ボクは未知のマップにワクワクする

「いっくよー!」


 言って洋子ボクは改造ゾンビの一体に向かって走り出す。腐った頭に二本の腕、ヨタヨタではあるが歩くに問題のない足。見た目はこの島にどこにでもいそうな人間のゾンビだ。

 ゾンビを潰すのに、一般的な格闘技はあまり参考にならない。的確に急所を穿いて殺す技術は、その急所が存在することが前提だ。脳みそ、心臓、肺、みぞおち、金的、それらはゾンビにとっては等しく『体の一部』だ。そこに打撃を喰らわせても、ダメージはあまりない。

 ただし、完全に無力というわけでもない。例えば関節部を攻める技や、転倒させる投げ技などは役に立つ。


「ほい、っと!」


 洋子ボクはバス停を回転させ、石突――槍で言う刃のついていない部分――に相当するバス停の根っこ部分でゾンビの膝を突く。腐食した肉体は打撃の緩衝することなく、内部の膝の骨を穿った。

 人体が立つには足が必要がある。足で立つには膝などで衝撃をつけ止め、そして体を支える必要がある。その膝部分の骨を砕けば、人は立つことが出来ない。ゾンビもしかり、だ。


「ガアアアアアアア!」


 しかし、立たずとも動き、そして人を襲うのがゾンビ。もう片方の足で跳躍するように洋子に飛びかかってくる。腕を前に突き出し、洋子ボクの身体に爪を突き立てながら顎で相手の肉を喰らうために。


「甘いよ!」


 言いながらバス停を回転させ、跳んでくるゾンビにバス停を叩きつける。地面に落とされたゾンビはそれでも這うようにして洋子ボクに迫ろうとするけど、その背骨にさらに追撃を喰らわせる。脊椎に致命的な傷を負い、大きく震えるゾンビ。


「これで、終わりかな!?」


 震えるゾンビにゴルフスィングするようにバス停を振るい、最後の一撃を喰らわせる。ゾンビの頭部がボールのように打ち出され、放物線を描いて地に落ちた。そこでようやくゾンビの動きが止まった。


「念入り念入り、っと」

「えっげつねーっすね……。つーか、背骨絶たれて動くとか、ホントしぶといっす」


 少し離れたところで洋子ボクの戦いを見ていたファンたんの声が聞こえる。


「たぶん頭はまだ生きてるよ」

「はぁ? マジっすか!?」

「マジマジ」


 飛ばした時にバス停にかみつくような挙動をしてたので、間違いないだろう。地面に落ちた衝撃で死んだかもしれないけど。


「不死研究の産物、っていうのは伊達じゃないね」


 このゾンビが不死研究の失敗作だとしても、かなり厄介な相手であることには違いない。単純にしぶといというだけでも、なりたてのハンターチームならかなり苦戦するだろう。中堅ハンターでも初見ならてこずるぐらいだ。

 とはいえ、その程度だ。洋子ボクにとっては足止め程度にしかならない。


「……足止め?」


 言った後に研究施設の方を見る。そこの屋上に何か光るモノを確認し――慌てて走り出す。


「走ってファンたん!?」

「のわぁ!? 何するんすか!」


 ファンたんの手を掴んで慌てて移動する。

 その一秒後、洋子ボク達がいた場所に小さな銃弾が着弾した。よく見ないと分からない程度だが、その脅威はハンターならいやになるぐらいに知っている。


「狙撃ライフルっすか!?」

「研究所の上から狙撃してきた。改造ゾンビに足止めさせて、その間に狙い撃ちする作戦だ!」


 研究所からの遠距離狙撃。距離にすれば500mほど。ライフルからすれば有効射程内だけど、洋子ボクはその距離に攻撃は届かない。

 硬い足止め役と遠距離狙撃。基本的な戦術だからこそ、やられれば効果的だ。ハンターがゾンビに対してこういう布陣を取るのは基本だけど、


「タフなゾンビにライフルゾンビの組み合わせとか、凶悪なんすけど!」


 ゾンビは徒党を組んで人を襲うが、その組み合わせは偶発的だ。脳が死んでいる彼らに戦術を考える知性はなく、『たまたま』ボスのいる空間にライフルを持つゾンビがいたりすることはある。

 なので『たまたま』タフなゾンビと、『偶然』近くの施設の屋上にライフルを持ったゾンビが近くにいて、『タイミングよく』ゾンビの襲撃とライフルのゾンビが攻撃してきた。という事なのだろう。


「いやまあ偶然とかじゃなくて、そう言う防衛ラインを研究施設の人間が組んでたって事なんだろうけどさ」


 明らかに人間が考えた戦術。それを成立させるようにゾンビを布陣させたのだ。この施設に近づくな。これは警告だ。この布陣はそういう意図を感じる。

 で、その警告に従わなければどうなるか?


