第12話:伏見集落の無眼の凶悪巨大蜘蛛

 凶悪巨大蜘蛛からの思念波は何か安定していなかった無垢な怒りというか、複雑な思念波に受け取れた。明けの明星の光からできていた影はなくなり、代わりに東の空が白みはじめ、物影が消えかかっていた。蜘蛛の巣の縦横糸の交差にある球の煌めきも消えている。


 いよいよ決戦が間近に迫ってきてるのが分かった。撃ち漏らしても、集落の皆は掘りの外に出ているから大丈夫だ。


「だめだ、弱きになっては。大体そういうときは、マーフィーの法則が発動する。これまでのプロジェクトもそうだったし、でも大丈夫だ、予測できたということは、回避の道筋も用意されているはず。マーフィーの法則なんてその程度だ」


 明けの明星の消失のカウントダウンが始まった。


「全員、所定の工程でいくぞ」


「所定のコウテイって? また新しい武器なのか。欲しい!」


「いや、サク、忘れろ。打ち合わせどおりでいくぞ」


「了解! 信士兄ちゃんが撃った後は、自由に撃っていいんだよね」


「ああ、五発までは」(最後の一発は残すように癖を今から付けさせないと。最大ピンチの時の切り札として。フフ、久しい新人教育だな)


「令時さん、またこんな時に微笑んでるよ。後ろからでも思念波でわかる」


「教育しがいのある者を得たときは、それはうれしいもんだよ、十五夜、令時もそうだ」


 明けの明星が陽炎のように揺らぎながら消えていった。


「信士、今だ、撃て!」


「承知しました」


 令時はダイヤモンド製防御壁をすでに錬成していた。凶悪巨大蜘蛛からはすでに弾力性のある無数の鋼糸が令時達に襲ってきている。


 信士が連続で二発の魔弾を四つ眼に向けて放った。凄まじい雷光とともに、敵の鋼糸を破壊しながら、四つ眼のまさしく中央に二発とも着弾し、超爆発を誘導した。


「凶悪巨大蜘蛛は、足を止めている。停止状態だ!」


 サクは信士の後を追い凶悪巨大蜘蛛の右前四足に向けて、魔弾を四連続発射、敵の鋼糸に阻まれて途中で誘爆してしまった。


「あいつ全部の攻撃をとめやがったよ。でも後二発ある。あ、使っていいのは一発か」


 令時は頭部に向けて神ダブルバレルショットガンの引き金を引いていた。銃口から魔弾は青白い光で結ばれており、敵の鋼糸を蒸発させながら進行方向の球筋がはっきりと見えていており、凶悪巨大蜘蛛の頭部に着弾したことを確認した。着弾時に超爆発を誘導し、あたり一帯のネフライト鉱山の破片が降り注いでいた。


 ここまでは初心者部隊にありがちな盲目的な全力攻撃である。敵は令時が予想したように無敵状態になっているようだった。でも、四つ眼は消えている。なんと、頭部には一匹の小さな子蜘蛛といっても、一メートルはあるが、黒焦げた状態でしがみついていた。


「どういうことだ! 考えるのは後だ」


 令時は神ダブルバレルショットガンの二回目の引き金を引いていた。魔弾はやはり青白い光を引きながら、凶悪巨大蜘蛛へ向かう。凶悪巨大蜘蛛が動こうとしている丁度のタイミングだった。サクも同時に、一発を右前一足に向けて、魔弾を放出した。


「サク、ナイスアシスト、完璧だ」


 凶悪巨大蜘蛛は、令時が強敵であることを感じていた。故に無敵状態解除直後にできる唯一のことを。


 四つ眼のわが子を遣られ、右前一足を遣られながらも閃光を放ち、その場から逃走転移したのである。


「令時さん、凶悪巨大蜘蛛がどこにもいません」


「やったー、やっつけたんだ!」


「いやまて、ユツキからスマートフォンに、画像通知が今し方きた。あいつ村の水路に転移しやがった。最悪だ。十三夜! すぐに偵察に行ってくれ」


「ワカッタ、レイジ。それにしてもあの四つ眼は子供ダッタンダネ…… とイウコトハ、本体がお母さんナノか」


「十三夜、今は私情を挟むな」


「たかが蜘蛛ということで侮った。出しぬかれた!」


 無垢な思念波の中に怒りの別の思念波を感じたのは、四つ眼の子供の思念波と、母親の子を守ろうとする怒りの思念波が混じっていたからであった。


 母蜘蛛のほうは眼が無く、無眼の凶悪巨大蜘蛛であった。


「『無眼』か、更にやっかいそうだ。今すぐ撤収する。村の端の水路まで行くぞ」


「十五夜と十六夜は、ここで星形石を調べてくれ、できれば時空の欠片採取してくれ。二個あるはずだ。任せる」


「信士、サク、魔弾を再装填しておけ」


「僕、走りながらできないよ」


「サクは着いてからでいいよ」


 令時は十三夜からの飛行投影画像を脳内に受信した。無眼は荒れ狂っている様子が分かった。九条殿が言ってたとおり、水路は超えられないようだった。水がだめなようなのであるが、無限が放つ鋼糸の雨が襲っているようで村人は苦戦しているようだった。


