第9話:伏見集落領主との面会

 一行は牛車に乗って移動することになった。それは平安時代の貴族が乗っていた牛車の様相であった。


 上鳥羽集落から東への道のりで、伏見集落へはそれ程の距離はない。街路は、やはり翡翠で覆われており、両脇の路側帯には、緑の光が彼方まで行ったり来たりしていた。通信とエネルギーを両方同時に集落同士を結んでいるようである。建物は石造りで植物のような素材で建物同士が連結されているが、廃墟となっていた。


「ここの道はスマートフォンのオフラインマップ上とは一致していないな。当然GPS電波なんて補足できないし。でも、地名だけは何故か元の世界と類似しているみたいだな」


 令時は時空位相で転移した場所、上鳥羽集落の鎮守の杜に、位置情報を共有するマーカベースを錬成し、設置していた。さらにそこから現在地を割り出すようにスマートフォンのアプリに組み込んでいた。


「この連想実体魔法ってなんて便利なんだ、望んだ機能が最適化されてスマートフォンのアプリとして組み込まれるんだから。元いた世界でも百年後ぐらいにはAIがシステムを完全に自動的に構築してくれるだろうか? いやもっと時間がかかるかもだな」


「令時さん、何か考え事ですか?」


「いや、業務システムを開発するのも大変だったなと。今やこれがあるし。もし戻って連想実体魔法使えたら、何でも連想するだけでできる。いやもっと他のことに使えるかなと」


「AI? 何それ新しい武器もことなの? 僕のリボルバーにAIを組み込んでよ」


「エーアイ、ワタシもホシイ」


 牛車の中では十三夜とサクが新しい武器と勘違いして、勝手に盛り上がっていた。


「いやいやこれは、そういうものではない。忘れてくれ……」令時は苦笑した。


「次の集落に着く前に、実体魔法についておさらいをしておくぞ、実体魔法の練度も上がったからな。令時については、記憶、仮想、連想実体魔法の三種を複合して、物質に対しては、無機、有機高分子を自由に再構成できる。時間、空間に対しては、まだまだこれからじゃな。時空の神宝を使って千夜一夜を時空位相で呼び出すには、これからまだ修行していかないとだめじゃ」


「信士については、記憶実体魔法のみ使えるか」


「十六夜姉さん、信士さんは特殊な共感覚がもとから備わっているみたいなんだけど、これって?」


「そうだな、信士は拡張現実体魔法が使えるかもな。この技は、先代の令位守護者リムが使えた」


「拡張現実か、ARだな。もしかしてARで実体化できるのか」


「AR? 何それまた新しい武器なのか? すごい」


「エーアール、ワタシもホシイ」


「いや、だからAIもARも武器じゃないんだ。忘れてくれ……」令時はまた苦笑した。十三夜とサクはまた何か勘違いして目を輝かせて信士の顔を見ていた。


「先代令位守護者リムか。その人は四種の実体魔法を使えたのか」


「いや、連想実体魔法はできず、代わりに拡張現実体魔法を扱えたと聞いておる」


「先代令位守護者リムとはどういう存在なのか?」


「まず、四種を同時に駆使できたのは、千夜一夜様しか今までいない。先代令位守護者リム様は、我も詳細は知らない、何しろ我が生まれるもっと前の存在だからな」


 本現世のめぐり合わせにおいて、令時と信士で記憶、仮想、連想実体魔法、拡張現実体魔法を組み合わせることができるのは、まさに天命かもしれん」


 牛ドラゴンに変幻した十五夜は、牛車を優雅に翡翠道路を東へと牽引していた。信士を乗せて牽引すること自体が素直にうれしいのである。また、十六夜が信士のことを褒めてたのも自分のことのようにうれしかったので、いっそう牛車は軽やかに弾んで進んでいった。「伏見集落が見えてきたよ! 城門がある!」


