第3話:偽名
「僕の名前はヤマミチ……、じゃなくてヤマドー=サルトルとでも名乗っておきます」
「ほう、偽名としてはちと、隠れてない気もするのじゃが、まあ人それぞれ事情はあろうよ。で、ヤマミチとやら。結局のところ、どうして、こんな汚い牢に囚われることになったのじゃ?」
ルナ=マフィーエに偽名だときっぱり指摘されては立つ瀬もない
「うるさいんだニャン……。ひとがせっかく惰眠を貪ろうとしているところをルナは察して欲しいんだニャン、ふわあああ……」
猫耳美少女が掛け布団代わりのゴザを右足で蹴っ飛ばし、寝不足の眼をごしごしと両手でこすりながら、上半身を起こす。猫背姿でお尻と細長い尻尾だけをベッドの上に乗せて、素足の裏を牢の床につける。
「おお、アズキが起きてきたのじゃ。ならば、せっかくなので、そこのモテ無さそうなしなびれた男に自己紹介でもしておくことじゃ」
「んーーー? そこまでしなびれているようには見えないニャンよ?」
「何を言うか。わらわのような殿方を魅了する大きな胸なのに、それを揉んでしゃぶらせてほしいと言わぬ男じゃぞ? そいつは。ならば、しなびれていると表現して間違いないはずじゃ」
「僕は悟りを開いていますから、そんじょそこらのサイズでは反応しないように身体と心を鍛えあげているんです」
「ふーーーん? まあ、そういうことにしておくのじゃ」
ルナ=マフィーエが
「あちきはアズキ=ユメルだニャン。歳は16。はい、おしまいだニャン。次はそっちの番なんだニャン」」
猫耳娘があまりにも素っ気なく、しかも簡素に自己紹介を終えてしまうので、
「僕の名前はヤマドー=サルトルです。歳はええっと……」
言うなれば、20代前半くらいの精力に満ち溢れた気分であったのだ。それゆえ、自分が今、どうなっているのか、全身を映せるような大き目の鏡が欲しいと思ってしまうのであった。
「すいません、あなた方から見て、僕は何歳くらいに見えます?」
言っていることのおかしさを
「ちょっと、ルナ。こいつ、怪しくないかニャ? 自分が何歳かも応えられないニャ」
「ふむ……。何かしらの要因で、自分の歳を忘れてしまったのかもしれんのう? 本名とも偽名ともつかぬ名前を用いるゆえに、何かしらの事情があるのかもしれんし、ただの気狂いであることも否定できないのじゃ」
「いやあ、ここの牢に入れられる前に、頭をしこたま打ち付けて、さらには散々に蹴りを入れられてしまいましてですね……。記憶が途切れ途切れになっているのですよ」
「まあ、何歳かと聞かれたら、25歳前後っていったところだニャン。でも、容姿からの判断だから正確とは言えないニャン」
「起ち具合の角度から判別してもよさそうじゃが、いらぬ刺激を与えては、余計に記憶が無くなってしまうかもなので、その方法はやめておいたほうがよさそうじゃ」
ここで
しかし、その疑問は一瞬で吹き飛ぶことになる。
「あ、おやつが走っているニャンッ!」
アズキ=ユメルと名乗った猫耳娘がベッドの上から飛び上がり、牢屋の隅っこへとすっ飛んでいく。そして、何かを口に咥えながら破顔したのだ。
「ゲゲーーー!! ねずみぃぃぃ!?」
「うーん、デリシャスニャン! やっぱりネズミは生きながらにして、頭から踊り喰いするのが一番美味しいんだニャン!」
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