第4話:上鳥羽集落外れの巨大蜂

「これほどのドラゴンとは…… 竜なら見たことがあるが。空を飛ぶドラゴンについては、聞いたことしかない」


 十六夜にとって空を飛ぶドラゴンを見るのは初めてのようだった。


 竜種と言えば龍であって、翼を持つのはドラゴンである。ここ東の辺境の地でドラゴンを見た者はいないらしい。


「そうなのか、俺の世界では、両種とも想像上の生物だったが、この世界では実際にいるのか?」


 令時は十六夜に、龍とドラゴンのシルエットの思念を送って聞いてみた。


「この世界では龍もドラゴンもいるが、ドラゴンは西の辺境にしかいないはず」


「そうか、いるのか! 龍もいるのかよ。狼が変幻して十六夜のような少女がいるのだから、この時空位相世界では想像できるものは存在しているか」


「それはそうと、これから南の地、上鳥羽集落へ行ってもらう。そこに、『時空の欠片』が封印されておる。お主の役目はこの時空の欠片を集めて『時空の神宝』をまず生成せねばならない」と十六夜が告げた。


「時空位相したこの世界でも上鳥羽なんだ。そうだとすると、あの塔より更に三キロメートル南に下るのか。塔の名は京都タワーなのか?」


「塔に名はない、我が崩壊した構造物から連想して復元した塔じゃ。翡翠のエネルギーを集積し、変換して各地にエネルギーを供給しておる」


「では、ドラゴンになってひとっ飛びしてもらおうか。集落の外れまでよろしく頼む」と十六夜が無邪気に首元まで飛びついてきた。


「いやいや。まてまて、まだドラゴンになってないし」


 お姫様抱っこ状態で、令時は恥ずかしいようなうれしいような感覚だった。


 令時は仮想実体魔法で紅のドラゴンに変幻し、十六夜を背に乗せて、大空に舞い上がった。先ほどは有頂天で周りを意識してなかったが、下を向くと、緑が一面に広がっていた。翡翠の構造物が木々のように見えていた。その中を道路のようなものが縦横に走っていた。道路からエネルギーのようなものを翼に感じ、ルビー色の翼はそのエネルギーで紅色に輝いていた。塔の上空では高エネルギーを受け取ることができ、飛行速度も上がった。


 上空からは南へと流れる桂川と鴨川の合流点に位置する上鳥羽集落が見えていた。


「どのあたりに下りたらいい?」


「もう少しで、集落の外れに到達するから、あの翡翠の風車のあたりに降りて。しかし、お主すごい速さだな。本当は我の背に乗せて走って行こうかと思ってたがこれは早くて楽じゃ」


 令時は翡翠の風車の風下に降り立った。風上へはエネルギーが流れており、まだうまく飛べないように感じたからであった。


 良く観ると翡翠の風車は、風を受けて回っているのではなくて、自力で回転して生み出されたエネルギーを道路に排出しているようであった。令時にとってまったく未知のテクノロジーで興味が尽きなかった。


「十六夜、もう元の体に戻ってるから離れてくれないかな。くすぐったい」


 翡翠の風車の傍に降り立った前方の道路から悲鳴が聞こえる。何やら猛スピードで馬車、いや牛車がこちらに向かってきているのが見えた。


 その後方には見たこともない大きさの巨大蜂が追ってきている。その巨大蜂から逃れようとして、こちらに疾走してきているようだった。


 荷車を引くのは牛のように見えたが、牛にしては、走る速度は、馬よりも異様に早かった。


 このままでは逃げきれないと、信士は思った。


「回避不可か仕方がない十五夜(かぐや)! 最後尾の荷車を切り離せ!  時間を稼ぐ」


 切り離された荷車へ、信士はリボルバーから一発の魔弾を放った。荷車に収められていた鉱石が魔弾から放出された思念波に反応し、激しく雷鳴をとどろかせながら爆発した。爆発の衝撃で巨大蜂は、羽を破損しながらもなお執拗に追跡してきていた。


「信士、あいつに直接リボルバーで撃ち抜いてはだめなの?」


「この魔弾の思念波では、あいつの魔鉱石には効果がない」


「牛車を乗り捨てる。十五夜、変幻を解いてこの子を守れ」


 変幻を解いた十五夜に、集落からの案内者である小さな男の子がしがみついている。


 信士はバランスを失いつつある牛車にめがけて二発目の魔弾を更に、最後の一発を十メートルはあろうかと思われる巨大蜂の目に向けて撃った。


 荷車と同じく、牛車も激しく雷鳴をとどろかせながら爆発した。巨大蜂の目に魔弾が着弾し、雷光が誘導された。巨大蜂は、その雷光で目標を失い、道路の隅の翡翠の風車に激突した。信士は一時的にだが、巨大蜂を足止めできたと思ったようである。