「急がねば」


 十五夜、十六夜は、残って時空の欠片を採取することになった。


「令時はここにも位置情報共有用のマーカベースを、いつの間にか設置していったな。手際のいいやつだ」


「姉さん、このマーカベースってさ、位置情報を発信してるだけでなんの役に立つの? 令時さんが置いたこの機械は、これで三か所目なんだけど、こう、もっと有用なものにグレードアップできないの?」


「たとえば?」


「マーカベース間で瞬間移動ができるとか」


「我にはそんなものには改造できない。静的な構造物は自由自在に錬成、改変できる。十五夜、そちが改造すればよいじゃないか」


「私が?」


「そうじゃ、そちは、連想実体魔法で空間制御を付与できるだろう。


 荷車を作ったときは、箱が移動できるようにと連想し、連想実体魔法の空間制御付与で車輪が付いたであろう。あれは想像力が貧弱だったから移動の概念が、そのような構造物に錬成したのじゃ。今は、このマーカベースがあるだろ、この位置指示機能を位置転移機能に飛躍し、連想すればできる」


「できるのか? 言ってることが難しくない?」


「できる。我にはできないが」


 十五夜はたしかに連想実体魔法の空間制御ができるのである。今までは、こんな装置は見たことがなかったが『現に存在するものから新たなものになりうる』のである。十五夜は、マーカベースを改変した。


「できた! と思う……、前の二箇所は、改変前のままだから効果は試せないけど。マーカベース間を転移できるはず」


「さあ、星形石を調べよう。上鳥羽集落にあったように記号のような文様はないな。罠はないようだ」


「でも、あの星形石には、無眼の凶悪巨大蜘蛛が張った網の中央にあって近づけないよ、縦横糸の交点の雫のような玉には強毒があるようだし匂いでわかる。どうしたら……」


「こんなものは、こうするのさ」


 十五夜はあっけにとられた。


「何それ。何なの」


 十六夜は直径二十センチメートルぐらいのネフライト鉱で出来た球を星形石めがけて転がした。


「ストライク!」


 蜘蛛の糸は雫の玉もろとも球に巻き取られ、ピンに見立てた星形石に見事にコントロールされ、ヒットした。見立てたピンは一本だが、ストライクには違いない。十五夜はいつも冷静な姉のはじめてのどや顔を見て、自分のほうが恥ずかしくなった。自分もあんなのだろうかと。


 十六夜は令時の記憶経験からボーリングの知識を得ていたのである。星形石は割れており、中に二つの欠片が見えていた。


「これが、ここの時空の欠片か、たしかに二つあるな」


「十五夜採ってみろ」


「大丈夫なの? 手を入れても」


「問題ない」


「どうしてわかるの」


「……」


 十五夜は恐る恐る採ってみた。


「な、問題ないだろ」


「どれ、見せてみな。令時が言ってたとおり、二つ合わさるな。コアナンバー五と六に間違いない。これで三つ集まった」


「じゃあ早く令時さんのところに応援に行かないと」


「そうだな。ここはこのままにしておくか。ここに来たいときにはすぐ転移できるし」


 姉妹はネフライト鉱山空洞内から出た。


「姉さん、橋が落っこちてるよ」


 令時が神ダブルバレルショットガンから放った魔弾が超爆発したときに、ネフライト鉱山そのものを大きく揺らし、掛けていた橋は崩落していたのである。


「令時さん言ってたよ、女子には、この崖の幅を飛ぶのは無理って」


「問題ない」


「どうして、令時さん言ってた無理って」


「帰りはこちらの崖のほうが高いだろ、それだけジャンプ幅を稼げるのだよ。ほら」


 十六夜は、わざと中を舞うように優雅に飛んだ。十五夜も、それにつられて劣らず舞うように飛んだ。


「急ぐぞ! 村の水路まで。社を出たら実態に戻って走るぞ」


 十五夜は牛ドランゴンに、十六夜は漆黒の狼に戻り、疾風のように、翡翠の道を駆け抜けた。後には二筋の光跡が残像のように残っていた。


 そのころ、令時は無眼の凶悪巨大蜘蛛と対峙していた。水路をはさんで、向こう側には村人が避難している。無眼の凶悪巨大蜘蛛は、眼が無い代わりに異様に周囲の察知能力が高く、ネフライト鉱山内にいたときよりも、より俊敏に活動していた。


