ラベンダーさんとオレンジくん 奴隷の解放を阻止せよ! Miss Lavender and Mr Orange Foil the Emancipation of Slaves
第3輪 世の中には、守られない約束のほうが多い
第3輪 世の中には、守られない約束のほうが多い
ねえ先生、教えてよ
どうしてぼくはみんなとちがうの? なんでこんな姿なの?
――ラプ・ティラノ
教室でひとりの生徒が手をあげる。
「先生、どうして3次元の生き物は食べないと生きていけないんですか?
ぼくたち霊は食べなくても生きていけるのに」
「……Well, それはかんたんだ。どうしてハローはハローっていうと思う?
あの次元はそういう物理法則なのさ」
人間にくちばしが生えた姿の生徒は、先生の答えに納得できないようだった。青みを帯びたクセのない髪の少年は、灰色の瞳でまっすぐ先生をにらみつけた。
存在感あるくちばしは、手入れもしっかり行き届いており、この教師の自信のあらわれともいえた。教師のひょうひょうとした軽い調子にひるまず、もう一度少年はたずねる。
「でも、もし人間が食べないで生きることが可能だったら、植物至上主義者とか、その、
brownail――茶尾族の問題も起こらないと思うんですけど」
天井と壁を半分うしなったコンクリートの無骨な建物。外にむき出しになった3階の教室にかわいた風が黄色い砂ぼこりを運んでくるが、ブレイシーズスーツのコンゴウインコ頭の先生は物ともせず生徒の質問に答えた。皮肉まじりに。
「Good question! ラプ・ティラノ! ところで、なぜおまえはキウイなんだ?
もしおまえがキウイじゃなくてほかの鳥なら、飛ぶこともかんたんだっただろう」
クラス内にちょっとした笑いが起こった。サルやネコなどの精霊は笑わないよう抑えていたが、翼を持つ精霊たちはあからさまに吹き出していた。冷たい笑いだ。
「差別だ!」ラプは顔を真っ赤にして怒った。
「気にさわったならあやまるが、おまえの質問は同じことじゃないか?」コンゴウインコの精霊はデスク――どうひかえめにいっても教師用とはいえないもので、デスクを支えていた4本足のうち1本はどこかへ消え、残りの三本も長さがばらばらで、ななめに傾いた使い物にならない教卓――においていた手を離し、教室のなかを歩き始める。ひとりひとりの動物の精霊たちを見ながら「人間はどうして食べないと生きられないのか? なぜいつも殺しあったりナワバリ争いをしてるのか? ――飽きもせずバカみたいに――って質問は差別でもなんでもない、ただの事実だ。そして答えはかんたんで、ヤツらはバカなのだ、3次元の動物みたいにな。でもヤツらは、ちょっとほかの動物より進化してるからって、自分たちがえらいと思ってる。自分たちが発展途上だとは決して思わない。ごうまんな動物なんだ」
「……でも」
「いいかラプ、ハローがハローの意味であるように、あれが人間の生態なんだ。そういうふうにDNAがプログラミングされてるんだ。どうしてそうなったかなんて、膨大な歴史を振り返っても意味がない。ま、言葉のハローの歴史はちょっとおもしろいけどな。結論として、
だから植物界や動物界が人間界を支援してるんだ」
「……」
キウイの精霊ラプは腑に落ちないでいた。先生のいってることはわかる。
でも、自分がいいたいことはそういうことじゃない。欲しい答えも。
相手が野蛮な生き物でもともだちになることは可能なのか? それが聞きたいだけなのに。
「おお、太陽の位置がもうあんなところに。じゃあ今日の授業はこれまで、カカーッ!」先生がつばさを羽ばたかせると風が巻き起こり、くずれた壁からコンクリートの粉が生徒たちの顔にかかる。派手な色のコンゴウインコは空へ飛び立った。町の中心部にあるマーケットの方角へ。そして、空から思い出したように今日の宿題をさけんだ。「次元算のドリル25ページ目とテレパシーの練習を忘れるな! 命に関わるぞ!」
