第29話 天使が舞い降りた

「真菜様、私は――あなたも結衣様もお守り致します」

「……はぁ?」


 顔を引き攣らせ、何を言ってるかわからないと言う顔を浮かべた真菜。

 それに対し、ガーネットは――


「あなた様のその寂しげな瞳――結衣様にそっくりです」

「は、ぁ……? 私……が……結衣、に……?」


 目を見開いて、ガーネットの真意を探るように見つめる瞳は――僅かに揺らいだ気がした。

 それを見逃さずに見ていたガーネットは、語り出す。


「ええ、そうです。結衣様も真菜様も、どこか寂しさを抱えておられます。その寂しさの正体は残念ながら分かりませんが……」


 心底悔しそうな声を零して、ガーネットの語りは終了した。

 だが、真菜にとってはとても悟られたくなかったことのようで――

 寂しさを抱えていると言われただけで目を泳がせ、必死に言い訳を探しているように見えた。


「そ、そんな……のっ……あなたが、勝手に……勘違い……しているに、過ぎない……でしょ!」


 声を荒らげ、肩で息をしながらガーネットを睨む様はまるで――『図星です』と断言しているようなものだった。

 それに気付かず、必死で取り繕ろうとしているのを見てと若干哀れに感じる。


 しかし、真菜を追い詰める気がないガーネットはもうそれ以上何も言わなかった。

 ただ――結衣の迎えを待っていた。


 そうとは知らず、無言でいるガーネットを一層きつく睨む真菜。

 真菜はガーネットの様子に明らかに動揺し、苛立っていることが一目でわかる。

 そして、ついに抑えきれなくなった真菜はガーネットをガシッと強く掴み、自分の願いを紡ごうと口を開いた。


 その時だった――


「お待たせ――真菜ちゃん、ガーネット」


 天から地上に向かって発せられたその声は――まるで、天使のようだった。

 全てを優しく包み込む、柔らかい声色は――真菜の動きを止めるには充分すぎる程だった。


 天使の羽を左右合計四枚携え、白くて柔らかい髪を紅く染め、健康的な肌色をしていた皮膚が褐色に染まる。

 それは妖しくも美しい――天使。


「ごめんね、ちょっと……遅くなっちゃったかな?」


 その天使の降臨に、真菜が喉を鳴らした。

 ガーネットは、その光景をただ見つめることしかできなかった。

 それを視た人を一目で惚れさせる力を持っていそうなほどの美しさに、不気味なほど紅く染まった髪は似合わないと思うだろうか。


 答えは――否だ。

 真菜様の髪色と瞳の色が釣り合わないように、結衣様も釣り合わない雰囲気を纏っている。

 にも関わらず、恐ろしいほど人を惹きつける。


「えっ……と?」


 黙ったままのガーネットたちを前にして、結衣は戸惑いの色を隠せなかったようだ。

 だが、ガーネットがおずおずと口を開く。


「ゆ、結衣……様? そ、その格好は――?」

「え? あー、これ? えっとぉ……なんか、気合いで……」

「気合いで!?」


 目を瞑って少しどう説明したらいいのかを考え、放った言葉でガーネットにツッコませた。

 ――……結衣が何を言ってるのかわからない。

 しかし結衣はそれに取り合わず、無視して真菜の方を見やる。


「真菜ちゃん……」

「ゆ、結衣……」


 思わず呼びかけに反応してしまった様子の真菜は、ふるふると首を振って気持ちを持ち直す。

 結衣はそんな真菜に手を差し伸べ、


「大丈夫。真菜ちゃん、私が必ず――救ってみせる!」


 強い意志を宿した翡翠の瞳で言い放つ。

 それでも真菜は躊躇っている様子で、手を出したり引いたりしている。

 だが、結衣は諦めなかった。


「……魔法ってすごいね。死者とも会話出来るんだから。あのね、私、真菜ちゃんのお母さんとお父さんと会話をしたの」

「なっ――!」


 目を剥き、信じられないという様子で真菜は結衣を見た。

 だが、それ以上に驚いていたのはガーネットで――


「結衣様! そんな魔法聞いた事な――」


 そう咎めようとしたが、結衣の顔を見て尻込みした。

 結衣は――本気だ。本気で真菜を救おうと無茶をしている。


 今だって肩で息をしているし、顔色が悪い。それに気付かないほど浅い関係ではない。

 自分が無理やり魔法少女にしてしまったのだが、それに文句を言いながらもなんだかんだ付き合ってくれる優しいマスター。

 人を放っておけない――暖かく、慈愛に満ちたお方だ。


 そんな彼女について行こうと決めたのだ。今更無茶の一つや二つ、自分が補ってあげなくてどうする――!

 そんなことを考えていると、もう話し合いが終わったのか――

 真菜が泣き崩れ、結衣はやりきった顔をしながら糸が切れたあやつり人形のように倒れた。


「結衣様!」


 そう叫んで、ガーネットは結衣のそばへと駆け寄った。

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