「何か飛んでくるッス! 巨大な……カラス!?」


 警告に従わないなら、強制排除。あるいは実力行使だ。

 翼を広げた大きさは5mほどか。体躯も人間より大きく、くちばしは営利な杭を思わせる。真っ赤な瞳をこちらに向け、表情こそ分からないがそれがこちらに敵意を抱いていることは明白だ。

 くちばしを開くと同時に、そこに赤い光が宿る。何事、と思ってみてみると光は熱線となって地面を裂く。強い熱を持つことを示す焦げ跡が地面に刻まれた。なにそれ!? レーザー兵器!?

 あのカラスは、侵入者を排除するための存在。機動力を高め、高い火力を持つゾンビ。


「狙撃兵にタフな雑兵にヤタガラス。いやはや、これこそ戦だな」

「だとしたら、少数のボクらは撤退の一手だと思うけど」

「はっはっは。そんなつもりは欠片もないだろうに。むしろここからが犬塚殿の本領発揮ではないか?」


 刀片手に笑う八千代さん。人を戦闘狂みたいに言うのはやめてもらえないかなぁ。

 まあ、退く気はないけどね。この程度なら。


「AYAMEはライフル着弾を見た後で屋上まで跳んで。そこにいる狙撃手をぶっ倒してきて!」

「お? りょーかーい! その後はカオスちゃん達と一緒にビルに入って暴れてくるね」


 AYAMEは指二本立てて了承のポーズをとる。腰にぶら下げてるカオススライムが何か文句言ってるけど、今は無視。ナナホシは静かなものだ。


「八千代さんとボクはゾンビ戦! あのカラスは随時対応で!」

「いいだろう。道を切り拓いてくれよう」


 言って刀を構える八千代さん。般若の面で顔は見えないが、きっと壮絶な笑みを浮かべているに違いない。この人斬りはそんな性格だ。


「ファンたんは動画撮りながらでいいから、何かあったら報告ヨロ! ぶっちゃけ、敵の情報足んないんでマジ重要ポジだから!」

「うへぇ、責任重大っすね。任されたっす」


 少し後ろにいるファンたんがどんな様子かは台詞以上には分からない。でもまあ、洋子ボク達を見捨てたりはしないはずだ。


「当然だけど、パンツァーゴーストもなんかわかったことあったら教えてよね。ここまで来て裏切るとか話だから」

『う……! あ、うむ。うむ、まあ。そうだな。アグリー。気付いたことがあったらアサップで教えてやるぜ!』


 念のためにとパンツァーゴーストに話を振ると、慌てたように言葉が返ってくる。……コイツ、こっちが不利になったら研究側に裏切る気でいたな、さては……。


「次のライフル着弾から作戦開始だよ! ……光った! 右側施設の端っこ!」


 戦いながら、研究施設の屋上に目をやる。先ほど光った場所とは違う場所。スコープの反射光がこちらに届く。この兆候が無かったら、弄り殺しだったろう。作戦立案側の僅かなミス。それに助けられた。きっと二度目はない。


「いっくよー! とー!」


 地面にぐもった着弾音が届くと同時に跳躍するAYAME。ものすごい衝撃音と共に地面を飛び、気が付けばAYAMEは空の上。施設屋上に向かって飛んでいた。ライフルが再装填されるより早く、AYAMEは屋上につくだろう。

 狙撃兵はこれでどうにかなる。あとはコチラを突破するだけだ。


「タフなゾンビに未知の巨大なカラスゾンビ。

 全く、攻略しがいがあるじゃないか」


 前人未到の研究施設。<AoDゲーム>でも明かされなかった、未知の地域。

 さあ、攻略させてもらうよ。

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