 姉妹が駆け付けたときには、令時達の魔弾は尽きていた。すべてかわされていたのである。魔弾は、着弾せず、幾筋の閃光が虚しく、空中に放たれていた。無眼の凶悪巨大蜘蛛は余裕の思念波を放出していた。


 令時は紅のドラゴンに変化し、空へと羽ばたいた。横には先に偵察に出ていた十三夜が並走飛行している。


「十三夜、俺の背の位置で並走飛行しろ。俺の鱗はクレナザイトでできているから、無眼からの剛糸の攻撃は、痛くも痒くもない」


 紅のドラゴンのルビー色の鱗が朝日に照らされてキラキラと光っている。


「うおー! あれが噂に聞く紅のドラゴンだ! なんて綺麗なんだ!」


 村人は目前の無眼の凶悪巨大蜘蛛の存在を忘れてしまうほどうっとりしていた。無眼の凶悪巨大蜘蛛からは無視された、という思念波を放出しているようだった。


 下では、牛ドランゴンの十五夜、漆黒の狼の十六夜の二筋の攻撃移動の光跡が見えていた。


 十五夜が超高速で無眼の凶悪巨大蜘蛛の頭に突入し、無眼がよろめいたところを十六夜の爪で右前部残り三本の脚を薙ぎ払った。


 無眼は紅のドラゴンへの剛糸の攻撃はやめ、自分の周囲にネフライト鉱山にあったのと同じ蜘蛛の巣を一瞬で張ってみせたのである。


「姉さん、あの蜘蛛の巣だと近寄れないよ。もう一度突進できない」


「そうだな、右脚は全部薙ぎ払ったし、これで動きは鈍くなったはず。後は、令位守護者、令時に任せよう」


 姉妹で無眼の凶悪巨大蜘蛛の動きをかろうじて封じたようだが、蜘蛛の巣を張られてしまったようだった。神炎のブレスだと一撃で蒸発させられるけど、それだと、このあたり一帯もろとも蒸発してしまう。ここは炎なしのブレスでないとだめだと、令時は思考した。「『神風のブレス』だ。コントロールできるだろうか。失敗したら、もろとも吹き飛んでしまう」


「レイジ、アノ水路に一点集中して、風のブレスをハナッテ。レイジならデキル。ワタシの投影裸眼の映像でホジョスル」


「よし、やってみるよ。十三夜!」


 十三夜は紅のドラゴンの背から離れ、水路にめがけ、急降下していった。


「十三夜からの水路の一点集中の映像だ。神風のブレス! 十三夜、離脱しろ!」


「ワカッタ! リダツシマス」


 令時の放った神風のブレスは水路上に天にも届くような竜巻を発生していた。空からはパラパラと雨粒が落ちてきて、局所的な豪雨と雷が発生した。無眼の凶悪巨大蜘蛛は水には弱く、完全に動きを停止し、雷鳴が轟き、黒煙が発生した。周囲には焦げた匂いが漂っている。


「やったー。令位守護者早神様が仕留めたぞ。あの竜巻は、天龍神の技だ!」村人は口々に叫んだ。村に昔から伝わる龍伝説の技と酷似していた。


「天龍神の技か、神風のブレスをあらため、『龍神風のブレス』という技の名にしよう」


 無眼の凶悪巨大蜘蛛の頭のところに、魔鉱石が落ちていた。


「サク、凶悪巨大蜘蛛魔鉱石を採取してザックに入れておいてくれ」


 サクは、黒焦げになった無眼の凶悪巨大蜘蛛の頭を見てみた。そこには、二つ魔鉱石があった。ひとつは四つ眼の子蜘蛛の物、もう一つは無限の物と思われた。


「早神様、お見事でした。これで、この集落も魔物に襲われることなく、平穏に暮らせます。これは、宇治集落の領主への紹介状です。」


「九条殿、ありがとうございます。山城へ行く前に、宇治集落へ行ってみようと思います」


「しかし、壮観ですな。紅のドラゴンと十夜族の漆黒の狼、そして牛ドランゴンが揃ってるところを見ると」


「ワタシもイルヨ」


 蜂妖精女王は紅のドラゴンの頭にちょこんと座っていた。


「おお、そこにおられましたか、十夜族の蜂妖精女王。見事な決死の急降下でしたよ」


「まあ、ソオウデモナイケドネ。レイジのタメだし」

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