ゲーム転生したという事実(コト)

ボクは壁ドンされる

 朝――目覚めは快適だった。


「あふ、よく寝た……」


 二日目のキャンピングベッドは昨日の疲労のおかげか睡眠は深かった。身体を伸ばし、眠気を振り払う。すでに起きていたのか、着替え中の福子ちゃんと目が合った。


「あ、おはようございます。起こしてしまいました?」

「え、うや。大丈夫。もう起きる予定だったし」


 クランハウスで一緒に暮らしているけど、やっぱり着替えている女の子は未だにどきりと来る。まだ眠いふりをして瞳を閉じ、そしてスマホに手を伸ばす。脳内に残っている福子ちゃんの着替えシーンを追い出すように最新ニュースを確認する。

 そんな昨日と同じルーチンは――


「……何この大量のメールとメッセ?」


 スマホ内に届いている大量のメールとSNSメッセージの通知の多さで破壊された。


「『昔からファンでした!』『弟子にしてください』『今度デートしませんか?』『うちのクランに来ませんか』『バス停じゃなくチェンソーにしませんか?』……あー、はいはい。バス停使うボクってかわいいからねー。わかるわかる」


「『詐欺師め』『編集で稼ぐ名声は美味しいですか?』『ゾンビのメイクに穴がありますよ。乙』……やっかみは面倒だなぁ」


「『アタシの彼氏を返せ』『実は生き別れの兄だったんだ』『あなたの秘密を知っている』『私達の神になりませんか?』……もう何でもありだなぁ」


 全部確認するのもウザったくなって、一旦スマホを閉じる。タイトルを見ただけで悪意を感じて、ため息をついた。

 その後で福子ちゃんが入れてくれた紅茶を飲んで、ニュースを確認した。


「おー、ボクらの活躍が大々的に。MVCも一位だね!」

「そうですね。ヨーコ先輩の活躍が世間に認められた証拠です。……その反動がメールとメッセなのかと」

「クランの連絡用メールとSNSのメッセージがひっどいことになってるね。タイトルを確認するだけでも大変だ」

「それだけスゴイ活躍だったってことデスヨ、バス停の君。ぶっちゃけ、アタシも個人のメアドがすごいことになってマス。日本のことわざでいう所の風林火山状態デス」

「……炎上、って言いたいのかな?」


 肩をすくめるミッチーさん。どちらかと言えば呆れたような表情である。来たメールの内容も洋子ボクと似たような感じのようだ。 

 見れば音子ちゃんもぶるぶる震えながらスマホを見ていた。音子ちゃんの場合は、どちらかというと激励の言葉が多くて困惑しているようだけど。


「あうあうあうあう。福子おねーさん、音子がこんなに褒められるなんて。あ、コレそう言う遊びなんですね。褒めて喜んだところで嘘だっていうとか、そう言う。エヘ、エヘヘ……」

