少女の進む道

これはTwitterのフォロワーさんであり、この作品のファンでもあるEyeceさんが書いてくれた物語となります!

私よりいい文章&ストーリーなのでぜひ読んでみてください!


 ☆ ☆ ☆


 風が髪を洗い、視界にちらつく。

 鬱陶しいそれを片手で押さえながら眺める、眼下に広がる豪邸——夕暮れとは思えないほどキラキラと輝いた邸宅が、このあたし『西園寺星良』の家だった。


「はぁ……馬鹿馬鹿しい、こんなの」


 一体何坪あるのか分からない敷地と、所々に建てられた噴水や石像。そして、今私の座る時計台。

 それらは全て両親の趣向によって建てられたものではあるが……生憎、あたしには一切理解できなかった。


「……今のあたしなら全部……消しちゃえるのよね。この家も……名前も……」

 右手を掲げ、夕焼けの中でも見えるほどに輝く星を握り込む。

 そして開いた掌には、手よりも少し大きなひし形のカードのようなものが、ひとりでにクルクルと遊んでいた。


 これに意思を注ぎ込み、適当に放り落としてしまえば。

 それだけで全て……庭から両親から、それこそ土地もろとも全て吹っ飛ばせる。

 あたしを縛る、あらゆる鎖を断ち切ってしまえる。


 でも。


「……馬鹿馬鹿しい」


 面倒になったのか、それとも怖気づきでもしたのか。

 胸に渦巻く流れに従うように、あたしの身体はひとりでに時計台から飛び降りていた。


 ~~~~~~~~~~


 それは唐突だった。


 あたしがそれを——世の理を笑い飛ばし、歪めることの出来る力を得たのは。


 ……『魔法少女』として覚醒したのは。


 なんでもない日の夜。光が身体の内側から溢れ出て、あたしの全身を包み込んだ。

 優しさを匂わせるふわりとした輝きだった。でも、それには温かさなんて微塵もなくて。

 暗くて、冷たい……まるで濡れた布を巻き付けられているような。


 幸いなのは、それが自室で起こり、なおかつあたし一人だったこと。

 その光は自分の内面を映す鏡のようで、奥底にしまいこんでいたものまでをも突き付けてきて……あたしの意思とは別に、涙と嗚咽が胸の中から湧き出した。


 そして、それと同時に、脳裏には言葉というよりも曖昧で、しかし同時にハッキリと刻み込まれた感覚があった。

 この感情と力はあたしのものなのだ。この力はあたしの感情が心から引き出した、願いを叶える為のものなのだ——と。


 それから数日、あたしは寝る間も惜しんで『自分に何が出来るのか』を確かめ続けた。


 ひとつは、念じることで現れ出るひし形のカードのような武器を扱うこと。これは全ての辺が鋭い刃になっているようで、ガラスの像程度なら容易く切り裂くことが出来たうえ、ある程度なら投擲した後に起動を操ることも可能だった。


 そしてもうひとつは、その武器や身体に力を——魔力とも言うべきそれを込めて能力を高めたり、逆に魔力そのものを放出すること。それぞれの魔力量の微調整はできないが……本気で込めたならこの家全体を吹き飛ばせるだろう、という確信だけはあった。


 確認したこれらの事項を手帳に記し、日に数度は読み返す。

 その度に、この力は誰かから与えられたものではなく、本当にあたしの心から産み出されたものであることが理解できた。

『家を含めた全てを吹き飛ばせるだろうという確信』が、間違いなくあたしが欲していたものだから。


 産まれて十余年過ごした、ここを消すことの出来る力。しがらみに捕われることのなくなる力。

 それがあたしをいつになく昂らせてくれた。


 ~~~~~~~~~~


「なんだその格好は。そんなものでパーティーに出られでもしたら、我が西園寺の恥になる。着替えて来い」


「で、でもお父様。このドレスは——」


「聞こえなかったか? 二度は言わせるな」


「……はい。申し訳ありませんでした」


 頭を下げ、ついでに自らのドレスを一瞥する。襟元にフリルが付き、少し丈が短めではあるが清楚で可愛らしい年相応のデザインだった。

 そして何よりこれは——


(……いいわ、別に)


 内心舌打ちをしながら、無駄にきらびやかで重厚な扉を閉じる。

 そこから数歩も離れたところで、髪を結っていたリボンをほどき、衝動的に廊下へと叩きつけた。


「——クソ親父……」


 父親の前では何年も叩き込まれてきたマナーを守り、品行方正を偽っているが……そんなことはとっくにバレているだろう。

 しかしあの男にとっては、あたしが猫を被っているかどうかは重要ではない。この西園寺家の政界への繋がりや権力、印象さえ失わなければ……世間に見せている姿が綺麗で正しいものであれば、それでいいのだ。


