その34 意外な正体

 


 ダダダダ……


 野盗の集団を他の冒険者や職員へ任せて僕とサッジさん、それと報告に来た冒険者の人と共にゲルデーンさんの部屋へ向かっていた。


 「ありがとうございます! 野盗連中の動きも早かったですけど、サッジさん達も早かったですね!」


 「へっ、領主のピンチでさっさと動かない理由はねぇからな。ただお前さんの言うとおり今日の今日で動きやがるとは思わなかったがな」


 何でも僕達がギルドで報告した後、冒険者を町民に扮させていたらしい。それとシーフスキルを持つ冒険者を即屋敷周辺に配置していたとのこと。

 そのおかげでゴブリンを連れた野盗達が入り口の詰所に現れた時も冷静に対処できたそうだ。わざとやられたふりをして町に入れたらしい。


 「ゲルデーンにゃ悪いが、あの数を相手に町中で戦闘をするわけには行かなかったからここまで入り込ませたんだ。おかげで背後からゴブリン共を潰すことができたがな」


 階下では冒険者がゴブリンと戦っている音が聞こえてくる。ギルドに行くのを明日に回していたらこれを相手にしないといけなかったと思うとぞっとする。僕がいくら戦えると言っても使用人たちを守りながら戦うのは難しい。守るべき対象はアレクとリーエルだけではないからね。


 「ゲルデーン!」


 ドガッ!


 サッジさんが扉を蹴破り中へと入り、僕も後に続く。そこに立っていたのは――


 「……存外早かったな……それに冒険者共を呼んでいたとは、小僧の仕業か?」


 そう言って僕達の方へゆっくり振り向いた男は、街道で一目散に逃げ出した野盗だった。だけど、あの時と雰囲気が違う……この気配は、どこかで……


 「おう、お前もあいつらの仲間か? ゲルデーンを返してもらうぜ」


 「私の計画が失敗した今、こんなおっさんに用は無い。が、腹いせに殺してやろう」


 「よせ!?」


 サッジさんが動くよりも速く、男がニヤリと笑いながら剣をゲルデーンさんに突き立てる。


 ガキン!


 「何!? 強力な防御魔法が張られているだと!?」


 「だありゃあ!」


 僕のかけたフルシールドに驚愕したところにサッジさんが踏み込む! 男は大剣を受け止めながら苦々しげに呟く。


 「これだから人間は油断できん……!」


 男の口から聞き捨てならない言葉が発され、僕は聞き返した。


 「『人間は』だって!? この気配、まさかとは思ったけどお前は魔族……」


 「今ので気付くか。あの街道でも思ったが、聡い小僧だ。それに――」


 ガン! カキン!


 「魔族だと!? 大魔王は倒されたんだ、こんなところで何をやっている! 全員でかかれ!」


 「おおおお!」


 「君は下がって!」


 キィン! カン!


 サッジさんの部下であろう冒険者も魔族の男に斬りかかる。しかし、意に介さず、全て受けきっていた。


 ギィン! ズシュ!


 「ぐあ……!?」


 カカカン! キィン!


 「こいつ……! ぎゃあ!?」


 カィン! 


 「三人がかりでこれかよ、こいつ中級クラスの魔族か……?」


 あっという間に二人やられ、サッジさんと僕だけになる。傷が深い……なりふり構っていられないか。


 「それを教える必要はないな」


 「知る必要もないけどね!」


 「坊主!」


 僕はセブン・デイズを持ち、一気に魔族へと迫る。


 「いかに小僧が強かろうと私には……」


 「風よ、目の前の敵を斬り裂け! "ゲイルスラッシャー"!」


 「ぎゃああああ!?」


 ベキン!


 セブン・デイズに込めた魔力を一気に放出し、魔族の男へ叩きつける。今日は風曜日、緑に変わった宝石は風を意味するんだ! 剣をへし折りながらズタズタにし、やられた冒険者二人を回復させる。


 「回復を! <ダークヒール>!」


 「あの傷を一瞬で!?」


 こっちで驚いたのはサッジさんだった。エリィのキュアヒーリングよりも即効性が高いからあまり見られたくなかったけどみすみす死なせるわけにもいかない。


 「ぐぐぐ……小僧めが!」


 「……!?」


 シュッと魔族の爪が伸びて僕の顔めがけて攻撃をしてくるが紙一重で躱す。大魔王に比べればまるで雑魚だ。爪をセブン・デイズで弾きながら僕は魔族に尋ねる。


 「大魔王が倒れたのにまだ何か企んでいるのか?」


 斬撃をかろうじて避けながら魔族が蹴りを繰り出してくるが、それを体当たりで間合いを詰める。


 「大魔王様は倒れたが、魔族はまだ滅んでおらん! 冥王様が再び魔族を束ねて征服してくれるわ!」


 「冥王だって!? あいつはアレンに倒されたはずだ、生きているとでも言うのか?」


 ベキン! ザシュ!


