リア充とVRMMOとゾルピデム投与
第37話 門奈計磨-1
「門奈さんが危惧する部分?」
「きみが視た塔は、視てはならないものなんだと思う。しかし、創作者たちが命を削り、感覚を研ぎ澄ませ、
アーサーとの会話が幾度となく脳裏を過ぎり、暁月優利はただ、門奈計磨を見つめた。年はいくつくらいだろう。向き合っていたアーサーよりは年上だろうが、ホロに正体は見抜けない。
「……門奈さんホロ着てるわけじゃないですよね」
咄嗟に出た言葉に、門奈計磨は目をきょとんと丸くさせて、「クサレゲーヲタが」といつもの辛辣な口調になった。それが、すごく門奈計磨らしくて、暁月優利は笑いを洩らしてしまう。
点滴のお陰かも知れない。考えれば長時間ステージに立つライブマンだって、点滴を打つのだから、精神が疲弊するVR業務で点滴を打つのは、なんらおかしな点はない。
「今は、電子サプリがあるけど、俺は点滴のほうが四肢に合っていると思うんだ」
門奈計磨は白衣を揺らして、ボードを手に、手首に巻いた
「それ、コミケのオール通す時、貰うヤツですよね」
「――俺の患者のメンタルサインだっつの。ああ、コミケって電子VRの? おまえ、そこまで沼かよ」
「胡桃が、ねこやしきのグッズを欲しがったので、並びました」
門奈は唖然としたが、すぐに頭を振って、丁寧に暁月優利の点滴を調整していく。こうしてみると、医者なんだな。と思う。
「キャシーに逢いたいか」
突如、門奈計磨の低い声が鼓膜を揺らした。
「アーサーと話していただろう。言っておくが、ターゲットとの会話はログ保持されている。――ただ、あの作家があそこまでやる気になるのも珍しいと、
――
「門奈さん、今日はVRには来なかったんですね。俺、アーサーさんの話し相手で終わりましたよ」
門奈計磨は「充分だよ」と小さく笑い、暁月優利の点滴のチューブを軽く持ち上げてみる。
「三時間、と言ったところだな。体内の臓器の体温が低下していたから、点滴を処方した。あと、おまえ、カプセルで暴れたせいで、擦り傷こさえているぞ」
ちょいちょい、とコットンで傷を消毒されて、優利は寝転がったまま、目を閉じる。
「俺、初めて人に出逢って良かったって思ったんです」
思い出すと、涙が滲みそうになった。アーサーという男の視てきた世界は、あまりにも獰猛で、儚く、力強く、世界の憂いに満ちていた。
「そうか」門奈計磨の電子タバコの音がする。夕暮れには少し早い時間の緩く、まだ力強い陽光に、季節の風。窓が開いているのか、仄かな巴旦杏の香り。にアンモニアが混じった。
――ヒロ、そろそろ滞在時間です。可愛い幻聴を聞きながら、目尻を少しだけ濡らす。
「
「え?」
「感情を仕舞うことが出来ないんだろ。俺の友人もそうだったよ」
ぼたり、ぼたり。二人しか部屋に、点滴が落ちる音が響いた。その都度門奈が点滴の様子を見ては、医療の説明を口にする。
「チャンバーと言うんだが、点滴は最初は普通の水溶液で、少しずつ織り交ぜて薬品を体内に入れて行くんだ。ダブルルーメンカテーテルと言って、静脈に入れて行く。それは生きている限りの、腹圧を避けるためでもある」
「薬品……俺、何か薬が……」
「ビタミン剤と、これから流行りそうな耐性菌に対する抗体を混ぜ込んだ。元気にゲームができるぞ」
わあい。などと言っている場合ではなかった。――キャシーに逢いたいか。の一言が気にかかる。
「門奈さん、キャシーに逢いたいです、元気ですよね」
「…………いずれ、おまえはVRの頂点に辿りつく。その時、この世界が視えるはずだが、待てないか」
「待てません。俺、キャシーに言いたいことがあって。俺の代わりに撃たれたんです。それに俺、点滴嫌いで」
門奈は無言になったが、腕時計を覗きこみ、「あと一時間くらいか」とまた暁月優利を寝かせた。
「代わりに、子守歌を歌ってやる。VGOの世界と、ゴドレス計画について。よく眠れそうだろう。どのみち、きみはアーサーに聞いてしまったからな。見せてもいいよ」
告げると、門奈は窓に歩み寄った。重厚なブラインドが下がっている。さほど重要なものはカプセルくらい。ブラインドは通常のものよりも、ずっとずっと頑丈で、隙間ひとつ見えない。
門奈計磨はおもむろに、ブラインドを開けた――。
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