第47話 ただ、それだけのこと

 やがて日が昇り切り、太陽は空のてっぺんから地上を照らす。

 それは結衣たちの心までも照らし出してくれているようで、何だか結衣は心地よかった。


「あったかい……」


 陽の光が身体を包み込んでくれる感覚に、結衣は思わずそうポツリと零す。

 すると、緋依もクスリと笑って、


「ええ……暖かいですね……」


 海風を仰ぎながらそう言った。


「緋依さん……」


 結衣はポツリと呟くように、口を開いた。


「私たち――友達になれるかなぁ?」


 海を眺めながら、その言葉が弱々しく口から零れる。

 緋依は驚いたような……どこか嬉しそうに口角を上げたような顔をしている。


「もうなってるんじゃないですか?」


 本当に天使なのではと錯覚するほどの笑顔で、そう言い放った。


「……そっか。じゃあ、遠慮なくネタバレが言えるね」

「……」


 結衣も笑顔で返すと、緋依は複雑そうな表情を浮かべる。

 ガーネットは依然口を閉じたまま、ただじっと何かを待っているように思えた。


「緋依さんさ……あの時放った神の光――あれ、本気じゃなかったでしょ?」

「――!」


 緋依は目を剥き、結衣の顔をまじまじと見た。

 その顔は結衣にとって、『図星だ』と語っているようにしか見えなかった。


 なので結衣は思わず苦笑し、


「せーちゃんを襲ったのだって、私を誘き出すためのもので、いわゆる人質。だから無事――」


 ――違う? 結衣はそう訊いたが、答えはもう分かり切っていた。


 緋依は結衣の推理を聞いて、オロオロと狼狽えている。

 目を泳がせて、必死に言い繕う言葉を探しているようだった。


 やっぱり。結衣は微笑んで、緋依を見る。

 やっぱり緋依は、人類種の根絶なんて望んでいなかったのだ。

 ただ――


「理解者――同じ境遇の者が欲しかった。話を聞いてくれる人が欲しかった。ただ――」


 そう言うと、言葉を切り、最後の言葉を一呼吸置いてから告げる。


「友達が――欲しかった」


 その結衣の言葉に、今度こそ緋依の動きが止まり、石のように固まった。

 空気を読んで空気になっていたガーネットは、驚いたように声を張り上げる。


「えっ? 結衣様、まさかあの短時間であの戦闘の中でそこまで見越していたと――!?」


 そう、ガーネットが驚いたのはそこだった。


 結衣が緋依の本心を暴いたことそのものではない。

 昨日の短い戦闘の中で、それもせーちゃんを人質にされている中で、そこまで考えることが出来るのか――!? という疑問だった。


 そのガーネットの驚愕に、結衣はどう答えていいかわからず、頭をかく。


「あはは……まあ、そういう事になるのかなぁ……?」


 と、結衣は曖昧に零す。


 結衣は緋依に会った瞬間。

 愉しそうに嗤うその瞳の奥に、とてつもない寂しさが隠されているように感じた。


 それは、結衣と似ている寂しさ。

 だからこそ、気付くことが出来たのだ。


 あの時の戦闘で結衣が魔王みたいな姿になったのは、結衣がただ単純に、緋依の本心が知りたかったから。

 緋依が本当は――何をしたかったのかを。


「……ねぇ、結衣ちゃん」


 いつの間にか静寂が流れていた浜辺で、緋依が口火を切る。


「私……自分が分からない」


 ポロポロと本音が出てくる緋依の顔には、それに呼応するようにポロポロと雫がこぼれ落ちる。


「人間なんて嫌い。なのに、人間に拠り所を求めてしまう。何でなんだろう……」


 緋依は本心をさらけ出すと、敬語が抜けるようだ。

 結衣はそんな緋依にどう声を掛けたらいいか戸惑い、少し考えてからこう言った。


「それってやっぱり、どこか自分が“認められたい”って思ってるんじゃないかな?」


 結衣は適当にそう零すと、海水で遊んでいたガーネットをガシッと鷲掴むと。


「ちょっ!? 何するんですか結衣様!?」

「……私もね、ガーネットに認められたからこそ、今の自分が居るの」


 暴れるガーネットを制すように、結衣は優しく包み込むような声で言う。

 そして、


「私はガーネットが居てくれるから、ひとりじゃないって思えるの」


 今度は力強く言い放つ。

 その結衣の言葉に、緋依は目を見開き、何かを期待するような眼をした。

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