その175 最後の足止め


 「そうですよ! あなたのアイドル、バス子――」


 ベシッ!


 「うわあ!? バス子さんが悪魔に叩かれて馬車から落ちた!?」


 「構わなくていいよ、すぐ復活するから! それより手綱をお願い!」


 「わかった!」


 少し一緒に旅をしていたからか、バス子のことはわかっているらしいクロウがすぐに気を取り直して手綱を取ってくれた。僕はセブン・デイズを抜いて悪魔に斬りかかる。


 「グギャォォォ!?」


 確実に殺すなら剣が一番いいので、あえてクロウと交代した形にしたのだ。


 「レオス、後ろは任せろ」


 「お願いします!」


 次々と馬へ向かって来る悪魔達を、僕とカゲトさんが切り伏せ、ガクさんのバリスタも撃ち落としていく。ルルカさん達の方も近接戦闘ができないフヨウさんが馬を操っているので、ふたりが攻撃に専念できていた。


 それが三十分ほど続いたころ、ようやく月明かりを拝むことができた。そう、全滅させることができたのだ。


 「どうどう! 無理させちゃったね」


 「ひひん……」


 「ぶるる……」


 流石にヴァリアンとエレガンスも頭を垂らして荒い息を吐いていた。周囲をカゲトさんが警戒しつつ、僕達は馬車を寄せて飲み物を口にしていた。


 「ふう……」


 「ぎゃははは! あれすげぇな! この戦いが終わったら俺に売ってくれよ、いい魔物避けになるぜ」


 「ほら、お前達も飲んで」


 「ぶるる♪」


 かなり急いでいたからか、大魔王城まであと一息とというところまで来ており、僕は城の方へ目を向けてごくりと水を飲む。そこへカクェールさんが声をかけてきた。


 「あいつら、まったく手ごたえが無かったな。それとあのガクさんが使っていた武器、凄かったな」


 「ただの足止めだと思います。逆に言えば僕達がここに来ていることがバレている、ということでもあります。だからカクェールさん達も捕捉されている……」


 「ま、気にするな。元々そういうつもりだったんだ。エリィ達を助けたらすぐ合流するからな」


 「ありがとうございます。その前に決着をつけるつもりですけどね」


 「ぎゃはは! 言うじゃねぇか! よし、時間が惜しい。俺の予想じゃ、あの大軍をこの短時間で始末できるとは思ってねぇはずだ。油断しているところに突っ込もうぜ。剣聖のやつをぶっとばしてぇな」


 僕の話を聞いて、ガクさんはレオバールに怒り心頭だった。ネチネチと振られた女に執着するのと、僕に逆恨みをするのが許せないのだそうだ。その話をしたときにカゲトさんがビクッとしていたりする。まあガクさん、さっぱりしてるしなあ。

 それはともかく、時間が惜しいというのは同意なので、僕は頷いてから口を開く。


 「それじゃ行こう」


 「『それじゃ行こう』じゃありませんよ! 少しは心配してくれてもいいじゃないですか!」


 「あ、バス子」


 激戦ですっかり忘れていたバス子が僕の目の前に降りてきて、頬を膨らませていた。そのまま僕に指を突きつけて詰め寄ってくる。


 「なんで逃げ出したりしたんですか! お母さまが相当心配していましたよ? あんな大けがで……って治ってる……旅ができるような体じゃなかったでしょうに」


 「ああ、ちょっといい薬をもらったんだよ。それより悪魔達のところに戻ったんじゃないの?」


 「レオスさんが居なくなったから探してたんですよ! ……あっちはレオスさんのお父様が行ってくれました」


 は? 僕は間の抜けた声を一瞬あげ、バス子の言葉を反芻する。父さん? 父さんって僕の……?


 「え!? なんでさ!?」


 「レオスさんをコテンパンにするわ、未来の嫁をさらうわとかでめっちゃ怒ってましたよ? 顔は笑みを絶やさないんですけど、空気がピリッとしていました」


 「うーん、父さんがねえ……」


 いつもへらへらとして母さんに怒られてばかりの姿しか知らないから、騎士団長の父さんは想像できない。とりあえず父さんにはアマルティアに対する攻撃手段がないけどどうするつもりなんだろ?


 「おい、レオス、その嬢ちゃんは誰なんだよ?」


 「え? ああ、僕の仲間のバス子だよ。この世界に無理やり召喚された悪魔達のひとり」


 「お見知りおきをダンディなおじさま!」


 「悪魔? さっきの敵の仲間か?」


 ガクさんの目が細められ、低い声を出すが、バス子は気にせず話を続けた。


 「あれは使い魔ですね。わたし達が使役するデーモンという下級悪魔です。恐らく取り込んでいるわたしの仲間から作り方を覚えたんでしょうね」


 「なるほどな。よろしく頼むぜ」


 「こちらこそ。後は――」


 「話は移動しながら話そう。馬達も整って来たみたいだ」


 カクェールさんの言葉に頷き、僕達は再び移動を始める。


 バス子の話によると、近辺にある悪魔達のアジトに父さんと悪魔達は集まっているらしい。その内大魔王城に来てくれるというけど、それがいつになるかわからないので結局は運任せになりそうだ。バス子が戻ってくれると助かるんだけど、このまま一緒に行くそうだ。


