第29話

うずくまりながら、地面に情けなく手をつけながら。

その一言を放った。

自分でも驚くほど、容易くそれはできた。

全神経が、手のひらに集まる。

血液が熱くなって、血管を勢いよく流れる。

そして、手のひらまできた熱が、一瞬で冷える。

バリバリ、と氷の作られる音が鼓膜をゆさぶる。

激しい衝突音が、脳みそを揺らす。

目の前には、今にも溶けそうな薄い氷の壁があった。

どうやら攻撃を紙一重で防げたみたいだ。

が、正直次は無理かもしれない。

「はぁっ……はぁ、っあ」

軽い過呼吸が襲う。

「……しぬま、えの…奇跡か」

彼は感情のない声でこぼした。

死ぬ前──俺は不思議と笑いが込み上げてきた。

「ここで死んでたまるか!」

もう一度、全神経を手のひらに集める。

血液が沸騰するような感覚が、過剰に分泌されたアドレナリンのせいで気持ちいい。

あぁ、これがトリップって感覚だろうか。

脳内で自家製のシャブが生成されて、身体中に巡る。

自分を上から俯瞰する謎の超越的な自信と、今自分が戦っている、生きるか死ぬかのどちらかである、という恐怖をやわらげるための麻酔的な要素。

口の端から、「ふは」と悪役のような笑い声がもれた。

九条高校は山のてっぺんから麓まで、森に囲まれている。

この森はメイシゲートが発生しやすい時空かつ、この辺りの地方のメイシゲートが街に代わってこの森に発生するようにできている。

だからって、こんなあっさりメイシに遭遇するなんて。

俺は持ちうる限りのしょぼくれた知識を総動員して、生き残る術を探す。

とはいえ、ここは所詮は九条高校の敷地内。

大きさもしれているし、もう少し走れば隣の警備エリアに入るはずだ。

そうすれば、クラスメイトや他の魔法使いがいるはず。

逃げるが勝ちだ!

俺は小学校の徒競走五人中三位の実力で走り出す。

「ま、て。ドブネ、ズミ」

「誰がドブネズミだ!俺は人間だよバカ!」

攻撃を氷壁でふせぐ。

が、今度は氷壁がわずかに押し負けて、軽く攻撃が届いてしまう。

「ぐあっ」

軽く一メートルほど、後ろにぶっ飛ばされた。

俺は突き飛ばされたいじめられっ子よろしく、みじめに尻もちをついた。

「お、わりだ」

抑揚のないロボットよりも無機質な声でつぶやく。

終わった。

俺は今度こそ死を感じた。

くそ、走馬灯を見る余裕もねぇのかよ───

「お前がな」

同じように、抑揚のない声がした。

だけど、それは敵の声ではない。

ぶわ、と強い風が吹いた。

「待たせたな、学生」

ふわふわとした髪の毛が、竜巻のような風で揺れる。

「魔法使いのお出ましさ、メイシくん」

彼はそうつぶやいた。

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