第35話 門奈計磨の謎と《塔》

「また元気な新人が入って来たねぇ」

「宮辺俊徳」


 窓際でデスクワークに勤しんでいた大河内李咲が顔を上げた。作業中は自慢のロングヘアが邪魔なので、かんざしで上げれば上げたで西日が射しこむ。


 その陽光に照らされた宮辺俊徳は、シーサイトの管理者で、厳密に言うと、大河内李咲の上司にあたる。過去のレトロ世代が一掃されたおり、宮辺俊徳は率先して「一番来そうな部署はどこかな」と人事に掛け合い、キャリアのお陰で現在の部署責任者に収まった。


 ――邪魔だとは言っていない。ただ、宮辺俊徳と元、ハッカー・αの門奈計磨には何か謂わんとする謎がある。


だったわよ」


 言いたい内容を含ませて、大河内李咲は持ち前のつんとした声で言葉を返す。


「ああ、そうだねえ。……それにくん。時代の流れを感じるねえ」

「ご用件は?」


 大きなディスプレイから目を向けず、大河内李咲はいぶかしげに問う。モニターには、部下三名の状況と、PAIの数値ライン、それに横たわったままの暁月優利のメディカル信号が絶え間なく状況を知らせて来た。


「VRに行きたいなら、門奈計磨に言いなさい」

「いや、……ボクのメールボックスに来た。ハッカーβの予告」


「ハイテクノロジー警備課は猿の集まりなの?! 先日の急襲から数日しか経ってない。何が目的なのかしら」


 門奈計磨の時は、単なる興味から、ゲームの構成乱数表を知り、入り込まれたところで、警備システムに捕縛されたが、CASEが違う。門奈計磨はキャッスルフロンティアKKの親会社のzuxiメンスに所属していて、それはドイツ帝国からのハッキングとも取れたからだ。


 しかし、あっさりと門奈計磨は本業の医者を引き継ぎ、キャッスルフロンティアKKに与している。彼のドイツ時代を遺したデータは全てVRの貯蔵庫VRサーババンクに移送され、閲覧も出来ない。


 そのをしているらしいが、どこに隠されたのか――。


「ハッカーβの目的は、門奈計磨の過去?」

「まだ早計だよ、李咲さん。ヒコマロくんは大丈夫だよ。絶対に裏切らない理由があるから」


 ――裏切らない、理由?


 画面の安定数値は恐ろしく高い。門奈計磨には動揺する、という感情がないのだろうか。元気に上がったり下がったりしている暁月優利のDT値も今は緩やかなカーヴを描いている。


「ゲーヲタって、怖いわ……」大河内李咲はVRの中で動き回っているであろう部下を思いやるような、呆れたような声音を弾き出すのだった。



****




「……それで? アーサーさん」


 アーサーと呼ばれた男は「だから」と優利に業を煮やすような声で繰り返した。

 VR勤務三日目。慣れるとゲームに没頭する感覚に近い。今日は独りでカプセルに入り、パネル操作でやって来た。


 今日の動画は、会社の成り立ちと、規範について。眠くなったところで、VRにとどりついたところである。


「今日は、地下アイドルのSecretライブがあるんだって。VRだぞ? でも、ちゃんと劇場があるんだ」


 ――VRは秋葉原か。優利はオタクが今も絶えないという劇場を思い描いた。はっきり言って、胡桃がいればいい暁月優利にとって、現実の恋や少女はゲームの村人以下である。


「VRに劇場?」

「ボクが作った。普段は会社員とかだけど、ナイトパーリーがあって。そのチケットはなかなか取れないけど、イベント会社に裏から手を回してこの通り」


 電子チケットが空中に浮いて、シャボンのカプセルが漂ってきた。


「おい! 割るな! 割ったら入れないじゃないか」


 ――門奈計磨、この面倒くさいVIPを俺に押し付けたな。


 朝ほど、一緒にVRに来て、門奈計磨は「今日は一日頼む」とどこかへ消えたきり、出て来ない。「門奈さんはお仕事いっぱいあるから」と蠍座に美味しいコーヒーを戴いて、機密ヒルズまで来たら、アーサーが窓にへばりついていた。


 クルタが妨害電波スタンガンライトを出し、窓からはがれたところで、今に至る。


「貴方がどれだけの著名人かは知りませんが、仕事はちゃんとやってください」


 ちらっとクルタが変な目つきをしたが、無視。


「おっとと」とアーサーはカプセルを引き寄せ、また丁寧に腕輪に戻した。優利の貰った腕輪とは違う。ゲスト用だろうか。


『ヒロ、滞在時間伝え忘れてました』

「ああ、サンキュ。今日は何時間?」

『五時間です』


 ――厳しいな。しかし脳判定が結論づくなら仕方がない。


『換算すると、500円仮想硬貨』

「ちょっと待て……っ?! クルタ、500円は低すぎるって!」

『あなたのデータ、見ました。ピザ運んでました。そしてゲームばっかりしていました。お布団にも寝ない。VRのお仕事、一生懸命やってません』

「は? やってるよ!」


『塔の画像ばかり浮かんできます。でも、そんな塔はありません。ヒロ、お仕事しないから、ぼくが怒られました。もっとお仕事させないと、ボクは駄目だと言われて、ヒロの担当ではなくなります。ヒロと冒険できません』


 最後は悲しそうに告げて、「おしごと、おしごと」とオウムは繰り返し、いつもの腕の止まり木に留まって、むくむくと顔をうずめ始めた。


 まだ、子供だ。眠いのか。冒険の言葉が気に入るくらいだ。ちゃんと仕事をしようとアーサーに向いた。ともかく、手のイメージを作品にしろという話だ。


「アーサーさん、手伝います。作品を作らなきゃ」

「塔?」アーサーが口をはさむ。


「それって、紫色の妙な形の?」

「知ってるんですか?!」


 アーサーは頷いた。


「ここに初めて接続されたログイン時に視た気がする。遠くに浮かんでいた。僕はエテメナンキかと思って、ああ、VRってエリュシオンなんだ、と思ったもんさ」


 ――言われてみれば、いつも仮死状態デッドラインか、感覚切断の隙間で見えた気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る