 「お嬢様のピンチですしね。というより、かなり前にメディナさんのメモ帳で戻っているので、先に行っているかもしれませんね」


 「ええ? だったら急がないとアマルティア相手は本当に無理だって!?」


 「まあまあ、アガレスさんも居ますし、そう簡単にやられたりしませんよ」


 僕の横で能天気に言うバス子にクロウが尋ねる。


 「バス子さんの仲間って何人くらいいるんだろ?」


 「確か十三人くらいでしたっけ? 本当は七十二柱いるんですけど、その内何人かだけがこっちに来ているんですよ。ライオン頭が被っている人とか。直接戦闘ならマルコシアスさんが来てくれると助かるんですけどねえ」


 「レジナさんの旦那さんだっけ。強いんだ」


 「格闘と斧は相当なもんですよ? レオスさんの悪神モードにはとてもじゃないけど勝てませんけどね」


 「へえ……」


 格闘、と聞いてクロウがうずっとしているのがわかった。うーん、強くなることに貪欲だなあ……ある意味羨ましいと思いながら馬車を走らせる。父さん、今どこに居るんだろう? 悪魔達と共闘できるなら僕の作った武器はかなり有効打になりそうだ。



 ◆ ◇ ◆



 <悪魔達のアジト>



 「……君は誰だい?」


 「俺はライフセイバー。アマルティア様のしもべのひとり。悪いが、お前達にはここで死んでもらうぞ? レオスとかいうガキと合流されては厄介だからな」


 「アジトを知られているのはわかっていたから不思議ではないが、貴様ひとりか?」


 悪魔達のアジトで突撃計画を立てていたアシミレートとアガレス達のいる会議室へやってきたのはアマルティアのしもべだった。

 

 「ふはははは! 貴様らなどひとりで十分よ。それに、わかっていて逃げ出さないとは愚かな奴らめ。ここで一網打尽にしてくれるわ!」


 ライフセイバーが高笑いをして手に持った大剣をアシミレート達につきつける。すると、どこからともなくデーモンたちが姿を現した。


 そこでアガレスがさもおかしいと言わんばかりに口を開いた。


 「なるほど、アシミレート殿の言う通り、我等が敵は戦闘のプロではない、か。よく分かりますな」


 「だよね? いやあ、こんなに簡単に引っ掛かってくれると僕も嬉しいよ。あははは」


 「何がおかしい!」


 ガキン! と、鋭い踏み込みでアシミレートに迫るが、あっさりと剣で受け止められる。


 「う……動かない……」


 「ライフセイバーとか言ったっけ? 気づかなかったかい? このアジトに入ってから悪魔達に会わなかったってことに」


 「それが……どうした……」


 「君は罠に嵌ったんだよ。ここには僕とアガレスさんしかいない」


 「なんだと? じゃあ他の悪魔は……」


 ヒュン……


 その瞬間、笑みを消したアシミレートがゆらりと動き、一瞬でライフセイバーの後ろを取っていた。直後、剣を鞘に納めるアシミレート。


 「いつの間に……!? だが、後ろががら空きだぞ!」


 「それでどうやって僕を攻撃するつもりなんだい?」


 「あん? この剣で……」


 と、振り下ろしたがアシミレートには届かなかった。いや、そもそも剣を掴んでいた腕が無かったのだ。


 「な、これは!?」


 「君が探しているのはこれかな?」


 アシミレートの左手に、ライフセイバーの肘から下があり、ぼたぼたと血を零していた。


 「俺の……腕……!?」


 直後、ライフセイバーの左腕が飛ぶ。


 「うぐあ!?」


 「他の悪魔はどこか? もちろん大魔王城だよ。アジトを襲撃してくるだろうことはわかっていたからね。ま、君一人ってのは予想外だったけど、おかげで楽をさせてもらった」


 「あ、悪魔ならまだしも、お、お前のような人間に……」


 「そういうのは関係ないかな? 君の主はうちのレオスを殺しかけただろ? 僕は怒っているんだよ。神だか何だか知らないけど――」


 ブシュ!


 「僕の大事な子供にそんなことをしてくれちゃ仕返しをしないわけにはいかないじゃないか」


 そんなことを言いながら、アシミレートは目にも見えぬ速さでライフセイバーを細切れにした。ライフセイバーが倒れたことでデーモンたちも霧散する。


 「……いやはや、恐ろしい男だ。敵に回してはいけないタイプだな」


 「あはは、僕は安全ですよ? ……僕の大事なものを傷つけない限りはね。それじゃアガレスさん、行きましょうか。レオスも近くまで来ているみたいですから、行ってあげないと」


 「ああ。いくぞカイ君」


 「~♪」


 決してライフセイバーは弱くなかったとアガレスは前を歩くアシミレートの背中を見ながら胸中で呟く。これならこの男を主軸にして勝てるかもしれない。そう思わせるだけの実力がアシミレートにはあった。

 

 そして舞台は大魔王城へと移っていく―― 

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