第23話《人間の認識行為・認識機構――テレイグジスタンス》

***


 爆音が響き、疲労マックスの脳に打撃ショックを与えて来た。閃光と、空気の歪み、唐突な熱風メガデスで倒れそうになる。


 ――そうか、爆風に晒されたVGOの俺は、本来はこんなに苦しかったんだ。



「しつこいですわ!」



 目の前でメイド服を翻した、キャシーとジェミーがキャノン砲を構える図は、ゲーム以外何物でもない。実際にゲームでは水着でヒロインが暴れまくったり、自分よりも巨躯のモンスターの前で飛び上がったり。爆風に晒されても、ライフ数値が減るだけだ。

 肉体の痛みも、精神の痛みもない。しかし、ヴァーチュアス・ゴドレス・オンラインは違う。それがきっと、このVRMMOの精度なのかと考える。


「――暁月優利さま、何かおっしゃいました?」

「あ、うん……何も言ってないですけど」


 何か夢うつつで告げた気がするが、気のせいだ。爆音に続く爆音で、脳はもう自分の告げた言葉も思い出せはしない。


「ごめん、考え事していたんだ」

「まあ、ウフフ」

「キャシー!」優利に振り向いたキャシーに、ジェミーの悲痛の叫びが飛んだ。


 眩い閃光が飛び散ったように辺りを照らし、昼間以上に眩しくなった。


「暁月優利さま!」


 キャシーがキャノンを放り出し、体当たりして、暁月優利を吹っ飛ばす。少しばかり肉欲的な体のせいで、弾力で暁月優利は弾かれるように閃光の輪から遠ざかった。


 気が付くと、キャシーは背中をのけ反らせて、優利の前で、目を見開き、髪を振り乱して膝をついていた。


「背中、やられた」


 衣服の下の、アーマーガードが見えている。「大丈夫か!」門奈計磨が駆け寄って来て、キャシーを抱き起した。

 蜘蛛の幽霊たちは、キャシーを見て、またぞろ進路を変えたようだ。


「ひどいな」門奈計磨が呟き、唇を噛む。



『滞在可能時間、残り20分です』



 クルタの声が響いたが、門奈計磨は立ち尽くす暁月優利の前に立ち上がり、優利を強く睨み下ろした。


「大河内李咲の言っている意味が分かった。おまえはまるで覚悟がない。そんなヤツをキャッスルフロンティアKKの社員に出来ると思うか。なぜ、キャシーを助けなかった!」


 ぐいと胸倉をつかみ上げられて、爆音と硝煙に取り巻かれる中で、言葉を叩きこまれる。


「VRMMOで命を懸けることをゲームだと嘲笑ったのか。キャシーはな……っ!」


 門奈はそこで言葉を切り、心配そうにキャシーを抱き起こすジェミーにかがみ込んだ。


「酷い衝撃を受けたんだ。キャシーは一度、退場ログオフさせよう。ジェミー、どうする」


「いえ、まだ、闘い……ますわ……この程度で、切り捨てられるなんて、嫌……! もう現実に戻りたくない! ずっと、ここで、キャシーと……!」


感覚の切断ドクターストップ。上司命令だ。キャシー」


 キャシーは無言になった。


「背中は脳への破壊ブレイン・クラッシュの第一歩だ。そう、プログラムされている。俺と、ジェミー、それに、――暁月優利」


 名前を呼ばれて、暁月優利は茫然としてまだ胸倉をつかまれていることに気づいた。


「キャシー、また、逢いましょう。少し、休んで」


「嫌よ! また拘束されるのよ! 社会不適合者とか言われて! わたしはVRに生きるの! 門奈医師……!」


 門奈計磨の顔が強張った。


「はっきり、聞こえた……医師って」


 門奈計磨はそれには答えず、キャシーからバズーカを受け取った。足元に投げられた。つま先を少々踏み潰されて、痛みが走る。


「おまえの責任だ。滞在可能時間の一秒前までも、戦え!」

「――やつら、高級ヒルズに向かってんぜ。どうする、門奈さん、俺が一掃すっか?」


「いや、ここは、暁月優利に任せよう。俺はキャシーを切り離す。ジェミーと、堂園は暁月優利のバックアップを。いつまでもVRがゲームだと勘違いするそこのゲーヲタバカに、思い知らせてやればいい」


 ――俺が、何をしたって言うんだ……。


 理不尽な怒りが、腹の底を駆け巡らせた。ゲームが好きだから、長時間の感覚が麻痺しているから、電磁波プラズマに耐えられるから。それだけでこんな感覚の世界に放り込まれた。


「死ぬかと思ったんだ。感覚の鍔ぎ直しをされた時。死ぬかと……。あんたと戦った時も、殺されるかと思ったんだ」


 熱い涙が流れた。キャシーとジェミーが戦っているのに、優利は何もしなかった。動けるはずなのに、思慮してしまった。


「ごめん……なさい……」


 ぼそりと呟いた声は、嗚咽混じりだった。「ごめ……」言葉にならず、キャシーの手を握る。合間も、蜘蛛の幽体は増え続け、まるで濃霧のように蠢いていた。


「そりゃ、怖かったな。感覚が鋭いから、死を感じさせたことは、謝る。だが、おまえは生きてここにいるだろ」

「門奈さん……」


 門奈計磨はしっかりと頷いた。

 あたたかい手、熱い涙、門奈が撫でてくれた頭、クルタの咎った足。爆音、目に霞む硝煙、匂い、溜まった唾液。――何も現実と変わらない。


「暁月優利さま、必ず、キャシーは戻ります。また、脳を休めて、その時は……」


感覚を切断ドロップアウトします。睡眠電波α、投影」


 ふっとキャシーは目を閉じた。


「キャシー……?」ホロがほどけるように大気に溶けて、フリックの現象を起こす。


『またね、バイバイ、ヒロ、また遊んでね』

『またな、胡桃』


 すっと消えるアバターの時のように、キャシーは消えた。


「狼狽すんなよ。眠っただけだ。意識が無くなれば、存在は消える。意志が持てない人間は、こうして現実に帰すしかない。人間の認識行為・認識機構テレイグジスタンスは自我があってこそだ。フルオートってわけにゃ行かないのさ」


 門奈計磨は立ち上がると、「ハッカー・βか」と憎々し気に呟いた。


「まさか、監視システムを乗っ取るとはな。あっちも進化しているわけか」


 ――自我があってこそ、フルオートのようには行かない――……脳裏はくたくただった。



『暁月優利、滞在可能期間残り五分です』


 それでも、暁月優利にはゲーマーとしての誇りがある。社会不適合者でも、唯一ゲームは、VGOは頂点に手が届いた。


「行きましょう、あいつら、全部やっつけます」


「操縦は、あんたに任せる」


 キャシーとは違い、ジェミーは優利に興味はなさげだ。キャシーの優しさとは違う。双子でも、中身の人間が違うのだろう。

 ただ、ジェミーは告げた。



「誰かが繋がっていようと、ここは戦場。護るべきものがあるなら、護るだけですわ」


 そして、ジェミーはほっそりした指で、高級ヒルズ界隈をまっすぐに指す。



「特にあのあたりは、失ってはならないものがたくさんあります。シーサイトとして、一歩も近づけさせない。キャシーを撃った礼は百倍返しに決まってる」

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