その177 勇者と剣聖



 「レオバール……!」


 「久しぶりだな。スヴェン公国以来か」


 「そうなるね。フェイさんに追われていたんじゃなかったっけ? 逃げ切ったのかな?」


 僕はあえて挑発するように尋ねると、レオバールは無言でベルゼラをこちらへ歩かせた。アレンはそれを見ても無言のままだ。


 「レオスさん!」


 「無事でよかった……。エリィ達は?」


 「エリィの部屋はわかるわ。でも、ルビアさんがアマルティアの部屋に連れ去られたから先にそっちへ行かないと」


 「うん。ということで通りたいんだけど、いいかな?」


 アマルティアの仲間だと思っていたが、ベルゼラを解放するとは意外だった。でもまだ真意はつかめないので、警戒を解かずに聞くと、レオバールはゆっくりと腰の剣を抜いて言う。


 「……ここから先は俺を倒して行くことだ。アレン、お前は手を出すなよ?」


 「……わかった」


 アレンとレオバールは階段を登りきって二階のエントランスへと足を運ぶ。ここなら思う存分やれる、そういうことだろう。僕がセブン・デイズを抜くとガクさん達も構えを取った。


 「なんでベルゼラを放したんだい?」


 「言う必要はないな。行くぞ……!」


 ぐっと前かがみになった瞬間、レオバールが踏み込んでくる。狙いは僕! ある意味分かりやすいのは助かるね!


 「はあ!」


 ガン! ガイン! と、打ち合い、剣が火花を散らして弾かれる。純粋な剣術では僕に分が悪い。だけど、こっちには心強い仲間がいるんだよ!


 「おらよ!」


 「チッ! どこのおっさんか知らんが邪魔をするな……!」


 「おっさん結構、てめぇの話はレオスから聞いてるぜ、振られた女のケツをいつまでも追ってるってな! それで命を狙うとはふてぇ野郎だ! 俺はそう言うやつが大嫌いなんだよ……!」


 「ぬう!?」


 足払いからの上段回し蹴りがヒットし、レオバールの身体が吹き飛ぶ。その先には、


 「”猛撃拳”! 剣聖相手でもここは負けるわけにはいかないんだ!」


 「小僧が……! 食らえい!」


 「うわ!? 掠っただけだ!」


 クロウが待ち受け、顔に向かった容赦なく拳を叩きこむ。だが、レオバールも負けじと切り返していた。レオス、ガク、クロウの三人でレオバールと戦う形になった。

 激戦が繰り広げられる間、バス子とカゲトはベルゼラを庇うように戦いを見守っていた。


 「お嬢様はわたしの後ろに」


 「ありがとうバス子……助けに来てくれたのね」


 「そりゃあ一応お世話係ですからねえ。それより、剣聖がどうしてここに居るんですかね。あっちは勇者。アマルティアの仲間になったってことでファイナルアンサー?」


 「勇者はわからないけど、剣聖はそんな感じよ。レオスさんを殺して、エリィとこの国の王になるつもりみたい」


 ベルゼラがそう言うと、バス子が額に手を当てて気持ち悪いとばかりに口を開く。


 「かぁー! 最低ですねえ、女の子になったレオスさんに言い寄った男がまたエリィさんにですか? 懲りませんねえ」


 「その話はやめろ!

 「その話はやめてくれバス子!」


 「おっといけないいけない」


 反省の色が見えないバス子に、同時にツッコむ僕とレオバール。だが、丁度いい隙だと思い、僕は全力でレオバールを吹き飛ばしてやる。


 「くっ……!」


 「つう!?」


 「「ぶっとべ!」」


 吹き飛ばされながらも僕の上腕二頭筋あたりを切り裂いてくるレオバールは流石である。間一髪、ガクさんとクロウの蹴りで壁に叩きつけられ距離を取ることができた。

 ポーションを傷口にかけながら、力の無くなった僕一人では到底敵わなかったであろうと思うと、背筋が寒くなる。

 肩で息をしつつ、僕はレオバールへと目を向けた。


 「どういうつもりなんだい? 仲間だったルビアを売ったのか? アレンは元恋人だったのに」


 「……」


 アレンは黙して語らずという風に無言を貫いていた。


 「アマルティアが怖くなって手下になったって感じかな……? ま、あいつは強いから仕方ないと思うけど――」


 「黙れ……! ”烈刃”!」


 「うわ!?」


 剣風が巻き起こり、僕やクロウを傷つけていく。レオバールは怒りの表情を僕に向け、勢いよく突撃してきた。


 「俺が勝てば……エリィは俺のものだ! 死ね、死ぬんだ……!」


 「レオバール……君はそこまでしてエリィのことを……!」


 「そうだ! だから……俺のために、死ねぇぇ!」


 「レオス!?」


 「ぐぐ……!」


 ギリギリと鍔迫り合いになり、力負けしている僕の顔に刃が近づいてくる。このままでは真っ二つになってしまう。

 レオバールの強い想いはわからなくはない。だけど、こっちは2000年以上エリィのことを想ってたんだ、今更レオバールごときにくれてやるわけにはいかない……!


