第21話《リアルな感覚、忍びよるものは》

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 がーん……と言葉を喪った暁月優利の鼻に、湯気が触れた。見ればキャシーが温かそうなドリンクを差し出している。


「栄養を溶かした滋養強壮エナジーのスープですわ。牡羊座アリエスの作り置きですけれど」


 う、と堂園が退いた。


「また妙なモン作ってんのか、あいつ」

「毒ではありません。ええと、ビャコウを削り、其処にイブプロフェンを投入し、飲みやすくミルクで割って、エナジーエッセンスを落としユーグレナを足して……」


「ああああああもう、分かった! おい、新人、おまえが飲みな」


 完全に新人いじめだ。門奈を見やると、門奈は肩を竦めて、視線を逸らせた。


『謎の植物を確認。ただ、栄養素のレベルはE、生命反応ライフラインへの影響は未測定。未知なる飲み物と推察します』


 クルタの言葉で丁重にお断りして、怪しい飲み物は一度なりを潜めた。今度は、はっきりと見えた高級住宅地VRヒルズのほうが気にかかって来た。


「堂園、一応作戦を確認しておこう」


 門奈計磨と堂園誠士は空中に浮かんだマップで、軍事会議を始めてしまい、クルタも興味があるらしく、一緒にマップを覗いていた。


 合間に、優利は景色に目を凝らす。VRの人型の輪郭はないに等しい。だからとてもなめらかに視えるし、色合いも透明感を増している。


 そんな中で、あれほどの陰湿な色をした塔は珍しい。しかし、塔はやはり見えない。そもそも、この近代的な街に、あんなお伽噺の御姫様のような塔があれば目立つだろう。しかし、確かに見た。もしかすると、時空の狭間でしか存在できない? そういう類だろうか。


 ――もし、塔があって、王女がいたら、助けに行くのがゲーマーだろう。


 空にはぶ厚い暈雲がかかっていて、濃霧の影響で、まったく見えなくなった。


「酷い濃霧だな。バグか」

 門奈計磨が呟いて、偵察用の七つ星天道を手で払った。

「門奈さん、来るっすよ。ただ、妙なんすよ。足音が全くしない」


 堂園誠士はかがみ込むと、床に耳をつけた。目を閉じて、地面に指を這わせている。


「堂園はサバゲ―の上級者だ。いろいろ参考になるんじゃないか?」

「VGOですか? サバゲ―ではないでしょう」

「いや、独りでやりきるなら、サバゲ―スキルは必要だろ。銃の扱いも、罠も、全部覚えて一人で援護する。――運営サイドとしては、きみは異端児だ」

「異端児とか超越者とか、なんなんですか」


 じ、と門奈計磨を見詰めると、門奈は「あのさあ」と頭をかきながら問うて来た。


「きみはどうして、そんな目で俺を見るわけ?」


 そんな目。どんな目だろうと優利は首をかしげる。むしろ門奈計磨の目のほうが気になる。優しいかと思えば、時折自分が実験動物ではないかと思わされる視線を注ぐからだ。


「門奈さんこそ、俺を凝視してますけど」

「――観察カルテと言ってくれるかい。きみは感覚超越者ヴァーチュアス・ゴナーヴだ。興味深さを感じるのも当然だろう。その能力は、VGOなんぞでは満足しないはずだ。だから、きみは独りを選んだ、違うかい?」


 言い得て妙。優利は押し黙った。確かに、他のゲームでは充たされない。なぜ、VGOなのか、それが知りたくてVGOをやり続ける。明るいゲームのほうが楽しいのに。胡桃とねこやしきでもよかったはずじゃないか。


 考えると、随分と遠い場所に来てしまった気がした。VRなのに、入ってはいけない禁忌に踏み込んだ時のように。


「VGOは多人数集合型VRMMO。仲間が多ければ多いほど、攻略は楽になる。しかし、報酬は分配だ。そして、最後のドアの鍵は、たったひとりしか手に入れられない」


「悪趣味ですね。仲たがいさせるように仕組んでいるように思います」

「では、きみは、全員で手を繋いで、争いのない世界が幸せだと思うか?」


 質問の意味は広かったが、優利の答はこうだった。


「両手がふさがっていたら、ゲームできないじゃないですか」

 会話の途中で、門奈計磨はぴくりと動きを止めた。「クルタ、ちょっと偵察して来い」クルタは黙って濃霧の中を飛んでいき、またすぐ戻って来た。


「来ますわよ」


 キャシーとジェミーの声に、堂園誠士はこくりと頷く。VRオフィスは皆が帰社したせいか、すこしばかり静かだ。門奈計磨も何も言わずに立っていた。風が緊張を孕み、吹き抜けていく。

 濃霧がゆっくりと、透明に戻り始めた。足元の砂煙も、その少し饐えたような臭いも、全て現実に感じている感覚だ。

 


――『VR滞在可能時間、残り一時間です』腕輪の注意喚起が響いた――。

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