第4話 捕食者02
小夜と寛が部屋を出て行ってから少し
ズ、ズ、ズ……。
何かを引きずるような音がして春馬は和室の方を見た。音は暗い和室の奥、押し入れの中から聞こえたようだった。嫌な予感が身体中を駆け巡る。
──な、何だ……!?
春馬は慌ててバットを構えた。そして、恐怖で震える膝を励ましながら押し入れへとゆっくり、ゆっくり近づく。
バアァンッ!!
突然、押し入れの戸が勢いよく開かれ、何かが飛び出してきた。
「う、うわぁ!!」
春馬は目を
──た、確かに何かいた……
「ヒュー」
真後ろから
──ふ、振り向いちゃダメだ……。
そう自分に言い聞かせていても、息遣いの正体を確かめようとして首が動いてしまう。
ぬるり……。
「ッッ!!!!」
声も出なかった。振り向いた春馬の目の前には逆さまの顔が垂れ下がっている。まるで、天井から巨大なキノコが生えてきたようだ。
崩れ落ちそうなほど
春馬は腰を抜かして床に尻もちをついた。手放したバットがコロコロと部屋の隅へ転がってゆく。
ズシャッ!!
床に落ちた『宿り女』はすぐに立ち上がり、一歩一歩、春馬へと迫る。春馬は尻もちをついたまま、手を使って必死に後ずさった。しかし、すぐに部屋の壁に突き当たって行き場を失う。恐怖に駆られて焦る春馬を『宿り女』は真っ黒な目で見下ろした。
──も、もうダメだ……。
そう思った瞬間……春馬の脳裏に懐かしい光景が浮かんだ。それは、妹の夏実と手を繋いで公園を歩く自分の姿だった。浮かんでは消える光景。断片的な記憶はコマ送りのように再生される。
楽しそうにはしゃぐ夏実と公園を歩く春馬。そんな春馬と夏実の前に突然、
──あ、あれ……?
春馬は迫りくる『宿り女』の顔と、老紳士の顔が重なって見えた。
──ああ、僕は……以前にも……同じような体験をしたことがある!!
バチン。と、春馬の中で何かか
ガタッ!!
急に、春馬は勢いよく立ち上がった。そして、悪意を向ける『宿り女』に対して自分から近寄ってゆく。
「ぼ、ボ、僕ね、歩いてタんだ。こ、公園を、妹のナツミと、そシたらさ、変な帽子ヲ被ったお爺さンが突然現れテね……ナツミの頭を撫でタんだ……そ、そレで、ソれで、そうシたらネ……」
それは異常な光景だった。春馬は口をめいっぱいに広げ、
「な、ナ、夏実ガね……」
何かを言いかける
病院の一室。
点滴を打たれて眠る夏実。
泣き崩れる両親。
呼び覚まされた記憶は心を鋭く、深く
「夏実がネ……眠っちゃっタぁ~」
ポロポロとあふれ出た大粒の涙が春馬の頬を伝う。
「夏実が起きなイ、起きナい、起キないよ!? 僕のセイだ!!」
春馬は感情を
憎悪。
憎悪は圧倒的な敵意と共に春馬の心を支配していく。春馬は涙目になりながら『宿り女』をジッと見つめた。その瞳孔がだんだんと細くなってゆく。
「ボク……ずっト前から、お前ラみたイな存在を知っテいたんダ……そレなのニ、怖いカら、見エないフリをしテた。夏実がアんな目に会ったノに……僕ハ卑怯者のクズだ……」
ヂ、ヂ、ヂ、と部屋中の電灯が激しく点滅しはじめる。光と影が交差する中で、春馬はゆっくりと顔を上げた。その目には、見る者すべてを凍りつかせる憎悪と敵意が満ちあふれていた。
「でも……お前らだって、理不尽に人を襲うクズだろ?」
バリン、バリン、バリン!! 今度は部屋中の窓ガラスが外側に向かって割れる。廊下に、階下に、割れたガラスが飛散する。『宿り女』は
しかし。
春馬は『宿り女』に無造作に近づき、その両頬に両手を添える。『宿り女』の崩れかかった顔を見ても、今は恐怖の
どうすればコイツを消滅させられるか? を、春馬は無意識のうちに理解していた。さらに顔を近づけて『宿り女』の黒で統一された眼球を覗きこむ。
すると……。
『宿り女』の目から黒い
孤独。
憎悪。
殺意。
『宿り女』の様々な感情が可視化され、目を通して春馬の中へと流れこむ。春馬はそれら一つ一つの感情を喰らっていった。
人であっても、幽霊であっても……意思を持って行動する以上、そのエネルギーの根源には必ず感情が存在する。
人間が感情を失えば廃人となり、人外が感情を失えば消滅する。感情を失った存在はただの
「ア゛ーーーー」
耳を塞ぎたくなるような断末魔を上げて『宿り女』は霧散した。
春馬はフラフラとしながら二、三歩進み、その場に崩れ落ちる。遠のく意識の中で、部屋へと戻ってくる小夜と寛を見た。
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