第36話 天使との遭遇

「はぁーい! ねぇ、あなた――水無川真菜さん……ですよね?」

「……はい?」


 春見市立、咲姫小学校。

 つまり、真菜と結衣の通っている小学校に、唐突に天使が現れた。

 気の抜けるような……天然そうな声が響く。


「なんで疑問形なんですかぁ〜!」


 天使はプクーと頬を膨らませて、プンスカという擬音を伴って響いた声に。

 真菜は多少イラつきながら答える。


「いえ……どういう……用件なの……かなと、思いまして……」

「どういう……と言われましてもぉ……」


 困ったように続いた一言に――真菜は全てを奪われた。


 「椎名結衣さんと――仲がいいんですよね?」


 ニッコリと――だが、悪意の伴った笑みを浮かべる眼前の天使を。

 真菜は目を剥いて見つめることしかできなかった。

 真菜は天使の質問にどう答えていいか分からず、ただ佇んでいた。


 ――……しばらく沈黙が続く。


 その静寂さに耐えられなくなったのか。

 天使は桜色のワンピースを翻し、翼をパタパタとはためかせながら。

 駄々をこねた子供のように宙を漂いながら言う。


「私は結衣さんの持っているガーネットが欲しいんですよ〜! 神と似たような存在の魔法のステッキ――すごく興味があります!」


 目を輝かせながらヨダレを垂らしそうになる天使の様は。

 すごく気味が悪いものがあり、真菜は一歩後ずさった。

 こんな得体の知れないものとは関わらない方がいい、真菜は内心そう思った。


 だが、真菜のドン引きはどうでも良いのか。

 天使の視界内に真菜の姿がありながらも、真菜のことは眼中に無いようだった。

 そんな天使の様子を、真菜は遠巻きに半眼で見ながら思う。


 ――こいつは“敵”だ。と。


 天使の純白の翼がそれを物語る。

 それ以上に、結衣のことを知っているということが何よりの根拠だ。


 探るように見つめる真菜の視線に。

 天使はようやく気付いた様子で、怪訝そうに首を傾げる。


「……なんです? そんなに睨まないでくださいよ〜。私……なんか変なこと言いましたかぁ?」

「いえ、別に……睨んでた……わけでは、ない……ので……」


 そう言うと、先程までの天然っぽさは何処へやら。

 顔に影を落として、不敵に嗤った。


「へぇ……?」


 どこからともなく西洋劇みたいな風が吹く。

 ――妙な緊迫感が襲う。

 真菜は一筋の汗を流し、天使と対峙する。


 静かに影が揺らめく。

 時間の流れがやけに遅く感じられる。

 その時――


 真菜の視界の端に、結衣が学校の校門にいるのが視える。

 ――まずい。なんだろう。とても嫌な予感がする。

 この天使と結衣を会わせてはいけない気がする……!


「あのっ……!」


 真菜が絞り出して放った声はだが、それを受け止めるはずのものがいなかった。

 対峙していた天使は、忽然と消え去った後だったから。


「な、なんな……の……あい、つ……」


 緊張の糸が解け、真菜はその場に力なく座り込んだ。

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