生徒たちはくやしんだ。あのまま忘れてくれれば、今日の宿題はなかったのに。
帰り始める動物霊たち。机で頬杖をついたまま、地平線の上で飛んでいる先生の姿を見つめるラプに、がらの悪い3人の鳥たちが近よってきた。
ハトとカラスとスズメだ。人間の姿にくちばしが生えている。
リーダー格は、体格のがっしりしたハトだ。
「よおノーウィング(落ちこぼれという意味。飛べない鳥の精霊に対する差別用語。飛べる鳥
に対してもたまに使われる)。おまえいま、イグニーロを見てたな、うらやましいんだろ」
「そんなわけないだろ、何の用だよグリズル」
「おまえのことを心配してんだよ。確かにあいつはカッコイイ、でも自分の姿をよく見ろ、
おまえはキウイだ。いくらがんばっても飛ぶことはできない。
コンゴウインコにはなれねえよ、はっはっは!」
グリズルのとなりのカラス、サイモンが笑った。
「あっははは、グリズルはやさしいな」
「現実がわからないバカに教えてやってるだけだ」
ラプはひるみつつも、不良グループの勢いに負けなかった。
「変身できるようになれば飛べる」
「おまえみたいな落ちこぼれを助けたせいで、おれの家族は茶尾族に捕まったんだ」
グリズルの言葉に、ラプは心臓をつかまれた気がした。何かをいいかけて、口をつぐむ。
スズメのブラッドが、グリズルの肩をつかんだ。
「こんな飛べない鳥ほっといてもう帰ろうぜ。
せっかく早く終わったのに、飛びに行く時間がなくなっちまう」
「……それもそうだな」
ラプは机につっぷした。
グリズルにいわれた言葉が、頭のなかで壊れたレコードみたいに何度も再生される。
おまえみたいな落ちこぼれを助けたせいで、おれの家族は茶尾族に捕まったんだおまえみたいな落ちこぼれを助けたせいで、おれの家族は茶尾族に捕まったんだおれの家族は茶尾族に捕まったんだおれの家族は茶尾族におれの家族おれの家族……
動物界辺境の町スエイア
西暦1914年から1918年――精霊界は、いまだかつてないほど緊張が走っていた。
人間界で世界中の国々を巻き込んだ大戦争――【世界大戦】が起こったからだ。
植物界を筆頭に精霊界の主要世界は、人類の滅亡を避けようと必死に支援し、1919年に目標であった【ヴェルサイユ条約】を結ばせることに、なんとか成功した。世界大戦の影響により自然環境、および次元環境は深刻な被害をこうむっており、精霊たちはその後始末をしなければいけなかったが、それでもひとまず危機を回避したため安心していた。
そう、油断していたのだ。
みんな疲れて衰弱していたところへ、武装集団茶尾族が町を襲った。
彼らの要求は非常に単純で、仲間になれ、さもなくば死ね。スエイア市長のコウノトリは、戦うことを表明した直後爆発に巻きこまれ死亡。銃撃と砂嵐が町を襲い、悲鳴がこだました。スエイアの町は辺境の次元にあるため、軍の到着には時間がかかっていた。
ラプは幼なじみのグリズルの家族といっしょに、5人で町外れの森をめざし逃げていた。
ラプ、グリズル、彼の妹ナミ、グリズルの父カンムリバトのシーバ、母のジュズカケバトのアイシャ。なんとか町を抜け丘の上までたどり着きアイシャが町を見ると、白レンガの美しい町は崩壊し、炎と煙につつまれていた。まるで人間界だと揶揄されるぐらい、娯楽施設なんて何もない質素な町だったが、伝統の白レンガの建物だけはみんなの誇りだったのに。
精霊が焼けるイヤな匂いが、砂風に乗ってただよってくる。
アイシャは空を見た。
「やっぱり飛んで逃げるべきよ」
シーバはグリズルとナミを励まして、ふたりに呼吸を整えさせると森を見た。
「だめだ、飛んだら真っ先に狙い撃ちされる。それに森はもうすぐそこだ、行こう!」
「待って、ラプがいないわ」
