第二十六話 「敵の正体を暴け!」
「どう思うッスか?」
病院にほど近い回転寿司屋で、そう切り出したのは所在だった。
ツブ貝の皿を取りながら、彼は他のふたりと目を合わせることもなく、続ける。
「川屋先生、なんか隠しごとしてるような気がしないッスか」
「隠し事って、どういう事だよ?」
ばくばくと豪快に、流れてきた寿司を片っ端から胃に収めていく保をちらりと見て。
それから、所在は希歌に問うた。
「黛さんは、TAKASHIさんの幽霊、みたンすよね?」
「うん。髪の毛から泥を滴らせて、首から血を流すのを、見た」
「じゃあ、TAKASHIさんが、いま自分らに襲いかかるバケモンの正体だと思うッスか? あれが、怪異の本質とかだと?」
「それは……違うと思う」
希歌は、小さく首を振った。
あの幽霊は、確かになにかを自分たちに伝えようとした。
けれど、幽霊が事態の中心なのかと問われれば、納得できないとなってしまう。
昨日見た悪夢も、気になるし。
「ッスよね? なのに川屋先生は、あんなことを聞いてきたッス。自分がなにも解らない無知アピールじゃなきゃ、なにかを隠してるって事じゃないッスか」
「何かって、なに?」
「たとえば……敵の正体とかッス。わかってて惚けてるんじゃないんスかね……?」
絞り出すような所在の疑惑に、希歌は内心で怯えていた。
諸悪の権化は自分であると黒子から伝えられ、いまだにそのことを誰にも話せないでいる。
後ろめたさと、仲間を危険にさらしているのは自分ではないかという絶望が。
緩く、真綿で絞めるように自分の心を蝕んでくる。
「そりゃあ、泥泪サマの祟りが正体だろ……?」
希歌の心を知ってか知らずか、保が答えた。
「じゃあ、その祟りってなんッスか」
「むぅ……これはよぉ、俺の考えだが」
寒ブリをばくりと頬張り、保が思い出すように視線を上げる。
「霊能力者どもは──川屋先生もだ──だれひとり口にはしなかったが、全員が全員、俺たちの身体から泥を追い出そうとしてやがった。だから、泥泪サマの祟りは、泥が本体じゃねぇかと思う」
泥。
泥こそが本質ではないかと、ヒグマのような男は考えを口にする。
「そういえば自分も、躯劾の旦那に吐かせて貰ってから、だいぶ楽になって」
「言われてみれば……」
思い返せば、TAKASHIと華子も、お互いに泥を吐いて倒れた。
どの儀式でも、希歌は自分の身体から泥が流れ出るとき、決定的ななにかが流れ出ていくのを感じている。
これが事実だと考えれば、若干気持ちが楽になる。
思わず縋り、肯定的に捉えてしまうが、気になる部分もあった。
「でも、小鳥おばあちゃんは
「そうなんだよなぁ。うーん……泥泪サマと、みずち。こいつらが同じものってことはねぇか?」
「違うと思うけど……」
少なくとも、泥人形と蛇の神様では、見た目が違いすぎる。
「……そういえば、あの黒子さん、どこ行ったの?」
禁后小鳥の遺言を伝えてから、ずっと希歌や保に同行していた黒子は、しかしいまは姿が見えない。
訊ねると、保も所在も、キョロキョロとあたりを見渡し「そういえばいないッスねぇ」「便所じゃねぇの?」「うッス」などとのんきに宣う。
「もぅ」
深いため息をついて、希歌は寿司皿を手に取った。
ウニの軍艦巻きに、ガリとわさびを山盛りに乗せ、穴子のタレをこれでもかとかける。
「相変わらず、ひどい食い方するな、黛ぃ」
「勝手でしょうが。口出ししないで」
希歌はこれがおいしいと思うし、周りがそのたびに眉をひそめるのは知っている。
けれど……ひとりはいたのだ。
こんな自分を、笑顔を見ていてくれる幼馴染みが。
「…………」
「どうした黛? 食わねぇのか?」
「た、食べるけど?」
一抹の寂しさを振り切り、寿司を口に運ぶ。
「んー! この刺激がたまらない」
「黛さんは、むかしっからそんな食べ方してたンすか?」
「いいえ、ぜんぜん」
ふるふると、希歌は首を振った。
彼女がこんな食べ方をするようになったのは、幼少期を経てのことだ。
「ちっちゃいとき死にかけてさ。それからなんだか、味の嗜好が変わった感じ」