「お友達の言葉は素直に受け取ってもいいと思いますよ、早乙女さん。でも関係ない人や知らない人のは見ない方がいいです」


 福子ちゃんが頭を撫でながら音子ちゃんにスマホを見る。心にダメージが残らないように、みてはいけないメールやメッセージを削除しているようだ。


「ちなみに福子ちゃんもそういうメールが来てた?」

「はい。ほとんどが『イタい』『吸血妃かっこわらいかっことじ』とかそう言った類で。誉め言葉もありましたけど」

「うん。福子ちゃんもしばらくスマホから距離を離した方がいいかな」


 福子ちゃんの声に疲れを感じて、洋子ボクはそう告げる。


「ま、強くて可愛いボクがちょいと本気を出せば大人気になるってわかってたけどね!」

「……ヨーコ先輩もお疲れのようですね。無理はなさらないでください」

「ソーね。どっちかって言うとアタシらを巻き込んだことにダメージを受けているみたいダケド」

「音子、平気ですよ。ネコを抱けば、心落ち着きますから」

「あ、うん。まさかここまですごいことになるなんて」


 無理しておちゃらけようとしたら、一斉に心配された。うん、まあ確かにちょっとパニクってた。まさかここまで有名になるなんて。

 と、頭をかいているとテントの外から音が聞こえてくる。なんだろうと脳を働かせ、それが多くの足音がこのテントに向かって走ってくる音だと理解できる。


「……え?」


 まさか朝からゾンビの襲来!? その可能性にたどり着き、地面に突き刺しているバス停に手をかけて構え――


「おはようございます! 犬塚洋子さんのテントはここですね!」

「【バス停・オブ・ザ・デッド】の皆さん、お話を!」

「キミ達のような人材は我がクランにふさわしい! 今なら――」

「バス停が最強など認めぬ! このツラヌキマルと勝負しろ!」

「イメージビデオに出ませんか!?」


 雪崩れ込んできたのは、ただの人間でした。滅茶苦茶興奮して、人の話を聞かない暴走状態の!


「ちょ、いきなり何! テントに入ってくるとか失礼じゃない!?」

「一言でいいんです! 本日のご予定は!?」

「今ならサブリーダーに任命しよう。何ならこの俺の恋人にしてもいいよ」

「我がツラヌキマルは数多のゾンビの血を吸いし魔剣……バネ式投げナイフだけど気にするな!」

「今はいている下着の色は? キスの経験は?」


 一気に迫って洋子ボクを取り囲む人達。それぞれ思い思いのままに喋り続ける。

 ああ、もう! 殴ってどうこうできない分、ゾンビより厄介だ!


「い、一旦撤退! 皆、あとで適当なところに集合しよう!」

「ヨーコ先輩!? は、はい! 私達も急ぎましょう!」

「あ、待ってください犬塚さん!?」

「おおっと、恥ずかしがり屋の子猫ちゃんキティだね。そういう駆け引きで俺の気を引こうなんて、かわいいじゃな――おぐぅ!」

「うわぁ、コウモリの君、容赦ねー……。クロネコの君もいつの間にか隠れてるし、ワタシもトンズラね!」


 カオスの極みともいえる状況から離れるように、外に出る洋子ボク。そのまま一気に走り、暴徒と化したファン?達から逃げる。

 どれだけ走ったのかわからないけど、とりあえず追ってくる気配はなさそうだ。一息ついて……空腹感で脱力する。そう言えば朝ごはん食べてなかったなぁ。近くにあった壁にもたれかかり、肩を落とす。


「……ったく。極端すぎるんだよ、もう!」


 洋子ボクの実力を全く信じてもらえない時は散々悪評を受け、信じてもらえたらもらったでこっちの都合も聞かずに祀り上げて。

 質の悪いストーカーどころの話ではない。ゾンビ騒ぎで警察が機能していない事もあり、行動に容赦がないのだ。


「モラルとか報道規制って大事なんだね……」

「あ、見つけた。やっほー!」


 うんざりする洋子ボクに明るく書けられる声。顔を向けてみれば、そこには一人の女性がいた。桃色の髪をツインテールにして、肩出しキャミソールとキルトスカート。焼いた肌が健康的な印象を受ける。年齢は洋子ボクと同じぐらいかな?

 屈託のない笑顔のままこちらに近づいてくるんだけど……誰?


「あの……もしかして動画見てボクの事を知ったのかな?」

「昨日の動画? うんうん。超カッコよかったよね! あ、その制服橘花でしょ? 可愛いよねー。ネイルとかしてないの? ピアスは? 可愛いのにもったいなーい!」


 近づきながらこちらをじろじろ見てそんなことを言う彼女。

 ――朝から予想外のことが続きかつ朝御飯抜きだったこともあり、頭が回らなかったのが致命的だった。


「あ、自己紹介が未だだったね。あやめちゃんだよ! よろしくね」

「あー、あやめちゃんね、初めましてなのかな。ボクの名前は……って、AYAME!?」


 彷徨える死体ワンダリングの一人、『死ノ偶像』AYAME。

 その風貌を記憶の中から呼び起こし――


「あ、あやめちゃんのこと知ってるんだ! うれしー。ねえ、どんな感じなのか教えてちょーだい」


 言って距離を詰め、逃げ道を封じるように壁に手をつくAYAME。互いの息が感じられるほどに顔が近づき、ぷるんとした唇が触れそうになる。

 あ、かわいい。

 などという寝ぼけた感想は――


 壁に手を突いただけで背後のビルを倒壊させるAYAMEの破壊力パワーを前に、あっさり消え去った。

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