お前は一体何者なんだ? まさかとは思うけど、アマルティアが乗っ取ったっていう神、かい……?」


 『フフフ……』


 パーン!


 「うわああ!?」


 どこから取り出したのか、笑いながらパーティなどで使うクラッカーを鳴らし続けるティモリア。


 『ご名答。私はこの世界の神、ティモリア。この男に力を奪われた者ですよ。いやあ助かりました、私一人ではどうやっても覆せない状況でしたからねえ』


 「ぐ……がは……ど、どうして生きている……わ、私が完全に消し去ったはずだ……」


 ごろりと仰向けになり、血を吐きながらティモリアを睨みつけて言う。ティモリアは肩を竦めて問題を解けない生徒に話す先生のような口調で返答をする。


 『確かに私はあなたに倒されました。しかし、私は神ですよ? 力の一部を切り離して逃げることくらいできないわけがありませんね』


 「ば、かな……」


 『まあ、それでも私を倒す寸前まで追い詰めたのは凄いですけどね? 人間は興味深いと改めて考えさせられました、はい』


 「お、前のせいで俺が……俺達がどれだけ苦労した、か……」


 「どういうこと? そういえばアマルティアが乗っ取った理由って……」


 エリィがそういえば、と口に手を当てて言うと、


 『その点については申し訳ないとお伝えしたはずです。ちょっと私が居眠りをしている間に地上に魔物が想定より多くなったので勇者になって駆逐してくださいと』


 「え!? お前そんなこと言ったの!? 自分の不始末だろそれは!」


 カクェールさんが驚愕の表情で叫ぶ。出遅れたけど僕も同じ気持ちだ。


 「そう、だ……。俺はみんなのために世界を股にかけて頑張った、だが終わってみれば町に残してきた恋人は他のやつと結婚していたり、勇者だという理由で軟禁状態……な、なにもいいことなんてなかった……だから、俺は……こいつが許せなかったから、殺した……」


 『その節は助かりましたがね。でもそれで私を逆恨みするのはいただけませんよ? それにあなたも人の力を使ってずいぶん遊んでいたみたいじゃないですか? それでチャラで――』


 「お前が元凶かぁぁぁぁぁ!」


 「死ね」


 『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?』


 「は、速い!?」


 クロウが驚くのも無理はない、バス子とメディナが一瞬でティモリアを袋にしたからだ。あ、あ、顔があんなに腫れあがって……



 チーン



 『あがががが……か、神に逆らうとは……』


 「ぺっ」


 「ぺっ」


 ぼこぼこにされたティモリアを引きずって僕のところまで戻ってくるふたり。とりあえず同情の余地はないので、ティモリアと目線を合わせて尋ねる。


 「で? この後君はどうするつもりだったんだい?」


 『わ、私は一度天界へ戻り、上の神に報告をするつもりです! 力を取り戻すために利用したのは謝りますが、ここまでする必要はないじゃないですか! 我が親友オルコスも人間に滅多打ちにされたと言っていましたね! これだから人間は!』


 どうやら僕達が怒っている理由が良く分かっていないらしい。僕はふたりに目くばせをして頷く。


 「おかわりですよ!」


 「すぐ楽になれる」


 『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!? すみませんすみません!?』


 「はあ……アマルティアの気持ちも分からないでもないね。まあ、君は君で罪を犯したけどさ?」


 「……ははは……そうだね。人間を助けるために力を奪ったのに、いつしか愉悦のために生きるようになってしまっていたな……どこで、間違えたのだろう……」


 「多分、力を得たところからさ。人間……いや、神だってそうさ。力があっても、使い方を間違えればこういうことになる。僕だって悪神という、犠牲になった人からすれば到底許せないような罪を犯した」


 「……」


 「レオス……」


 じっと僕の目を見つめるアマルティアに、心配そうなエリィの声が聞こえてくる。僕はフッと笑い、


 「それでも生き残ったり、転生することがあるなら罪を償うことはできるはずさ。僕は地獄を繰り返してここに立っている。許されたかどうかはいまだにわからないけどね。だから君もやり直せるんだよ」


 「は、はははは! 酷い目に合わせただろう俺に……そんな言葉をかけるか……いや、君だから、か。まいったね……完敗だ……恨んでくれた方が、マシ、だ、な……今度生まれ変わって会うことがあれば――」


 そう言って目を閉じると、アマルティアはそれきり動かなくなった。


 『ふう……。死んでしまいましたか。彼の魂は転生か消滅か……天界で決まるでしょう』


 「あ! いつの間に!」


 「そこへなおれ」


 すでに復活しているティモリアが遠くで汗をぬぐいそんなことを言う。さらに僕達へと告げる。


 『それにしてもフォーアネームの町でレオスさんを見た時、チャンスだと思いましたがここまでうまくいくとは思いませんでしたね。行く先々で先回りをしてお膳立てしておいた甲斐がありましたよ』


 「どういうことだい……?」


 『セーレという過激派の悪魔達と引き合わせたり、卵を売ったりですかね。世界樹の杖も役に立つと思いましたが、レオスさんの強さのおかげで必要なかったのは僥倖でしたか』


 「お前の筋書き通りだったってわけか」


 『まあ、そうなりますね? レオスさんが現れなかったら向こう500年くらいは人間の身で過ごす羽目になったので本当に感謝しています。500年あればアマルティアを覆すくらいはできるんですが。今はこれくらいしかできません』


 ピィーと口笛を吹くと、ルビアの手に乗っていたテッラの目がカッと開き黄金色へ変化を始める。そして羽が生え、空中へと舞い上がった。身体も大きくなり、凛々しい顔つきになっていた。


 「テッラ! でも姿が違う……」


 『これは神竜という、私が創り出した竜です。この世界にいないのでアースドラゴンに偽装していましたがね。おかげで大魔王の娘は血を飲んで息を吹き返しましたでしょう?』


 「あの時の……」


 テッラがベルと一緒に倒れていた時そんなことがあったとは。そしてティモリアはテッラに向かって声をかけた。


 『さ、私を乗せてください。天界へ帰りますよ』


 「ピッ!」


 ぷいっとそっぽを向くテッラ。明らかに拒絶の意思を見せた。


 『生みの親である私になんてことでしょう!? こうなったら無理やりにでも――』


 そこでルビアがついに切れた。


 「ちょっとあんた、さっきから聞いていれば自分のことばっかり! あたし達がどれだけ苦労して、悲しい想いをしてきたか分からないの!」


 『お察ししますが、私も辛かったのですよ?』


 「こいつ……!」


 「懲りない奴ですね!」


 「我らの怒りを思い知れ」


 『ぎゃあああああああ!? 何故的確に私を捉えられるのですかねええ!?』


 「まったくとんでもない神だね……」


 「だね……。ここで倒しておいた方がいいかな?」


 父さんが呆れて口を開き、それに僕も呼応する。とりあえずルビアも加わり、三人にボコられているティモリアを見ていると、不意にどこからか声が聞こえてくる。


 『あー、あー、聞こえますか? ソレイユです! ティモリア、あなたを迎えにきました』

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