せーちゃんの過去Ⅱ

 ある日。

 せーちゃんが学校から帰ってくると、母親が出迎えた。


「おかえり、星良」

「……ただいま……」


 笑顔で出迎えてくれた母親に、せーちゃんは違和感を覚える。

 いつもは玄関まで出迎えてくれないし、何より――


「……お母様。体調は大丈夫なんですか?」


 そう。せーちゃんの母親は体が弱くて寝込んでいることが多いのだ。

 だが、母親はキョトンとした表情を浮かべている。


「だってこの前、星良が乗馬の大会で優勝したじゃない? それから気分がいいのよね」


 ああ、なんだ。そういうことか。


 父親が「やれ」と言って無理やり入らされた乗馬クラブ。

 そこの大会でいい成績を収めたから、母親は上機嫌らしかった。

 心の健康は身体にも比例する。そう言いたいのだろう。


「……ありがとうございます、お母様」


 せーちゃんは母親にお礼を伝え、自分の部屋へと一直線に歩く。

 そういうことなら、この言葉以外に相応しいものはないだろう。

 ――そう。


『お前が何か悪い成績でも取ったら私はもっと身体の調子が悪くなるぞ』


 という脅し――忠告だからだ。

 忠告には、感謝で返さなければならない。

 だからせーちゃんは、怒りを携えながら忠告を反芻した。


 ☆ ☆ ☆


「――……夢?」


 ビッグサイズのふかふかなベッドから、上半身だけを起こす。

 昔の――わりと最近だが――記憶が蘇り、陰鬱な気分になる。


 だが、昔をそれほど引きずらないのは、何故だろう。

 それは、きっと。


「あの二人――いや、一人と一本のおかげかしら? それと、その仲間たちの……」


 仲間がいると、こんなにも心強いのはどうしてだろう。

 過去を引きずらなくなり、今がこんなに楽しい。


 今まで楽しいなんて思ったことはなかったから、せーちゃんは自然と口角が上がる。


「……こんなにも簡単で、単純なことだったとはね。あたしもまだまだ勉強不足ってところかしら」


 どこか悔しそうに、だけど、すごく嬉しそうに。

 せーちゃんは声を出して笑った。

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