第109話 筋肉痛だよ……

 翌朝。

 結衣は筋肉痛になっていた。


「うう……全身が痛いよぉ……」


 戦った時には、こんなことは一度もなかったのに。

 それほど、昨日の夜に起きたことがハードだったのだろう。


「あははぁ。結衣様は弱いですねぇ〜! あれだけで筋肉痛になるとはぁ〜」

「ううう〜……筋肉痛じゃなきゃ、ガーネットをぶん投げてるのにぃ……」

「バイオレンスですね!? 危なかったです……」


 結衣のそばにいたガーネットだったが。

 結衣の言葉を聞いて、即座にベッドの下に隠れた。


 結衣はため息をつき、学校に向かう準備をする。

 だが結衣は、あまり学校に行きたくなかった。

 筋肉痛だということもあるが。


 明葉に会いたくないのだ。


 結衣は、明葉のことを友だちだと思っている。

 だが、明葉が結衣をどう思っているのかがわからない。


「……まあ、行くしかないか……」


 こうして結衣は、ぎこちなく歩きながら部屋を出た。


 ☆ ☆ ☆


「ねねね! 私さっきそこで龍を見たよ!」

「人の姿に龍の角とか尻尾とかついてたよね!」

「えー! いいなぁ! 私も見たーい!」


 教室内が何やら騒がしい。

 こんなにざわざわしているのは、明葉が転校してきた時以来かもしれない。

 つい最近だが。


「なんなんだろう……龍を見た??」

「なんだか怪しげな雲行きですねぇ〜……」


 龍と言えば、あの絵本の龍を思い出す。

 だけどあの龍は、人間の姿なんてしていなかった。


「とりあえず、休み時間に調べてみようか……!」

「ええ! 楽しくなってきましたねぇ!」

「うーんと……楽しくはないかな……」


 とりあえずはこの件を保留にする。

 結衣にとっては、あの件の方が重要だから。

 あの件とは。そう、明葉のことだ。


 だが。

 いつまで経っても、明葉は現れなかった。

 明葉の正式な席が結衣の後ろになったから、来ていればすぐにわかるのだが。


 朝のHRが始まっても来ない。

 結衣は、先生の話を上の空気味に聞いていた。

 その時。


「えーと、高柳は休みだと聞いている。なんでも、熱を出しているそうだ」

「えっ!?」

「お前らも体調には気をつけろよー」


 そう言って、先生は教室から出ていった。


 結衣は明葉の席を見る。

 まさか明葉が体調不良だとは。


 ――もしかして。

 明葉も自分と同じで、あの夢を見たのだろうか。


 だとしたら、あの胸の痛みを、一人で体験していることになる。


 明葉の両親は共働きだと聞いている。

 なら、今は二人とも仕事に行っているだろう。

 だから今、明葉は……一人で――


「……ねぇ、ガーネット……」

「なんです?」


 結衣の静かな問いかけに、ガーネットが首を傾げるような仕草をする。


「休み時間に行くところ、変更しようと思うんだけど……いいかな?」


 結衣の真剣な眼差しを受けて、ガーネットは当然のように言う。


「ええ! 結衣様がそう決めたのなら、私はそれに従うまでですよぉ!」

「ありがとう、ガーネット……!」


 結衣は逸る気持ちを抑え、大人しく授業を受けた。

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