第2話:少女十六夜と記憶実体魔法

 目の前にいるこの凛とした狼は十六夜と言い、令時を人の子と呼んだ。


 令時は、定年間近で子と呼ばれる風貌でもない。


「左手首あたりが重い」機械式自動巻き腕時計が重いのである。しかもメタルバンドと腕に隙間があり、サイズが合っていなかった。


「腕が細くなってないか? 体が中学生ぐらいの大きさじゃないか!」


 令時はスマートフォンを鏡代わりにして覗いてみた。


 眉間のしわもなくなって、少年に戻っていた。中学生時代の容姿に。


 中学生時代の自身の顔ははっきりと思い出せた。というのも自身のキャリアアップで数回転職しており、提出する履歴書の免許欄に中学生時代に取得したアマチュア無線従事者免許を記載するからである。


 その免許証には、色あせた白黒の顔写真が貼ってあった。


 十六夜の思考である思念波が今度は、はっきりと理解できた。


「そなたの名はなんという」


「俺は早神令時、令時だ。ここはどこなのか? 草原のようだが何もない」


「早神か……」


 一瞬、十六夜が身構えたように見えた。


「何もない? 思念を張り巡らせて周りをよく観ろ」


「思念って、どうすれば?」


「右手に持っている護符に集中するのだ」


 右手には、唐條からもらった最強護符(角大師)があった。令時は右手に握り締めている護符に集中した。以前、四条烏丸で霊視していたように。


「その護符はただの記録媒体ではない。文字と図案に時空の記憶が埋め込まれておる。時空の記憶じゃ」


 令時は護符に思考を集中してみた。頭の中に何かの記憶が展開されるのを感じた。


「そうか、この感覚が時空の記憶というものか」


 あたり一面の草原が一転して、機械文明の成れの果てというか、石造りではあるが、植物を融合したような朽ちた構造物が整然と存在していた。


 外壁の石は更に、何かの鉱物で覆われているようだが、風化して内部の石がむき出しになっている。


 建物の構造物は、それぞれ植物のような木質系の橋で連結されていた。


 道路は翡翠で全面に覆われていた。翡翠道路には緑と青い光の筋が行き交いしていた。その光には何かのエネルギーが含まれているようだ。


 道路のはるか前方をみると雲を貫いている塔が見えた。ここを四条としたら距離にして京都タワーがあるあたり、三キロメートルほど先に見えた。


 令時の右手に握り締めている護符には、周りの翡翠から紫の筋が纏わりついており、見たことないテクノロジーがそこにあった。


「あれ、狼の十六夜はどこに?」


「さきほどからここに居るぞ」


 目の前の翡翠ベンチに深草色のワンピースを着た少女が座っていた。額には漆黒の狼と同じ白菊の文様がうっすら浮かび上がっている。


 漆黒の狼から少女に変幻したのである。


「そなたには、これから思念波で時空間を操れるようになってもらう。

 かの場所で思念体を開放してもらうために。この世界の人間は思念波の概念が欠落しており、どうしても時空間を扱うことは無理なのじゃ。まずは自分の合う触媒の翡翠を生成せよ」


 令時はどうやって生成するのかもわからないまま、翡翠に関係する記憶をたどっていた。


 昔、糸魚川に翡翠をとりに行き、大きさが、こぶし大の翡翠を拾ったことを思い出した。


 その経験を思い浮かべていると、手にはいつの間にか磨かれた宝石のような翡翠が収まっていた。無からの物質生成である。


「護符の力でこんなことができるのか」


「護符の力は、そなたの記憶に干渉しただけで、もともとは内在しているそなた自身の思念波の力だ。記憶から時空を通して生成された翡翠に、願望も同時に発現して、原石ではなくて磨かれた翡翠の宝石が生成されたのだ」


 令時は今まさに『記憶実体魔法』を取得したのである。


 十六夜の説明によると、記憶実体魔法は記憶から物を復元できる技であるらしい。修練すれば無機物、有機物を問わず錬成できるようになる。さすがに生物は無理なようだ。


 この世界で価値がどれぐらいあるか知れないが、金、銀、ダイヤモンドのように一種類で構成される元素の物質は思い通りに作成できた。


「まあ、水はふんだんに作れるのでありがたい」


 令時はグラスと水を生成してみた。出てきたものはクリスタル製のストレートショットグラスに入った水。


 祇園四条の高級バーが出すようなグラスに少ししか水が入っていなかった。しかたなく、その水を飲んで喉の渇きを癒した。


 ガラスコップになみなみと入った水を連想したが、余計な願望が邪魔をしたようである。


「十六夜も飲むか?」


「まずいな、水しか入ってない。我の作ったこれを飲んでみろ」


「おいしい! ミネラル類を含んでいるのか。生化学実験で使う超純水を飲んだことがあるがまずかった、やはりミネラルが微量入ってないといけないのか」


 令時は様々なものを生成し続け、こつをつかみ、有機物の生成の錬度も上げて、パンとワインぐらいは作れるようになった。まるでキリストのようである。


 しかも錬金術も扱えた。生物は錬成できないと、十六夜は言っていたが、たぶんDNAからできているウイルスは錬成できるだろう。


 十六夜は令時の記憶と思念波から考えを読み取って言った。


「記憶実体魔法をだいぶ使えるようになったようだな。ウイルスの錬成はやめときな。令位階級であれば当然できるが厄介なことになる。ところでお主には、ここより南の村で封印を解いて欲しい神宝がある。神宝と言ってもその欠片になるが」


「このあたりは荒廃して人の姿は見えないが、南には村があるのか。この世界の文明のレベルはどうなんだ?」


「行ってみればわかる」


 令時の脳内に十六夜の記憶の思念波が流れてきて、村の様子が浮かび上がった。


「今の映像は我の数十年前の記憶じゃ。今はどうなっているかは分からぬ」


 認識した映像は、この場所と同様で放棄された石造りの建物があり、建物同士は植物らしきものでできたロープで連結されていた。道路には何かしら乗り物らしきものが行き交っていた。


 広場では、子供たちが剣で遊んでいる風景が見え、大人の服装は素材が何かわからなかったが、令時の居た世界でも通用する風貌であった。


「村に行く前に『連想実体魔法』と『仮想実体魔法』も覚えてもうらおうか」

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