第136話 非日常がやってきた

 カスミはその光景を見て、その場に立ち尽くした。

 両親に近付こうにも、異臭が漂っていて近付けない。

 ねっとりとまとわりつくような臭気に、カスミは思わず手で鼻を押さえた。


「なに……? この匂い……」


 ドクンドクンと、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。

 両親がどうなっているのか知りたいのに、本能が警告しているようだ。

 決して電気をつけるなと。


「う……ううう……」


 全身が震え、血の気が引く。

 もうすでに……これは、のだと理解した。


「あ、あああ……っっ!!」


 声にならない声を出す。

 カスミの脳も、心も、限界だった。


 その時。何かがキラリと光った。

 両親の部屋の隅。本棚の前に、何かがあるようだ。


「うう……」


 カスミは怯えながら、ゆっくりとそこに近付いた。

 するとそこには、蝙蝠のような翼があった。


 その隣には、光沢のある煌びやかな本が置いてある。

 その本を手に取った途端――


「――お主の“願い”はなんじゃ?」


 唐突に、人の声が響いた。

 中性的ではあるが、かろうじて女性であることがわかる。

 可愛らしい声色が窺えるから。


「……っていうか、この声……ドコから?」


 カスミはキョロキョロと辺りを見回すが、どこにも姿が見えない。

 気味が悪くなって、カスミはこの部屋から出ようとする。

 だが、金縛りにあったかのように、身体が動かない。


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「……っ、な、なんで……?」

「はやく“願い”を聞かせるのじゃ。叶えてやるぞ?」


 おそらく、この声の主がカスミの身体の自由を奪っているのだろう。

 だが、その声の放った言葉が頭から離れない。

 そして、身体が動かないことが気にならなくなっていた。


「……ミーの“願い”を、叶えてくれるンデスカ?」


 とても胡散臭くて、裏がありそうな気しかしない。

 だけど、自分の願いを叶えてくれるのなら。


「……何がどうなってもイイヤ……」


 カスミは小さく呟き、覚悟を決める。

 とてつもないさついを携えた眼をしながら、叫ぶように言う。


「ミーの、“願い”は――!」

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