 「……ぐう!? な、何だお前は!? ただの冒険者風情がどうして一人で魔族と渡り合える!?」


 爪をへし折ると後ずさりする魔族。


 「教える必要はないよね? 悪いけど捕虜になってもらうよ!」


 「おのれ……! こ、ここは見逃してやる、ありがたく思うんだな!」


 「逃がすものか!」


 「逃げるさ……! <エクスプロード>!」


 「!」


 魔族が放った魔法がサッジさんへ襲いかかる!


 「うお!?」


 「くっ……!?」


 「ふははは、お前なら庇うと思ったぞ! さらばだ……!」


 「<フルシールド>!」


 ズドォォン!


 狙いを僕にしなかったのはそういう理由か!? フルシールドでエクスプロードをガードしてすぐに前へ出たけど魔族の姿はすでになかった。


 「逃げられた……!」


 「い、一体何だったんだ……? 魔族もそうだが、坊主お前も何者だ……?」


 「……商人です」


 「……そうか」


 サッジさんはそれ以上は特に聞いて来なかった。ああ、色々聞かれたら面倒だなあ……



 それはさておき、魔族も逃げ去ったので僕とサッジさんは野盗とゴブリン制圧の手伝いに戻り、程なくして制圧に成功する。野盗は何人か逃げたようだけど、主犯格であるダッツ達を捕えたのでもはや活動するのは難しいだろう。


 入り口でゴブリンの死体や野盗の搬送をしているところに立ち会っていると、アレクとリーエルが駆けつけて来てくれた。

 

 「レオスさん!」


 「レオス!」


 「やあ。二人とも無事で良かったよ。領主様も無事だよ」


 「良かった……」


 リーエルが安堵のため息を吐き、崩れそうになるのをアレクが支え、僕に言う。


 「レオスがギルドへ報告すると言ってくれなければ僕たちは死んでいたかもしれない、本当にありがとう」


 「まあ、護衛依頼を受けたしね。それより本物のソーニャさんは大丈夫かな?」


 「さっき姐さんと呼ばれていた人に聞いて倉庫で眠っているソーニャを見つけたよ。衰弱しているけど命に別状はないらしい」


 いつからすり替わっていたのか分からないけど、食事は与えていなかったのかな。早く見つかって良かった。すると、階段からソーニャさん(?)だった姐さんと呼ばれた人物であろう人が歩いて来た。


 「それが素顔なんだ?」


 妖艶な感じのおばさんというには若い女が口を開く。


 「……はっ、こんな子供にしてやられるとはね! 私もヤキが回ったもんだよ」


 「僕は略奪と人殺しは許さないからね。あ、そうだ、あの医者はお前達の仲間だったのか? 違うと否定していたけど……」


 「医者? ……ああ、あの男か。あいつは私らとは関係ないよ。胡散臭かったけどね」


 「じゃああの街道で一緒だった男の素性は知ってる? 逃げられたんだけど」


 魔族だった、ということは伏せて聞いてみると、姐さんは首を振って口を尖らせる。


 「あいつは最近ウチの集団に加入してきたんだ。頭が切れるから置いていたんだ。乗合馬車をゴブリンに襲わせて後から再襲撃するのを言い出したのもあいつさ」


 「そういえばどうやって操っていたんだい?」


 魔族ならいくらでも方法がありそうだけど、念のため聞いてみた。


 「ダッツ」


 「……はい、姐さん。この笛でゴブリンを操ることができるんだ、音色で攻撃命令や待機命ずることができる」


 ダッツは僕に笛を渡すと、肩を竦めて僕に言う。


 「俺もお前くらい強かったら腐らずに冒険者を続けていたんだがな……」


 「それは気の持ちようだよ。ダッツ達は楽な方へ逃げた、それだけのことさ」


 するとハスが後ろで鼻を鳴らす。


 「手厳しいねぇ。強い奴は弱いヤツの気持ちなんてわからねぇよな」


 そんなことを言うので僕はイラっとして、ハスの胸ぐらをつかんで引き寄せてから言う。


 「う、うお……」


 「……僕は強くなんてないよ。好きな人すら守れなかった。そしてとんでもない過ちを犯したんだ、だからこそ言えるんだ。取り返しのつかないところまで行かなくて良かったと思うよ」


 「……」


 顔を青くして押し黙るハス。


 「すみません、そろそろ連れて行っていいでしょうか?」


 「あ、引き止めましたね。すみません、どうぞ」


 ぞろぞろと引き連れられ、野盗団は出て行った。犯罪を犯した者は奴隷か処刑。街道襲撃でも人死にが出ていないようだから犯罪奴隷になるかな? そう思いながら彼等を見送る。


 さて、残るは領主様の病気と叔父さんか。


 「ふあ……」


 「眠いのかリーリエ? レオス、今日のところは休もう。他の襲撃者に備えてサッジさんが警戒をしてくれるそうだよ」


 サッジさんは早々にギルドへ戻って事後処理をしてくれるとのことで、姿を消していた。そういえばもう深夜に近い時間だね。


 「じゃ、お言葉に甘えて休もうか……叔父さんのことはまた明日考えよう」


 「そうだね。もう次ぎが無いと思うけどさ」


 それでも逃げ道を用意している可能性はある。策を考えつつ、僕は夜を明かした。

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