 令時は巨大蜂が爆発と雷光で翡翠の風車に激突し、追跡が止まったのを目撃した


 。巨大蜂は、更に凶暴化しているように見えた。


 牛車を引いていた牛のようなドラゴンは、変幻して少女になっており、その背には小さな子供がしがみつき、そばには少年が立っているのが遠目から見えた。


「追われているようだな、あの巨大蜂を葬る方法があるか、十六夜?」


「お主が焼き切るのが一番手っ取り早い」


「俺が?」


「そう、ドラゴンになって炎のブレスで焼き切るのだ」


「ドラゴンになる方法を覚えたばかりで、ブレスの吐き方なんてわからないが、やってみるしかないか」


 令時はドラゴンがブレスを吐く場面を想像しながら、紅のドラゴンに変幻し、記憶と連想しうる最大限の炎のブレスを実体魔法で生み出した。こんな歳になって、中二病かと内心苦笑しながら『神炎のブレス』を、巨大蜂に向けて放出した。翡翠の風車もろとも巨大蜂は灰のようになって消滅していた。


「一撃だな。こんなに火力が出る炎なんてやりすぎてないかこれは? 今後はもっと制御しないといけないな」


「さすが、お主。令位ともなると、記憶と連想だけでこれほどの実体魔法を生み出せるのか。仮想実体魔法も組合せば、どれほどになるのか、我にも想像がつかん。かつて世界を守護した歴代の令位守護者達いたがもうそのレベルにすでに達しておるな」


「前にもそんなこと言っていたが令位守護者か。なんか心地よい響きだな」


「ほら、あそこに巨大蜂の魔鉱石が落ちている。取っておくとよい。武器などの物理素材に利用できる」


 一方、信士は翡翠の風車の北の方角から、いきなり爆炎が巨大蜂にめがけて飛んでくるのを目撃した。


「大丈夫か十五夜。爆炎が来たが」


「大丈夫よ。それより、巨大蜂が灰になって消えている」


「何者なんだ、あの少年が突然赤いドラゴンに変幻して炎のブレスを吐いているし。あの炎の威力と効果は、映画でも観たことない」


「映画って何?」


「仮想の記録映像だよ」


「ふーん。そんなのがあるんだ。今度見せてくれる」


「無理です」


 目をきらきらさせていた十五夜は、信士に無理と言われてしょんぼりしているようだった。


「誰か見せてくれないかなー。令位守護者様だったらできるかも」


「令位守護者って?」


「かつて世界を守護された方たちで、代々連綿として実態魔法の技を継承されてこられた。姉が最近、


 その令位守護者様が時空位相されてこの世界に顕現されたから探しに行くと言ってた。


 信士も同じ時期に時空位相されて来たから、多分同郷だと思うの」


 信士達は謎の炎によって巨大蜂が消滅し命拾いしたことに安堵したようで、道端に座り込んでいた。


 その様子を見ていた令時は三人に歩み寄った。見覚えのある顔が一人いた。


「信士! 生きていたのか! 俺だ、早神だ、わかるか?」


 少年の容姿になっているが、一目見て部下だった信士とすぐに分かった。


 もう随分と一緒に多種なプロジェクトをこなして来ているのである。


「早神…、統括マネージャ! あの異変以来どうなったかと。


 同じ位相空間に送出されていたんですね。唐條のほうは、あの場所でどうなったか不明です。


 それにしても、早神統括マネージャ、身体からものすごいオーラが上昇気流のように放たれてます。それに私と同じで少年になっておられる」


「そうか、信士は特殊な共感覚が備わっていたな。見えるのかオーラが。今は、もう以前の会社のような上下関係もここでは無意味だし、令時でいいよ。唐條は心配だな。一人であの地下七階にいたから」


