美波の過去Ⅱ

 美波は軽やかに屋根と屋根を駆け抜けていく。

 心が軽いおかげで、身体まで軽くなったように感じる。


(心を痛めていたのは……僕だけじゃないんだ……)


 てっきり自分だけが傷ついていたと思っていた美波。

 だが、それは大きな間違いだった。

 あの子もあの子で、あの日美波を傷つけたことを後悔しているのだ。


「まあ、だからと言って許せるものではないけど……でも……」


 美波はあの子のことを分かっていなかった。

 あの時、ああ言ったあの子が無理をしていたことに。

 あの子はグループに目をつけられるのが怖くてああ言っただけなのだ。


 本当に……なんて自分は愚かなのだろう。

 あの時あの子を信じていたら、こんなに傷つかずに済んだかもしれないのに。

 そしたら、あの子もあんなに気に病むことはなかったかもしれないのに。


「本当に、バカだな……僕」


 ……そう、本当に……自分は愚かだ。

 なぜもっと早くに気づけなかったのだろう……

 あの子も自分と同じように苦しみ、傷ついていたのだと。

 ……どうして……


(それは多分……僕の眼には、あの子が見えていなかったからだろうな……)


 もちろん、物理的には見えていた。

 そうじゃなく、あの子の思想や感情が見えていなかったのだ。


 この件に関しては、美波にも責任がある。

 ずっとあの子を見誤っていたこと。

 それが原因でこんなにも無駄に傷つくことになってしまった。


(ごめん……ごめんね……)


 美波は堪えきれずに涙を流した。

 心にポッカリと空いた穴が、今――埋まったような気がする。


「……ありがとう……」


 自分のために涙を流してくれたあの子に対して。

 空気のように過ごしていた自分に、手を差し伸べてくれたあの子に。

 めいいっぱいの感謝を……伝えた。

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