第30話《ふわ★きゃっとな蠍座ボーイ》
ようやく頭を出したクルタを連れて、いつものCaféを訪れた。HoroscopeCaféは文字通り星座を中心にしたCaféで、
全ての従業員が
聞けるはずもなく、優利は静かに門奈計磨の後に続いた。
HoroscopeCaféはVR会社の近くの大通りを少し行くと、見えて来る。公園の噴水は今日も美しい水飛沫を上げていた。
「ジェミーは非番だから、別の社員がいるはずだ。それに今日はもう少し遠出をしなければならないから、休憩はほとんど取れない。代わりに終わったらラーメンを奢ってやるよ」
「俺、空腹なんですけど」
「だから、うちはブラックだと言っただろ。肉体なら心配するな。点滴打たれて寝ているから」
こう聞くと、脳と身体が一緒というのは、素晴らしいと思う。実際は寝ている
『門奈計磨さん、それはキャッスルフロンティアKKのコンプライアンス規約に抵触しています。部下を大切にしてください』
むす、と目を吊り上げたクルタに叱られた門奈は、それもそうかと長い脚を向けた。
リリン、と小さなベルが鳴る。今日はやたらに高原Caféの風景に近い。替えられるのだろう。それはそれで便利だ。
「シーサイトの抜き打ち検査……ではないが、こんにちは」
「あれ? 門奈主任。――新入りくんですか」
キャシーとジェミーの代わりに、今日は男性が二人、お昼ピークの用意をしていた。机にはたくさんのレポート用紙と、パソコンが置いてある。
「ああ、こっちはウチのシーサイトの新人。ヒロ、腕輪を」
腕輪を翳しながら、「暁月優利です」とあいさつをして、腕輪を触れさせた。
『HoroscopeCafé、リーダー、蠍座』……堂園誠士のような名前はないらしい。星座がニックネームの男、蠍座は目を瞬かせて見せる。
「――初めまして。ボクは蠍座。あっちは水瓶座のボクの兄。今日は水コンビ兄弟。キャシーたちの代わりに呼び出されたんで、大学の卒論やってるけどね」
てっきり、キャシーやジェミーに逢えると思っていたが、優利は新しい仲間に頭を下げた。
「君らがいるということは、今夜は予告はなしか」
「そうみたいだね。ハッカーβなんか来るなら、ボクは帰るよ。大体夜は眠くて無理だから。門奈さんにこき使われて、大変だったでしょ」
「なんで知ってるんだよ」
「HoroscopeCaféのメンバーは仲良しさんだから」と蠍座は片目を瞑った。どこか、芸能人のような軽さがある。
「初日でしたから」苦手なタイプだと目線を逸らせたら、蠍座の目線がやって来た。
「きみ、ボクが苦手なタイプでしょ。そのうちゲームしようよ。趣味にゲームって書いてる社員、珍しいよ」
うっかり履歴書に書いたまま、データ化されたらしい。
『趣味はゲームです。何時間でも飽きません。特に御社のVGOをやり始めてから、社会にも支障が出てしまって、でも、それほど俺はVGOが好きです。最後まで実装してください』
今思えば、そんなものは運営の寄越す気まぐれアンケートに書けよ、という内容である。
「VGOか、あれ、苦手なんだよな。ボクはふわ★きゃっとのほうがいい。猫を可愛いがって、愛ポイントで自分だけのアイドルに出来るヤツ。門奈さん、俺ついにダークプリンセス育てたんすよ。シャムネコから」
「へえ、何時間かかった?」
……こいつ、合わない。優利は取り残されたように、『ふわ★きゃっと』の話を聞いていた。そもそも、魔法や超次元の力で奇跡を起こす、という部分がそぐわない。
現実は苛酷なんだから、もっと夢見るゲームをすればいいのに。蠍座のようにうきうきと女の子を並べたトップ画面のほうが楽しいのに。
「まあ、いいや。VGOインスコしとくよ。現実のほうでフレンドになって。ボク弱いから、強い助っ人がいないとあんなのやってられない」
インスコしとく。やってられない。――言葉に腹が焼け付いた。
「――なら、無理しなくていいんじゃないですか」
『暁月優利のノンアドレナリン、放出。数値が上がっています。つまり、落ち着いたほうが』
「無理しなくていい、のどこが?」
『ヒロ、おこってます。ものすごく、おこってます』素の言い方に戻ったPAIに
言いかけたところで、「気にしなくていいよ」と蠍座の声。
「ボクも君は苦手だからさ。いじけていそうで」
バチバチ、と目線を合わせたところで、カウンターからまた男が近寄って来た。
「兄ちゃん」
「舜、そう目くじら立てるな。門奈さん、また元気な新人が来たものだな。弟が失礼した。私はVGOも好きだし、アカウント持ちだ。腕輪を」
びか、と大きな音を立てると、データと一緒に、VGOのスコア譲渡の画面になった。
「まだやり始めたばかりだから、お手柔らかに。好きなゲームは人それぞれだ。VGOなら私が好きだから、また交流を持とう」
好きなゲーム同士だと、データが交換できる。これも実装テストだと聞いて、優利はなんだか済まなくなった。
社会には合わない人はいるだろう。恐らく、蠍座はたくさんの社会経験があって、誰とでも合う術を持っている。引っ込んでいた自分とは違う輝きがうざ……眩しい。
嫉妬だ、これは。
「ごめん、僕もふわ★きゃっとやってみる。――大人げない言葉だったよ」
「ならいうなよ……やってみれば分かるよ」
5大ゲームのうち、暁月優利は「ヴァーチュアス・ゴドレス・オンライン」と「ねこやしき」をやっている。そこに「ふわ★きゃっと」が入った。ゲーマーにとって、ゲームが増えると世界が広がるものだ。新しい世界が増えると思えばいい。
蠍座は苦手だが、がんばってみようと思った。
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