第10話:ジル=ド・レ

 鍵が開いた牢屋の鉄格子を開き、山道・聡やまみち・さとる、ルナ=マフィーエ、アズキ=ユメルの順で、牢屋の外に出る。地下牢よろしく、廊下に出たのは良いが、その廊下の横幅は狭く、3人並んで歩くには窮屈であった。山道・聡やまみち・さとるは紳士の振る舞いを見せ、女性たちをエスコートするかのように先に前を歩く。しかしだ。ここで問題がひとつ……。


「えっと……。こっちの方向に歩いていっていいんでしょうか?」


「なんじゃ? ヤマミチが先を進むから、わらわたちも後をついていっているというのに、自信がないじゃと? まったく……。頼り甲斐があるのか無いのかわからぬ男なのじゃ」


「まあ、地下牢なんていっても、それほど大きなスペースを取っているわけじゃないんだニャン。行きつく先は上に上がれる階段か、それとも食料庫のどちからだけニャン」


 山道・聡やまみち・さとるはアズキ=ユメルの言いになるほどと思う。廊下の前方10メートルほど先にあるのは木製の扉だ。後方には鉄製の扉があるが、どちらかが正解なのだろうと。もし間違っていれば、回れ右をすればいいだけの話である。というわけで、あまり気にせず、前方にある木製の扉に向かって進むことにするのであった。


 山道・聡やまみち・さとるたちは数分もしないうちに木製の扉の前までやってくる。山道・聡やまみち・さとるは何か仕掛けがされているのではなかろうかと一瞬だけ、逡巡するが、その扉のドアノブを握って回す。するとだ、カチャリという小さな音が鳴り、すんなりと扉は開いてしまうのであった。


「おおっと! あんたさんら、いったい、どこから出てきたのかしらん?」


 なんと、扉の向こう側は小部屋になっており、そこにはいくつかの樽が置かれ、さらに木箱が無造作に積まれていた。そして、そこにある樽に腰かけ、紅いリンゴを齧っている貴族然とした男が居たのであった。山道・聡やまみち・さとるは、しまったと思ってしまうが、後の祭りとはまさにこのことであった。


「風貌から察するに、そこの地下牢に放り込んでいた半狐半人ハーフ・ダ・コーン半猫半人ハーフ・ダ・ニャン、そして、得体の知れないニンゲン族の男みたいねえ。さてと……。どうやって、牢の鍵を開けて、こっちへやってきたのかしらん?」


 おかまっぽいしゃべり方をしていた眼の前の男は段々と詰問するような鋭い口調になっていた。山道・聡やまみち・さとるたちは、どうしようかと互いの顔を見つめ合う。するとだ、先に口を開いたのはアズキ=ユメルであった。


「あちきらの徒党パーティには錬金術師アルケミストがいるんだニャン。そいつがちょちょいのちょーい! と牢屋の鍵を開けたってわけだニャン」


「ほほっ!! 錬金術師アルケミストときたかっ! こりゃ、あんたさんらはかなり厄介な人物ってわけなのかしらん? いやあ、1対3はさすがに分が悪いったらありゃしないわねぇ……」


「そういうことだニャン。痛い目に会いたくなかったら、何も見なかった振りをしてほしいニャン」


 アズキ=ユメルがサラシを巻いた胸を張り、威風堂々と男にそこで大人しくしていろと言いのける。言われた側の男はやれやれとばかりに両腕を左右に広げ、さらには頭を左右に軽く振る。


「俺様をやりすごしたところで、上の階には兵士20人、それを統率する騎士がひとり。さらにはフランス国のお偉い貴族が2人いるんだが、そいつらはどうするんだぜ?」


 男は口の端をニヤリと歪めつつ、未だに尻を樽の上に乗せたままであった。3人を相手にしても余裕たっぷりとでも言いたげである。アズキ=ユメルは、くっ……と唸る他無かった。ここでこの男をどうにかしたところで、対して意味が無いことを察したからだ。男の方も自分がどうにかされたところで、大局は変わらぬことを知っているからこその余裕っぷりだったのだ。


「さて、手詰まり感たっぷりのあんたたちに朗報よん。選択肢がふたつも用意されているわよん? このまま牢屋の中に戻るのがひとつ。俺様についてきて、俺様のために働いてもらうのがひとつ。さあ、好きなほうを選んでくれ……」


「ちょっと考えさせてほしいんだニャン」


「あいよんっ! 俺様はここでリンゴを食べているから、食べ終わる前には色よい返事を期待しているのよん?」


 アズキ=ユメルがヤマドーのジャケットの端とルナ=マフィーエのローブのなかほどを引っ張り、その小部屋から一旦、牢屋がある廊下へと退出しようと促す。しかし、ヤマドーはそんなアズキ=ユメルの気配りを無視し


「いや、時間なんていらないですよ。どうせ、牢屋に戻ったところで、錬金術師アルケミストである僕の力をあてにして、引っ張り出すに決まっているんですから。最悪、僕だけ牢から出されたら、ルナさんとアズキさんが人質にされてしまいますからね?」


 ヤマドーの言いに、思わず男はヒュゥ! と口笛を吹く。


「なんだ、こっちの思考を読んでいたってわけか……。じゃあ、3人仲良く、俺様についてきてくれるってことでいいんだな?」


「はい。彼女たちは僕の立派な徒党パーティ仲間ですから。彼女たちに危害を加えるようでしたら、僕の隠された錬金術師アルケミストの力が暴走しますからね!?」


 ヤマドーにとっては、今出来る最大の威嚇方法であった。ルナ=マフィーエや、アズキ=ユメル、そして眼の前の男の口ぶりから、錬金術師アルケミストであることはかなりの優位に立てていることが推測される。それならば、自分にそんな力が本当にあるのかどうかわからないが、これをブラフに仕立て上げて、少しでも自分たちが優位に立てる方向に調整すべきだと考えるのであった。


「よっし。腹の探り合いはここまでってことでだ……。まず、自己紹介をしておくぜ。俺様の名前はジル=ド・レ。レ領の領主さまってところだ。以後よろしく……」


「ジル=ド・レ!? ジャンヌ=ダルクを補佐しているあのジル=ド・レです!?」


 ヤマドーがつい、そう口走ったために、ジル=ド・レと名乗った男は怪訝な表情になる。その表情は何故、ジャンヌ=ダルクの名を知っているのか? と訝しむ顔つきであった。ヤマドーはしまった! と思ってしまうが、口から発した言葉をかき消すことは神にも出来はしない。


 しかしながら、ジル=ド・レは右手でボリボリと後頭部を掻き


「まあ、有名っちゃ有名だから、あんたらでも知っているわなあ……。そう、俺様はジャンヌ=ダルクの補佐であると同時に、彼女の右腕として戦場を馳せる予定のジル=ド・レさまだっ!」

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