時空の神宝 ~時空位相に落ちた先にあったのは~

第1話:時空位相送出

 京都四条烏丸通り沿いのビルの一角に事務所が移転してからというもの、早神令時 はやがみれいじは、とある異界の怪異現象に悩まされていた。令時はIT業界に勤めるエンジニアで、統括マネージャをしており、定年まであと三年だが、まだまだ最前線で仕事をしていた。


 そんな令時には烏丸通りに落ち武者の影、牛車の列、時代を問わないさまざまな怪異が見えてしまう。


 普段は無視していれば問題ないのであるが、霊波が合ったときは障りがあり、無視できず体調不良に陥ることもしばしば経験していた。


 社内で怪異を察知するものがほかに二人いる。部下のプロジェクトマネージャの設楽信士したらしんじとプログラマ兼助手の唐條葵とうじょうあおいである。


 令時は経営陣から魔法使いと呼ばれていた。プログラムの作成からサーバ・ネットワーク構築、プロジェクト管理、果てはデザインまで一人で手がけていた。


 まるで結果があるかのごとくシステムを構築してしまい、文系から見るとなんでもできるように見えた。


 いつものように令時は、とあるプロジェクトを進行させていた。


「今日は夜間作業か。もう歳だから次の日は堪えるだろうな」


 明日の大規模システム切り替えのため、今日は切り替えリハーサル最終日を迎えていた。もう何度も進捗表を元にリハーサルをしており、最終動作確認をしているのである。


 総員百名でのリハーサルであるが進捗表の中で、どうにも前から気になるところが一箇所あった。


「信士、この午前二時の空白の予備十分間はなんのために取ってあるのだ?」彼は最前線の現場を統括しているリーダーである。


「午前二時の予備十分間は休憩のためって、唐條が言っていましたが」


「このタイミングでたった十分間の休憩は意味があるのか? 唐條は今、どこのポジションにいる?」


「今日は例の地下七階で機器の配置とネットワーク状況の動作確認で、そのまま明日の移行作業まで現地にいます」


「ああ、そうだった。関西が壊滅しても、地下七階建造物だけは残ると言われている伝説の場所だな」


 唐條はまだ、二十代のプログラマだが、時間管理のセンスがよいので、いつもは令時の助手兼タイムキーパーの役割を与えられていたが、今日は地下七階のコンクリートで補強された強固なサーバ室で一人で作業をしていた。


「あ、やだ。地下七階までたどり着くのに何度、セキュリティーパスを通過しないといけないのかしら。早神統括マネージャは、比叡山最強護符をちゃんと受け取ってくれてるかしら。


 あの護符さえあれば、どんな障りが起こっても守護されるから。なんか最近いやな感じがありすぎて、早く戻りたい」と唐條は一人で不安な様子だった。


「唐條がこんなもの置いて行ってしまいました。比叡山の最強護符(角大師)で実家のお寺から取り寄せたそうです。ここを守るんだって言ってましたが」護符を見ながら信士がつぶやいた。


 令時はその護符をみて、霊位的に、たしかに効果があるように思えた。護符には白の霊位が霧のようにまとっているのが見えていたのである。


「信士、この護符から何か感じるか?」


「その護符からは時空間を調和するような青色と複雑な記号が見えます。護符の守護の力で、このあたり一帯は結界が張られて怪異もなくなると思います」


 令時は彼から、特殊な共感覚が備わっていると打ち明けられていた。


 時空間に色と記号が同時に見えるらしい。脳内の情報処理経路が一般とは異なって、特殊な知覚現象となって見えてるらしいのだ。


「そろそろ午前二時になる。各現場の進捗確認をしてくれないか」


「京都第三サーバのバックアップ完了作業が遅れています。遅れを取り戻すため、予備時間を使っていますがそれでも、十分間の遅れが生じています」


「前回のリハーサルでは問題なかったのに、京都第三サーバのトランザクションデータがなぜか大幅に増加しているようだな。ん、モニターに人影が? 今は関係ない無視だ」


 午前二時〇分、ここで唐條が作業進捗に挿入した謎の十分間の待機が入っている。


 この十分間で京都第三サーバのバックアップの遅れを取り戻すには、到底時間が足りないように令時は思った。


 とその時、四条通りに面した窓越しに何か青白い光りが走り、地中からゴーという音が鳴動したかと思うと、大きくゆっくりとした揺れが襲ってきた。


「まずいな、この揺れかたは。緊急地震速報は入っていないし、社内設置の緊急地震速報受信端末も反応が無い。直下型か!」


 部屋が大きく揺れているなか、比叡山の最強護符(角大師)を貼ったテーブルの仕切りのあたりは、結界を張ったごとく何か白い霧で保護されているように見えていた。


 鉄筋コンクリートのビルのきしむ音が聞こえ、崩れるごう音の中、スマートフォンの着信メッセージのLEDが光っていた。グループチャットで唐條からのメッセージであった。


『護符に遠隔守護発動させました。ご無事を…… 葵』


 唐條が打ったメッセージの最後は途切れていた。周囲が真っ暗な中、令時は次第に意識を失っていった。

「ここは?」

 令時は意識を取り戻し、周囲を見渡した。ビルも何もない草原の只中に一人、横たわっていた。夜空には、うっとりとするほどの金色のオーロラが、まるで風に吹かれているように全天に揺らいでいた。


「この冬の時期、オリオン座が天頂に輝いているはずだが見えない。いや形が違っているのか。左上の赤い星ベテルギウスが無い。俺は死んでしまったのだろうか?」


 令時の左手には会社のスマートフォン、右手には護符を握り締めていた。スマートフォンの待ち受け画面には、〇九四六年一二月十日午前二時十分となっていた。


 日時はあっているが、年表示がおかしなことになっていた。内ポケットにある私用のスマートフォンを取り出して見たが、スマートフォンは圏外になっているものの、年表示は同じ〇九四六年だった。


「とっさに霧の中に飛び込んだが、死んでしまったのだろうか? でも、手には、スマートフォンは持っているし、どこかに転移したのか? そんなことがあるのだろうか? ブラックホールに飛び込んだとしても、物質は完全停止状態で生きられるはずもない。そうだグループチャットで葵からのメッセージが入っていたはずだ」


 メッセージは『護符に遠隔守護発動させました。ご無事を。第七階層で待っています。 葵』とあった。令時が最初にグループチャットを見たときと違い、新たな言葉が追加されていた。『第七階層で待っています』という文字が。


「おかしいな。文字が追加されている。信士も霧に同時に入ったはずだが姿が見えない」


 意識がはっきりしてきた令時はさらに周囲を見渡すとすぐ傍に、全身は黒の金属様であるが、それでいてシリコンのようなやわらかい毛で覆われている生き物が目に入った。その獣は二メートルはあろうかと思われる漆黒の狼で額に白菊の文様が入っていた。襲い掛かっては来ないようだが、じっとこちらを見つめていた。目を合わせると、何かの思考が頭の中に変換されて聞こえてきた。


「やっと、思念波を交じ合わせられる令位守護者に会えた。わかるか人の子よ」


「俺は、なぜここにいるのか。皆は? お前は何者?」


「これが人の子という者の思念波か。なんとまあか弱い。我は、この地を納める守護者、十六夜(いざよい)なり。この地の思念体が滅びて幾千年と経つ。本日ここに時空位相してきたものがお主じゃ」


「スマートフォンが表示している時間が正しければ、今は〇九四六年、幾千年ということは、もしかして一万年オーバーしての〇九四六年の表記なのか?」

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