五.

 翌日。

 葉初に起こされるようなこともなかったので、私はいつものように昼すぎまで寝ていた。

 ほかの用事があるわけでもなかったし、特にアラームなどをかけることもなく、自然に目が覚めたときに起きたら午後一時ちょっと前だった。

 目を開いて、ふと横を見ると、正確には女の子ではないかもしれない女の子はもう先に起きていたようで、私の足元のあたりに、ちょこん、と正座していた――というのも体の構造がちがうので正しくないような気がするけれど、まあ、とにかく、人間が正座しているのと似たかっこうで座っていた。

 服は、寝間着がわりに、と私が貸した大きめのTシャツ――よく考えると、人間っぽく擬態する必要がないのだったら服は着なくてもいいような気もするのだけど、全裸でいられるのも、なんとなく気まずかったので、とりあえず着てもらった――を着たままだった。

「おはようございます」

 目があうと彼女は言った。

「おはよ」

 私がシャワーを浴びにいって、終わってバスルームから出てきたときも、彼女はおなじ姿勢で座ったままだった。

「あの、ですね」

 歯をみがきながら私がベッドに腰をおろすと、彼女は、そう話しかけてきた。

「ゆうべから考えていたんですけど……」

「ん。あに?」

「……子どもを作れないでしょうか」

 私は、口にくわえていた歯ブラシと、口の中に溜まっていた歯みがき粉と唾液の混合物を思わず吹き出しそうになって、すんでのところでとどまった。

 吹き出していたら被害甚大だ。

 彼女たちにとって、その言葉と行為が意味することがどういうものなのかはわからなかったけれど、すくなくとも私にとっては、昨日会ったばかりの相手に――というのは関係ないか?――寝起きいちばんに聞かされて平然としていられる話題ではなかった。

「あ、えっと、その、あのですね」

 彼女のほうも、自分の言ったことを私がどう受け取ったのかは理解したらしく、しどろもどろになって次の言葉をさがす。

「あの、そういう意味ではなくて、その、私たちの母は、千匹の仔を産んだことで知られてるわけなんですけど、だとしたら、私も千匹の仔を作ることができたら、『旧支配者』としての母に近づくことができるんじゃないか、とか、そういうことを考えていただけなんです」

 なるほど、それはまっとうな理屈かもしれない。だけど……。

「あなたたちの場合、子どもって、どうやってできるの?」

 そう、私が訊くと、彼女は、うーん、とうなったまま、黙りこんでしまった。

「母がどうやって私たちを産んだのか、実はよく知らないんです。そんなこと、考えたこともなかったですし」

「『お母さん』と呼んでるってことは、『お父さん』はどこかにいるわけ?」

「ううーん。それも、わからないです。人間とおなじような性別があるわけでもないのです。ひとりで千匹も産むのは大変そうだから、本当は種をつけてまわったのかもしれないですよね」

 種をつけて……。あまり余計な想像はしないようにしていたのだけれど、さすがに頭が爆発しそうになってきたかもしれない。

「それに、私も、孕ませるほうなのか孕むほうなのか、とか、子どもができるのかどうか、とか、わからないんです」

「そ、そう……」

「どうなんだろう……」

 そう言いながら彼女は、Tシャツの裾をめくりあげて、腰――というか、だいたい人間でいえば腰にあたるへん――から下の細くて短い触手が密集して生えているあたりを、しげしげと観察するのだった。

「け、研究熱心なのはいいけどさ、そういうのは、ひとりのときに見たらいいと思うけどっ」

 私はあわてて目をそらし、彼女に背中を向けた。

 そもそも私が見てわかるものなのかも定かではなかったけれど、つまり、それって、そういうことだろう。

「あ、あ、そ、そ、そうですよねっ。ごめんなさい……」

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