「あー、業界でもよく聞くな。生死の境をさまようと、性格が別人みたいになるって話」
そこで、所在が首を傾げた。
「なんだよ、なんか引っかかるのか?」
「はぁ、いえ……どうも今のが解せなくて……あ、話を戻してくださいッス。自分は、勝手に考えてるんで」
「そうか。えっと、なんだったか……」
祟りの話だと、希歌が促す。
「そう、祟りだ。考えりゃあ、〝泥泪サマ〟の都市伝説から始まったんだ。祟りの原因は、やっぱり泥ってことで間違いねぇだろ」
「泥かぁ……そういえばカトーさん。あたしんちの浴槽の泥、あれ、どうしたの?」
「なんかわかるかもしれねぇから、コネを使って成分調査を依頼してる」
まあ、予算が赤を出してるからどこまで追跡調査できるかはわからないがと、保は唸った。
「それでも、これで敵の正体がわかれば御の字だ。みずちだか、泥だかはっきりしてくれりゃあな」
「……そういえば、伝えてなかったっけ。風太くんがさ」
彼の名前を口の端に載せた途端、自分でも顔色が曇ったのがわかった。
それでも希歌は、一息に告げる。
「泥の人形を見たとか、言ってた」
「泥の人形?」
「うん。宗教施設と、それから躯劾さんのとき」
「…………」
「この泥人形が泥泪サマだとして、カトーさん。〝
「あん?」
「躯劾さんは神仏で嫌がらせしようとしたじゃん。なんかさ、そういう弱点みたいなの、ないのかな」
希歌の言葉に、保は顎をさすった。
赤エビのにぎりを口に運び、尻尾を咬み千切ったところで、彼は大きく手を打つ。
「これだ」
「エビ?」
「ちげぇよばっか! エビの上に乗ってる奴だ」
「んー?」
所在と希歌が目をこらす。
開きにされたエビの背中。
そこには、キラリと光る結晶体が乗っている。
「塩?」
「……塩ッスね。いや、待ってくださいよ」
何事かを思い出したように、所在がカメラと同じく肌身離さず持っている編集用のノートPCを取り出す。
そうして画像をいくつか漁ると、
「あ、あああ! これッス! これッスよ繋がった! ふぅ、正しくエクスタシィッス!」
目を輝かせて、希歌たちにひとつのファイルを見せてきた。
「泥泪サマの廃墟を撮影した動画ファイル?」
「いや、こいつはその直前のだろ。確か……川屋先生が祈祷をしてたときのか?」
その通りだと、所在が指を立てた。
イヤホンをはめ、動画を再生する。
すぐに、聞き覚えのあるセリフが流れた。
『──この国、この国の神の父である
華子の声だ。
一同に向かって、儀式の説明を彼女がしている。
あのとき、希歌たちがうけた儀式は──
『妻である
「潮水だ!」
保が立ち上がり、大声を上げた。
周囲の視線が集中する。
興味津々といった様子でヒグマじみた大男を見つめている親子連れに、どうもドーモと頭を下げて。
所在と希歌は、苦労して彼を再び席に着かせる。
しかし、保は興奮した様子で。
「潮水だったんだよ! 泥泪サマは、塩と水が苦手なんだ」
「死の穢れには塩が効く! 先生の言ってたとおりッス。実際、自分らが塩水を浴びたり、水を口に含んだりしたら、こいつらは外に出てこざるを得なくなっていたッス」
「話が断然簡単になってきたじゃねーか! お手柄だぞ田所ぉ!」
「痛い!? 痛いッス!?」
バンバンと、所在の背中を叩く保。
解決策に浮かれる二人だったが。
けれど、一方で希歌は、漠然とした不安を覚えていた。
敵の正体、対策は見えた。なのに、恐怖が拭えない。
だって、これまですべての霊能力者が、除霊に失敗してきたのだから。
元凶は、自分だと言われたのだから。
それが、恐れになって。
さらに、こんなときこそ一番そばにいてほしかった誰か。
橘風太が不在という現実が、彼女を打ち据え、ひとつの雫となって結実する。
希歌の頬を、一筋の涙が流れ落ちた。
そのときだった。
『──ナァ──ゥナァァァァ──』
どこからか、ネコの鳴き声のようなものが。
もっと底冷えするような音が響いて。
ぎょろり。
店内にあるはずもない暗がりの中で、真っ赤な三日月が。
泥人形が。
──笑った。
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