 令時はスマートフォンで受信した最後のメッセージを思い起こし、いずれ唐條が居た場所に行くことになるだろと思っていた。


「では、統括マネージャ、ちょっと抵抗あるけど呼び名は令時さんということで。横にいる少女は誰ですか?」


「この少女は十六夜という名前で、実態は漆黒の狼。信士の傍にいる少女と似てるな」


「そうですね、似てますね。こちらの少女は十五夜と言います。実態は牛ドラゴンです。牛とドラゴンのキメラです」


「さっき、炎のブレスを放った赤く輝いていたドラゴンがいましたけど、どこに?」


「それは俺だ。変幻できるんだよ。紅のドラゴンに。攻撃手段は今のところブレスの神炎だけだ。今は制御ができず放つと暴走状態で、周りは見てのとおりこの有様だ」


「十六夜姉さん! やっと令位守護者様を見つけられたのね」


「ああ、十五夜。やっとだよ。まだ半人前だけど、待ちに待った正真正銘の令位守護者だよ。早神家の出で令時という」


「先代の早神の令位守護者様は亡くなられて数千年経つよね」


「そうだね、どの年代の時空位相からの顕現か特定できないけど、こちらの時間で幾千年は経ってる」

「そんな過去から今に時空位相されてきたのか。紅のオーラを纏ってるのはそのせいかもね」


 燃えたつような紅のオーラを放つ令時を見た十五夜は、見惚れて釘付けになっているようだった。


「十五夜、さきほど、巨大蜂に思念波を閉じ込めた小物体を放出しておったその者は何者なのか?」


「設楽信士って言って、思念波を物体に自由に装填できる。放出はこのリボルバーってやつで撃つんだ。武器の構造体を信士は、記憶実体魔法で作れるようになった。まあ、まだ信士の錬成も半人前だけどね。最上位の令位には届かないけど、守護者付には成れる素養があると思う」


「そやつは令時の同郷ということだな。我らは北の地の四条から上鳥羽集落へ向かうところだ。例の欠片を集めにな」


「ところで信士、何故あんな魔物に追われていた? その少女にしがみついているその男の子は?」と令時は尋ねた。


「ここより南に上鳥羽集落があって、そこで魔鉱石を集めていましたが、男の子が巨大蜂に追われていたのを助けようとして……」


「僕はね、翡翠集めてたんだ。一片一銅貨になるんだ。でももっとすごいもの見つけたんだ! きっとあれは時空の欠片だよ。見たこともない光放ってたもの」と男の子が続けて言った。


「そうか、俺らはその上鳥羽集落へ行こうとしていたところで、ここまで来ていた。目的はその時空の欠片を見つけ出すことだ。坊主、上鳥羽集落へ案内してくれないかな」


 紅のドラゴンが放出した神炎は、巨大蜂のみならず、翡翠の道までも跡形もなく吹き飛ばしていた。道路はえぐられて、翡翠が溶解したあとに再結晶化し、半透明な緑の側壁がずっと連なったように変形していた。


「助けてくれてありがとう。兄ちゃんが、炎でやっつけたんだよね。上鳥羽に行きたいの?」


「まあ、そうだな。ちょっとやりすぎたけどな。坊主の名は?」


「サク」


「サクか、いくつになる」


「八つだよ」


 言葉による会話は普通にできるようだった。思念波によるコミュニケーションは、信士達とはできたが、この子とはできなかった。思念を読み取ることはできたが伝えることはできなかった。


「上鳥羽集落の時空の欠片を見つけたところに案内して欲しい」


「僕たちも一緒に行くから大丈夫だよ」


「信士兄ちゃんも一緒についてくれるのなら行ってもいいよ。でも家に帰ったら母さんに怒られるな」


 信士は牛車を荷もろとも放棄したので、また上鳥羽集落で魔鉱石を集めなくてはならず、令時とともに一緒に行くことにしたようだった。


「ここの翡翠を持って帰りたい」


 サクはタガネで翡翠の一部を割りとって、ザックに入れた。


「ふふ。ここに来たらいつでも、最上級の翡翠が取れるよ。もう、あんな山奥に集めに行かなくていい。村全員でも採り尽くせない量がここにできた。いいよ、お礼に案内してあげる!」


「そうか、よろしく頼む」


「信士も同行してくれ、いろいろ聞きたいことがあるし」


「わかりました。令時さん」


「この世界での翡翠鉱物は、何かエネルギー源に利用されているのか?」


「いえ、エネルギー源ではありません、何かのエネルギーの流れを特定方向に制御することで、情報と物理エネルギーが送電されているようです。思念波は情報から物理エネルギーに自動的に変換されます。十五夜の受け売りの説明ですがね」


 十五夜はどや顔の表情でふんぞり返っていたが、十六夜は冷めた目で妹を見ているようだった。


 信士はこの最上級の翡翠のかけらを採取し、リボルバー武器の属性石装着部にセットした。思念波変換効率はこれで途方もなく上昇し、破壊力が増すらしい。


 十五夜の説明では翡翠にはグレードがあって三等級に分かれる。三等級の天然の翡翠、二等級の化学処理した翡翠、一等級の再結晶化された翡翠。一等級の翡翠は最上級で情報と物理エネルギーの効率が各段に違う。とくに最上級の再結晶化された翡翠は天然では珍しく貴重らしい。それほどの翡翠がここ上鳥羽集落に至る道に神炎のブレスによって突如生成されたのである。

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