 「《フレイム》……!」


 「うお!?」


 「隙ができた……! 今日は何曜日だっけ!? ……”クリムゾン・エッジ”!」


 宝石の色が赤だったので、火属性だと悟った僕はクリムゾン・エッジでレオバールを炎に包み込んだ。しかし、レオバールは止まらない。


 「うおおお! ”激龍剣”」


 速い! だけど、そこを見越していた僕は、セブン・デイズを床に投げ、肩に担いでいたモノをレオバールへ向けて突き出す! 銀龍の鎧なら死にはしないだろう!


 「なんだ!? だが俺の方が――」


 「いっけぇぇぇぇぇ!」


 ガキン……! ドン!


 僕が手元のレバーを握り込むと、パイルバンカーが射出される。まさに今、僕の頭へ振りかぶってきたレオバールの胸板に金属でできた杭が炸裂した!


 ベギン!


 「ごぼ……!?」


 ずざざざざ……と、僕は反動で後ろに下がり、逆にレオバールが凄い勢いで壁に叩きつけられ……いや、壁をぶち抜いて倒れていた。


 「や、やったぁ!」


 ベルゼラが叫ぶと、アレンが慌ててレオバールの下へ駆けて行くのが見えた。


 「おい! しっかりしろ!? 死んでじゃないだろうな!?」


 アレンが体を揺すると、レオバールはぷるぷると腕を上げ、なぜかサムズアップをして口を開く。


 「み、見事だったぜ……レオス……お、お前の……勝ち、だ。ぐふ」


 「ええ……? ど、どういうことなのさ!」


 どうやら死んではいないようで、ポーションをどばどばとレオバールにかけるアレンが代わりに話し出す。


 「ふう……勝てなかったか。アマルティアめ、適当なことを言ってたな? レオス、すまなかったな。俺達は敵じゃないお前達を待っていた」


 レオバールを寝かせてアレンが立ち上がり僕達の近くまで歩いてくると、僕に頭を下げて話を続ける。


 「元々、そこにいる大魔王の娘は逃がすつもりだったんだ。隙を見てルビアとエリィもな。だが、あの男……アマルティアの隙は殆どなかった。しかし三日後の処刑が迫った今、その娘を牢獄へ移送するよう言われたのがさっき。チャンスだと思っていたところにお前達が来たってわけだ」


 「ってことはアレンは味方なの?」


 「まあな。ただ、そのあたりも見透かされていると見ていいだろう。それと情けない話だが、ヤツに俺達の攻撃が通用しないことをしって下手を打てなかった」


 「それじゃああのクソ野郎はなんで襲って来たんです?」

 

 バス子が身も蓋もない感じでレオバールを指さすと、アレンは難しい顔をして肩を竦める。


 「けじめ、というやつかな。レオス、お前の力はかなり削がれていると聞いた。それでももし、負けるようならきっぱりエリィを諦めると言っていたよ」


 「嘘ですね」


 きっぱりと言い放つ容赦ないバス子に、アレンは少し怯んでから言う。


 「し、信じてやれよ……。あれでもそうとう悩んでいたんだよ。まあ、三人がかりとはいえ剣聖を退けるとは驚いた」


 「それで、この後はどうするんだ?」


 カゲトさんが刀に手をかけたまま尋ねると、アレンは一階と三階に目を向けて返答した。


 「ルビアは恐らく三階。エリィも三階のある部屋にいるんだ。俺と一緒にここまできたフェイアートとペリッティというふたりは別行動でこの城に潜入している。エリィの部屋をどうにかできないか試してもらっているんだ。……アマルティアを倒しにきたんだろ? 俺もこのままルビアを助けに行く。元恋人のピンチに行かないわけにはいかないからな」


 もう恋人には戻ってくれないだろうけどな、と苦笑した。王女との結婚はどうなったのか聞きたかったけど、それは全てが終わってからでいい。


 「それじゃついてきてくれ。アマルティアの場所は――」


 『ああ、大丈夫だよ。ここに居るから』


 「!?」


 「え?」


 ポタ……


 いつの間に、いや、いつからそこにいたのか。アマルティアが涼しげな顔でベルゼラの後ろに立っていた。そして、ベルゼラの胸には、背中から突き抜け、血に濡れた刃が飛び出していた。


 『はははは! いやあ、ごめんよ! 処刑は三日後だったんだけど、うっかり殺しちゃったね!』


 「レ、オス……さ、ん……」


 ゆっくりと倒れていくベルゼラの姿を見て僕の視界が狭くなる。怒りか、恐れか、そのどちらでも無い感情か。


 ベルゼラの指から緑色の指輪が転がり、それを見た瞬間僕の脳裏にある光景が浮かぶ――


 (あたしはいつも失敗ばかりしてレオスが……怒るの……)


 あの時と同じ……僕はまたベルゼーラを……!


 ドクン……


 「うぐ……!?」


 僕は割れそうになる頭を抱え、床に膝をついた――

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