 あたしはまだ一人では生きていけない。だから従う。

 自立できる歳になったら、こんなところ真っ先に出ていってやる。西園寺家の一人娘という立場も、恐らく雪崩れ込んでくる莫大な財産も興味はない。

 そんなものは野良犬にでもくれてやる。


 しかし、だからこそ、今だけはあの男の言いなりになってやるのだ。


 ——そう自分に言い聞かせているが、しかし。


「……ぅ……気持ち悪……」


 吐き気がする。

 父親と話した後、最近はいつもこうだ。


 もしかしたらあたしは……自分で気付いていないだけで、もう心はとっくに限界なのではないか。

 あたしの身体に助けを求めて、訴えてきているのではないか。


 この吐き気に伴って、魔力が身体中を駆け巡っていくのが分かる。

 いや……むしろ、魔力によって吐き気が引き起こされているのかも知れない。


 そう、魔力とは心からの願いを叶える為の力。

 それがこの抑圧された心——感情のせいで暴走していて、その結果吐き気として現れているとしたならば。


「どこかに……この魔力の行き先を見つけなきゃいけないわ……」


 リボンを拾い上げ、おぼつかない脚を何度も叩きながら歩く。とりあえずは着替えるため、自室を目指して。


 すれ違う使用人に笑いかけながら歩き続けていると、突然、手を突こうとしていた扉が弱々しく開かれる。


「あら、星良」

「……お母様」


 同じように弱々しくそこから出てきたのは、華美なドレスに身を包んだ母親だった。

 あたしから言わせれば、そのドレスは華美というよりも過美。体調を崩し始めて短くないというのに、まだそんなにめかし込むとはご苦労なことだ。


 一応心配はかけまいと、調子が悪いことを悟られないようにしながら。


「体調は……お加減はよろしいのですか?」


「ふふ、もちろん。この前に貴女、乗馬の大会で優勝したらしいじゃない? それを聞いてから気分が良いのよ」


 乗馬の大会……。そういえば、そんなものもあった。

 友人の娘が居るからと父親に強制され、いつの間にか大会で優勝するまでになってしまっていたアレ。

 周囲へのイメージだか何だか知らないが、そんなものの為に私は、練習中に過労で倒れるほど練習させられた。もちろん、その情報はどこにも流れないよう内密に処理されたらしいが。


「貴女のおかげよ、星良。これからが楽しみだわ」


 嗚呼、やはりそうなのだ。

 母親の素顔が——仮面の内側が節々から垣間見れる。


 応援と奨励のつもりなのだろうその言葉は。


 ——『あなたの活躍が私の体調に繋がるということよ。私の体調を良くしたいと思っているのなら、何でも良いからさっさと成果を上げなさい』


 と、そう言っているように聞こえた。


 パーティーの用意があるから、と歩き去ったその後ろ姿に、父親と同じ嫌悪を感じる。


「はぁ……馬鹿馬鹿しい……」


 さらに肥大する吐き気をどうにか抑えながら、彼女の去り際の言葉を思い出す。


 ——今晩はパーティーがある。


 またいつもの……媚びへつらうような目に、全身を舐められなければいけない。

 パーティー中、あたしの機嫌を取りに来る連中はごまんと居る。そのほとんどは、父親と直接話すほどに親しくないが、あたしに取り入ることで西園寺家とのパイプを作ろうとしている人間だった。


 全ての人間が、あたしという人間を付加価値でしか見ていない。本当のあたしを見ていない。


「……本当の……あたし」


 自らの言葉が引っ掛かる。

 その言葉を頭に浮かべ……そして口にすると、酷かった吐き気が嘘のように消えていく。


「そう……分かったわ。これこそが……今感じるこれが、あたしの成すべきことなのね」


 聴覚、嗅覚のような五感とは全く違う。もうひとつ脳に心臓があって、それが激しく脈打っているかのような感覚。

 魔法少女になると共に授かったその第六感ともいうべきものが、いくつかの方角を指し示していた。


 そう、これらの方角から感じるものは間違いなく。


「魔力……でしょうね、これは」


 人間は産まれた時から、誰に教えられることなく呼吸の仕方を知っている。思考の動かし方を知っている。

 それと同じく、魔法少女に覚醒したその瞬間に、確かなものが脳裏に現れた。

 言葉ではない。が、無理やり表すとしたならば、


『魔法のステッキと契約した魔法少女を探せ。そしてそれを奪うことが出来たのなら、願いは完全な形で叶うだろう』


 と。


 あたしの力は全て、願いを叶える為のもの。すなわち、ステッキを手に入れる為のもの。

 つまりは、今この第六感に反応している気配のうち……どれかしらにステッキの持ち主が居る。

 その中でも一際大きい、小学校から感じる魔力は後回し。ステッキを持っている可能性は高そうだが、だからこそ「願いを叶えるステッキをよこせ」なんて言ったら間違いなく抵抗されるだろう。

 小さなものから順にまわることで、まずは魔力の扱いに慣れることが先決だった。


「あたしは……この進むべき道に従う。この力であたし自身を知らしめて、全てに認めさせてやる。その為なら……誰かの命を奪うことになっても構わないわ」


 昔……何年前だったか。大きくなったら着れるようにと、両親が誕生日にプレゼントしてくれたこのドレスの襟口を握り締める。

 眼前の窓がひとりでに開け放たれると同時に、グイと引っ張ってドレスを破り捨てた。


 まばたきの間に、この夕暮れがその時だけ明け方と見まごうほどの明るさをもつ。

 その光に隠れるように一瞬であたしの服は、肩口やお腹が露出し、しかもぴっちりとした……大胆ながらフリルのお陰で可愛さもある、変身衣装とでも言うものに変化していた。


 ドレスの残骸を振り払うと、塵となって風に消える。


 昂る気持ちを抑えながら、ゆっくりと一息。


 この胸の決意に従って、夕陽に刺さる時計台へと駆け登った。

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