 伏見集落は川から引いた水路で回りを囲っていた。しかも外堀と内堀の二重となっている。集落への入口には、内堀のほうに大きな城門が設置されていた。


「十三夜、上空から城門内を探ってくれ。何かあれば思念波でメッセージを送ってくれ」


「ワカッタ」


 令時は十夜族とは離れていても思念波で、コミュニケーションがとれた。映像も、その場の切り取った言わば静止画を共有できた。


「リアルタイムで思念波を接続して映像が受信できれば、ドローンみたいに遠隔で動画が見られて便利なんだけど、そうはいかないか」


「城門の両側には見張りがいるようだ」


「止まれ、ここに何ようか?」


 十五夜の実態である牛ドラゴンがひと鳴き嘶くと、女の子達は、微かに震えているようだ。何と門番は八歳ぐらいの双子の女の子達のようである。


「何この牛みたいなドラゴンは?」


「この地に用があって、上鳥羽集落から来た」


「牛ドラゴンが喋った!」「喋ったね!」


 双子は震えがいっそう増しているようだが、気丈に構えていた。


「ユナ、ユツキ! 僕だよ、サクだよ久しぶり!」


 牛車から飛び降りたサクは、双子の女の子に駆け寄った。


「サク、サクなの? こんな昔の貴族が乗るような牛車に何で? 他に誰か乗ってるの?」


「僕の仲間さ。牛ドラゴンも全然怖くないよ。ほら、村長さんの手紙もあるし、これを上の人に見てもらえば不審な者ではないとわかるはずだよ」


「ユツキ、この手紙を領主様にすぐに届けて」


「了解、ユナ。この石版に手紙を乗せてっと。ここをトンと叩くと」


「いいよなそれ、兄ちゃん達が持ってる石版より大きいけど。絵も撮れて送れるし」


 令時はユツキと呼ばれた女の子がタブレットのようなものに、手紙をのせて表面をスキャンし、画像をどこかに転送した様子を目撃した。


「いやいや、これは石版ではなくて、どうみてもタブレットだよ。どうしてここに」


 伏見集落ではこれで遠隔で情報のやりとりを行っているようだ。デジタルネットワークも無線設備もない世界で、思念波をネットワークの代用として機能させているようだった。


「領主様から返信来た。お屋敷まで御案内するようにと。それと、城門は今日はもう閉じておくようにだって」


「じゃあ二人そろっていけるのね。やったー! 久々のお客様だー。美味しいお菓子出るかなー」


 二人は勢い良く牛車に駆け込んできた。サクもそれに続いた。


「十三夜、屋敷が見えるか?」


「見えるヨ、令時さんのいる場所から五百メートルぐらい行った所にある。更にその先には小高い山が見える。上鳥羽集落と同じで鎮守の杜にナッテル。鎮守の杜の山頂は何か不浄な思念波が漏れてまずい雰囲気がスル」


「ありがと、良く分かった。位置的にはそこは、伏見稲荷大社があったところだ。鎮守の杜の山は稲荷山だな」


 令時は毎年新年に会社の同僚と商売繁盛を祈願して、伏見稲荷大社詣でをしていたが、ここ数年、稲荷山山頂の一ノ峰へは、左回りのコースを行っていた。右回りよりも緩やかで楽だったからである。今は少年なので、今世で登るとしたら、右回りでいっきに登れるなと思った。稲荷山山頂に行く途中の丘に鎮座している伏見神宝神社に、いつも一人で参っていた。この神社には、十種の神宝が奉納されており、その神宝はいろんな鏡と宝玉である。奥の院で迎え入れてくれるのは狛双竜の天龍と地龍である。本殿の傍には、菊の紋が刻まれた謎の石も存在し、いつも気になって参拝した時には覗き込んでいた。


「紹介するよ、令位守護者様の紅のドラゴンこと令時兄ちゃん」とサクが、令時とその一行の皆をユナ、ユツキに紹介した。


「私たち双子の姉妹は、サクと幼馴染なんだ。この前あったのはもう一年前かな。門番やってる。すごいでしょう」と姉のユナが答えた。


「令時様は竜なの? それなら天龍、地龍のどちらなの?」と妹のユツキが質問した。


「空を飛べるから天龍だな」と令時は元の世界の伏見神宝神社の狛竜を思い出しながら言った。それを聞いたユツキは尊敬のまなざしで一瞬目を見開いた。姉妹はサクと同じ歳らしい。普通は大人がやる仕事を八歳でこの城門の門番を任されていた。


 牛車の中で姉妹は、椅子にちょこんと二人並んで膝をついてうれしそうに窓の外の流れる景色を見ている。牛車といえども十三夜の走るスピードは馬よりも相当早く、景色もどんどん流れる。先ほどの緊張した気丈さは消え、小さな子供が電車の窓から外を見ている仕草そのものであった。


 伏見集落は上鳥羽集落と同じように翡翠道路と建造物があったが、水路で集落全体を囲ってあった。しかも二重に作られていた。水路で何かから守ろうとしているのが窺えた。


 中央の広場を超えて、伏見集落の領主の屋敷に到着した。牛車は、駐荷場に誘導され、変幻した十五夜と偵察していた十三夜が合流し、一行は領主の屋敷に迎えられた。


「ようこそ皆さま。令位守護者様、蜂妖精女王様には、お目にかかれて光栄です。この村の領主の九条です」


「フフ、ヨロシクネ。十三夜ダヨ」


 十三夜は有頂天になっていた。姉たちを差し置いて、令時の次に蜂妖精女王様と呼ばれたからである。十三夜は、令時の頭の上を満足げな顔で周回していた。


「私は早神令時と申します。この度は入城とお招きありがとうございます。こちらは、信士それと十夜族守護者の十六夜と十五夜です」


「おお、あなた方も守護者様なんですね。失礼致しました。それとサクや、元気だったか?」


「はい、でも父ちゃんはいまだに行方が知れません」


「サクの父はこの集落に立ち寄ったが、ずいぶん前にここを立ち去った」


「そうですか、今もまだ探してるんだ」


「さ、中で上鳥羽集落で起きたことを聞かせて下され。令位守護者の早神様にはお頼みしたいこともありますし」


 通された座敷にはすでに宴会の準備がされていた。


「宴会だー」「お菓子だー」「お菓子ー」


 サク、ユナ、ユツキは屋敷内を走り回っている。子供にとって宴会とは美味しいお菓子が出される場なのである。


「ここまで準備するには、上鳥羽集落を立った時からしないと間に合いそうにない時間だな。すでに連絡済みか。宴会は久しぶりだな。この少年の体じゃビール飲めないよね。飲めても苦いだけじゃないだろうか」


 ふと、小学生のころ辛口のビールを興味本位で舐めたときの苦みを思い出された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます