第31話

「胡蝶先生……?」

俺の脳裏に、あのぽややーん、とした先生の顔が思い浮かぶ。

良くも悪くも、虫も殺せなさそうなあの人に、この暴走列車の擬人化みたいなメイシが倒せるようには思えなかった。

俺の不安そうな顔から察したのか、風間さんは「……そう思うよね」と苦笑いする。

「……でも、すごいよ。あの先生」

ドオン、と下から強烈な爆発音が響く。

空気がビリビリと震えて、俺はとっさに風間さんにしがみつく。

情けないが、俺だって命は惜しいのだ。

「……噂をすれば、だね」

風間さんは何が面白いのか、はじめてにやりと口角を吊り上げた。

「おーい、二人とも平気〜?」

胡蝶先生が、大声をはりあげて俺たちに言う。

「こっ、胡蝶先生後ろ!」

胡蝶先生の背後に、ナイフのように尖った漆黒の物体が迫る。

だが、胡蝶先生はいたってどうでもよさそうな顔で、その物体を見つめた。電線にのっかてる鳩を見つけたときのような、普通の日常的な風景に対峙しているような、そんな余裕。

「」

胡蝶先生が何かつぶやいた。

風間さんはそれが合図のように、さらに風を巻き起こして高度を上げる。

それとほぼ同時に、鼓膜が破れそうなほどの爆音がした。雷が落っこちたときのような衝撃が、空気をびりびりと振動させる。

「胡蝶先生……」

土ぼこりで辺り一帯の視覚的情報はシャットアウトされていた。

ツァーリスの姿が見えた。手ごたえがあったのか、勝ち誇ったように天を仰いでいた。

だがツァーリスの足元から、いきなりなにか木のようなものが生えてきた。

トトロだってこんなに急激には成長させないぞ、というレベルで木は一気にツァーリスの背丈を追い越し、彼を囲い込んでいく。

「……勝負あり」

風間さんは口の片方だけを吊り上げると、一気に高度を下げた。

「ちょちょちょちょ!」

ジェットコースターなんてかわいいものだと感じるほどの、浮遊感が襲う。魂と、ついでに胃袋だけ上空に忘れてきたような感覚だった。

「沖縄に行ったことはある?」

地上に降りてきた俺たちに、おもむろに胡蝶先生が問うてきた。

「これは、ガジュマルの木っていうんだ」

胡蝶先生は恋人に接するように、丁寧に慎重に、だけれど遠慮なく暴くように木の幹に指を這わせた。

「沖縄には、この木が人を絞め殺した話がある」

ぐ、と木をなでる指に力が入ると、ツァーリスを取り囲む檻のような形から変化する。

「ぁぐ」

ツァーリスは苦しそうなうめき声をだすと、浅い呼吸を繰り返した。

胡蝶先生のほのぼのとした春の日差しのような雰囲気は消えていた。虫も殺せないと思っていたが、今では彼一人で世界中の全ての人を皆殺しにできそうな、恐ろしい雰囲気をまとっていた。

「正直に答えろ。お前、純粋なメイシじゃないな?」

「こた…えるか……」

ツァーリスが息も絶え絶えに言う。

胡蝶先生の目付きが鋭くなり、指にさらに力が入る。メキ、と木の軋む音か、彼の骨の軋む音か、はたまた両方か。とにかく何かが軋む音が静かに響いた。

「ッ!」

胡蝶先生が突然彼から距離をとる。

風間さんも、俺を抱えて一気に五十メートル離れた。

「何っ!?」

「静かに」

風間さんが俺の口を塞いだ。

ガジュマルの木が燃えているのが、視界の端にうつった。

「まどろっこしい真似してんじゃねぇ」

現れたのは、火守だった。

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ニセモノの魔法使い 新谷風 @--siki--

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