「おーい、待って!」
後ろを見ると、片足を引きずりながらジャンプしてくるラプがいた。駆けよるアイシャ。
「足をひねったのね、子供たちを連れて先に行って、あなた。私はこの子を背負っていくわ」
「いや、私が代わろう。行ってくれ、すぐ追いつくから」
シーバがアイシャからラプをもらおうとしたとき、小さな悲鳴が聞こえた。
娘と息子の声だ。
「きゃああ⁉︎」
「父さん!」
背中からつばさを生やした1羽のスターリンがナミを捕まえていた。しっぽの色を独特の茶色に変化させている。茶尾族だ。ピチュルルルルルと鳴き、彼は仲間に合図を送った、子どもを捕獲したと。すぐに援軍が来るだろう。
「娘をはなせ!」
「おっと動くなよ、動けばこいつを喰うぞ。そこの女と男、今すぐあの方向へ向かって飛べ」
シーバとアイシャは顔を見合わせた。茶尾族のことは知っている。
子供を人質にとって、自分たちを労働力か戦闘員にするつもりなのだろう。
シーバはアイシャにテレパシーを送った。
[援軍が来れば助けられない、私が攻撃するから気をそらしてくれ]
[危険すぎるわ、もし失敗したら――したがえば娘は死なないわ]
「早く飛べ、さもなくば殺すぞ!」
シーバがどうすべきか考えあぐねていると、3羽の人間型スターリンが空を滑空してきた。
タイミングを逃した、娘を助けられない。
あきらめたとき、大轟音が響きわたり、空に次元を揺るがす無数の稲妻がとどろいた。
大気がうずまき巨大な戦艦が空に出現した。ハリネズミを意味する大総統府の紋章。
戦艦から撃たれたレーザーが、飛んでいた3羽のスターリンのつばさを焼き切った。
チャンスだ、娘を助けられる! シーバは行動に出た。
「軍が来たぞ、おまえたちの悪行もおしまいだ、娘を――待て!」
あわてたスターリンは人間型から鳥としての姿にもどると、一目散に飛んで逃げた。ナミを足につかんだまま。
「お父さーーーん!」
「娘を返せ!」シーバもすぐさま、人間型から鳥の姿に変身して追いかける。
「ドン・パーナシモ 遅らせろ、ドナドナ 解体せよ、ドナドナ 解体せよ」
シーバは魔法で相手のスピードを遅らせたり、体にかかっている強化系の魔法を解こうと試みたが、なかなか当たらない。
「パリスウェンワーフォ ひとっ飛び」
魔法ではなくおまじないだが、こんなものでも、いまは頼もしく感じる。
少しは速く飛ばせてくれよ。娘に傷をつけてみろ、殺してやるぞ!
空を飛んでゆく2羽を見上げ、アイシャは娘の無事を祈った。
「よく聞きなさい、グリズル、ラプ。私たちはナミを取りもどしに行くから、
あなたたちは森へ避難しなさい」
グリズルは聞かなかった。
「ヤダ、おれも助けに行く!」
「バカおっしゃい! あなたに何ができるっていうの?」
「ご、ごめんなさい、ぼくが、ぼくのせいで、ナミが……」
「落ち着いてラプ、あなたのせいじゃない、運が悪かったのよ」
「母さん、おれはもう飛べるんだ、いつまでもヒナじゃないよ! ナミを助けなきゃ」
「黙りなさい! 飛べるからなんなの? 魔法が使えないんじゃ人質の数を増やすだけよ」
「でも――」
アイシャは息子と、我が子のようにかわいがってきたラプを抱きしめ、2羽のほおにキスをした。そして、白くあたたかな光が彼女を包み始める。
「いい? 安全になるまで、ぜったい森を出ないこと! 大丈夫、すぐもどってくるわ」
体のまわりの光がまたたくと、彼女はひとすじの光となって空へ上がった。
いま、白銀色のハトが勢いを上げて遠くの男たちを追いかける。
ラプとグリズルは、いわれたとおり森へ避難し、事態を収束させた軍により救出された。
しかし残念なことに、ふたりがいくら待っても、もどってくるものはだれもいなかった。
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